70.精霊術師、アツアツになる
王女マリアンと別れた俺たちは、その足で例の工房へと向かっていた。
激レア装備として知られる、影追いのスカーフを鍛冶師のオヤジに作ってもらうためだ。
ん? 工房へ着いたものの、全然活気が伝わってこなかったので戸惑うことに。
今日は休みだろうかと思って中を覗くと、オヤジとルコの姿があった。
なんだ、二人ともいるじゃないか……って、どうも様子がおかしい。なんとも疲れ切った表情で座り込んでいたからだ。
「あの、一体どうしちゃったんですか?」
「どうしちゃったのー?」
「どうしたのかしら……?」
「「あっ……」」
オヤジとルコが、ようやくこっちに気付いた様子で振り返ってきた。
「お、おう、お兄さん方、よく来たな……って言いたいところだが、今はそれどころじゃねえんだ。ルコが……家に帰れねえんだ……」
「「「ええっ……!?」」」
オヤジの言葉でその場に衝撃が走る。家に帰れないだって……? それって一体どういうことなんだ?
「な、なんか実家のほうで事件でも起きたんですか?」
「いや、そうじゃなくてな、どうやってもルコがこっから出られねえみたいなんだ」
「ルコ、何か帰りたくない事情でもあるのか?」
「あるのー?」
「あるのかしら?」
俺たちの呼びかけに対し、ルコが首を横に振る。
「……レオンの旦那、エリス嬢、ティータ嬢、あっしはむしろ帰りたいんでありやす。でも、どうやってもこの工房の近くからは抜け出せなくて……」
「「「……」」」
俺たちは互いに眉をひそめ合う。星のブレスレットは点滅していない。つまり、ルコは本当にここから出たいのに出られないってことだ。
「わしは、もしかしたらルコが鍛冶のやりすぎで、頭がおかしくなっちまったんだろうかと思って無理矢理引っ張ってみたんだが、それでもダメだったんだ……」
精錬の腕では右に出る者がいないオヤジも、この不思議な事態を前にしてはどうすることもできない様子。
俺としても、ルコがどうしてこうなったかはわかりそうにもない。そういえば彼女には以前から謎の面があって、ソフィアと症状が重なることがあった。
ん……たった今、光の精霊が顔を出したぞ。これってつまりそこにヒントがあるってことだよな――
「――あっ……」
そうだ、わかった気がする。ルコはソフィアと同様に、何かの精霊として目覚めたんじゃないか? だから急に工房から出られなくなったと考えると納得できる。
「ルコ、ちょっと耳を貸してくれ」
「へ? なんでありやすか? ま、まさか告白!?」
「いやいや、違う違う」
「それじゃあ、プレゼントでありやすか!?」
目を輝かせながら顔を近づけてくるルコ。ちょっと言い辛いが仕方ない。
「実はな、ルコは精霊として目覚めたかもしれない――」
「――え、えぇえっ!? あっしが精霊!?」
おいおい、自らバラしてしまった……。
「わ、わしの弟子のルコが精霊だって? そ、そんなバカな。触れられるじゃねえか……」
やはり、一般人にしてみたら精霊は触れられない存在として認識されてるみたいだな。
「オヤジさん、ルコは
「そ、そうなのか……。だ、だが、精霊だとしても、わしの一番弟子であり、娘のような存在に変わりはない! だから、どうかルコを助けてやってほしい。この通りだっ……!」
「し、師匠ぉ……!」
ひざまずいたオヤジの台詞にルコが感激している様子……って、エリスとティータが反応していないと思ったら、二人でかくれんぼをしていた。おいおい……。
「エリス、ティータ……ルコが精霊だってわかったのに、驚かないのか?」
「だって、知ってたもん!」
「そうね、普通の人間じゃないとは思っていたわ」
「え、ええぇ……」
さすが精霊王。とっくに気が付いていたのか……。
「じゃあ、なんの精霊かわかる?」
「んー……喜怒哀楽のどれかー?」
「そうね、エリスの言う通りだわ。多分、その中だと喜びの精霊だと思う」
「おぉっ……」
喜の精霊だったのか。さすがティータ、細かいものを無効化できるだけじゃなく、そういうところにもよく気が付く。
「俺と契約したら、ここから出られるはずだよ」
「お、おおーっ! それじゃぜひ、お願いしやす!」
なんで目を瞑ってるんだか。とりあえずルコの両手を握ってみたら、体が熱くなったのでこれで大丈夫だろう。
「あ、スイスイ出られやす! わっしょい!」
「わぁーいっ」
「うふふっ」
工房の外に出たルコがエリスやティータと一緒に走り回っているので微笑ましい。これで、狂気の化身に太刀打ちできるまで、あと二人と契約すればいいわけだ。
「あの、お兄さん、厚かましいかもしれねえが、わしからもう一つお願いがあるんだが……」
「オヤジさん?」
「もし素材を持ってきたなら、ルコに叩かせてやってほしくてなあ……」
「もちろん、かまいませんよ」
俺は笑顔で即答してみせた。オヤジにやってもらったほうがすぐ出来上がるとは思うが、ルコでも数日あれば完成させてくれるだろうし、いつも二人には世話になっているからな。
「ありがてえ、ありがてえ……おーい、ルコッ、仕事だぞーっ!」
「はいでありやす、親方っ!」
ルコが駆け寄ってくるなり、俺は素材の深淵の瞳を見せてやった。
「これで、影追いのスカーフっていうのを作ってもらおうかと……」
「「こっ、これはああぁっ!」」
素材を目にしたオヤジとルコの目が真っ赤に燃えている。二人の精錬魂に火をつけちゃったか……。
「それでは、いきやす……はああぁぁっ!」
カンカンカンとルコが精錬をする音が周囲に響き渡る。それにしても、なんだかいつもと様子が違う。激しくてそれでいて繊細で、あたかもオヤジを見ているかのようだ。
「――はぁ、はぁぁ……か、完成しやした。ほいっ。これが、アッチアッチの影追いのスカーフでありやすっ!」
「「「「おぉおっ!」」」」
オヤジを含めた歓声が上がる。いつもは日を跨ぐのに、ルコがたった数時間で完成させてしまったからだ。
「ルコ……免許皆伝だっ!」
「お……親方あぁぁっ!」
師匠と弟子が抱き合って喜んでいる。なかなか感動的な光景でこっちまで貰い泣きしそうだが、俺にはどうしても知りたいことがあった。
「水を差すようで悪いんだが、影追いのスカーフの効果はどんなものかな?」
「あっ……その効果でありやすが、魔力が上昇するのと、影と影の間を一瞬で行き来できる能力がありやすっ。さらに、影の中に潜伏することもできやす!」
「…………」
俺は驚きの声を出そうとしたが出なかった。あまりにも凄い効果だと、声すら出ないっていうのは本当だった。
魔力がさらに上がるというのは頼もしいし、ほかのパーティ―に潜入することもできるので、強い力を避けるという狂気が関連する事件を解決しやすくなるはず。
ルコとオヤジじゃないが、俺も燃えてきた……って、風刃の杖をエリスに奪われてしまった。
「そーれっ! びりびりーっ!」
「あっ……いやんっ……」
またしてもエリスがルコの服を破ってしまい、俺の体は熱くなるどころか燃え尽きそうだった。喜の精霊と契約したから、その影響で喜びも倍増したのかもしれない。
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