68.精霊術師、希望を見出す


「それでは、お話します……」


 カウンター奥の小部屋に入ったソフィアが、椅子に座っておもむろに語り始めた。


 大変なことを話そうとしているせいか、また両目から光が消えちゃってるが、そんな彼女も魅力的に思えてしまうから不思議だ。


「混沌の気配を【堕天使の宴】パーティーから感じた私は、彼らについて調査しようとしたのですが、すぐに体調に異変をきたしたのです……」


「ってことは、何者かに妨害されたってことですか?」


「何者かというより、靄がかかっているような感じでして……」


 それを聞いて、俺はティータに拒まれていたことを思い出していた。ってことは、精霊並みの強い力を持ったやつの仕業……?


「最初は、私の体調がすぐれないだけかと思い、同僚の方に例のパーティーに関する調査を依頼しましたが、いずれの方々も、あとからなんのことかわからないと返される始末でして……」


 それって、どういうことだ? 知らない振り? まさか……。


「「「じー……」」」


「ちょっ!? 余はなんもしとらんぞ!」


 星のブレスレットが反応していないし、マリアンが圧力をかけたってわけでもなさそうだな。


「どうやら、【堕天使の宴】にはなんらかの力が働いているようでして、深く調べようとすると体調を崩すのも必然なのだとわかったのです。それでも、混沌の源を突き止めるべく、私は楽の下位精霊たちに語りかけました」


「楽の下位精霊……?」


 そもそも、精霊術師の俺ですら喜怒哀楽の精霊の存在に気付かなかったし、楽の下位精霊なんて知る由もない。


「はい。とても大人しい上に目立たない子たちので、普通は存在すら気付くことができませんが、常に私たちの周りにいるものです。何が起きたのか、怯える彼らに少しずつ聞き出すことで、靄の中にあるものが段々とわかってきました」


 平穏を崩すものの正体なら一刻も早く知りたいだろうに、少しずつというソフィアの言葉で、どれだけ負荷のかかる作業だったかがよくわかる。彼女だからこそ調べられたってわけだ。


「リヴァンという人物が【堕天使の宴】パーティーにいるのですが、混沌の主な原因は彼でした」


「リヴァン……?」


 これは意外だった。あの盗賊の男が元凶だったのか。てっきり、あのパーティーの切り札的存在である召喚術師のレーラってやつかと思っていたが。


「実は、リヴァンの職業は盗賊ではなかったのです……」


「「「「えぇっ!?」」」」


 盗賊じゃない? ってことは、まさか……。


「レオン様と同じく、なんの恩恵もないとされた精霊術師で、どのパーティーからも相手にされず、仕方なく盗賊となったそうなのです」


 へえ、盗賊に転身したことを除けば、俺と似たような経歴なんだな。


「盗賊として彼はかなり活躍していたそうですが、あまりにも狂ったように派手に暴れるため、遂には仲間に対して殺傷沙汰を起こして投獄されてしまいます」


 そういや、あいつは盗賊にしては凄く強かった。仮契約しているであろう精霊と何か関係があるんだろうか?


「リヴァンはそこで、を見たそうです。それこそ、かつて精霊たちに追放された、狂気の精霊レーラ=インサニアでした……」


「「「「なっ……!?」」」」


 召喚術師レーラの正体は、狂気の精霊だったのか……。


「レーラは狂気を司るというより、人々の狂気を吸収して制御する存在と言われていたのですが、狂気を吸って踊り狂うその姿が危険だと判断され、精霊たちから仲間外れにされてしまった哀れな精霊なのです……」


「なるほど……」


「うー、なんだか可哀想ー……」


「そうね、私もそう思うわ……」


「余も同意だ……」


 エリスたちも同情している様子。無の精霊も忘れられただけとはいえ、似たような経緯を持っているわけだから当然か。


「つまり、狂気の精霊と契約できる場所が、監獄だったってことですか?」


「はい、その通りなのです。リヴァンとレーラは出会うべくして出会ったということです。それから、彼らはを歩むことに決めたそうなのです」


「新たな人生……?」


「リヴァンは盗賊として、レーラは召喚術師として、です。利き手だと狂気が発動しやすくなるということでリヴァンは左手を使い、レーラは狂気を吸って体調を崩さないように、なるべく休み休み行動するということを条件にしたそうです」


「なるほど。それで、リヴァンは右利きなのにわざわざ左手を使い、レーラもあまり姿を見せなかったってわけですか……」


 ソフィアのおかげで色んなことがわかってきたと同時に、【堕天使の宴】が闇の洞窟を唯一攻略していなかった理由もようやくわかった。闇は狂気を誘発してしまうものだからだ……って、まさか……。


 俺はに気が付いてしまった。彼らは現在、その闇の洞窟ダンジョンにいるはずなんだ。追い詰められたことで、避けるべき場所だということに気付けなかったのか……って、今は悠長に考え事をしてる場合じゃない。


「ってことは、彼らはどうなったんですか……?」


 俺の台詞に対して、瞳からすっかり光を消してしまったソフィアが重い口を開く。


「……残念ながら、と化してしまったようです。なのでおそらく、いずれ誰かの中で発現し、痛ましい事件が起きることでしょう……」


 きょ、狂気の化身って……つまり、リヴァン、ルディ、アダン、イシュトの四人が狂気を生み出す四天王として、神様と同等の力を得たってことだよな? なんてこった。俺たちは陰鬱な顔を見合わせることになった。


「あのとき、俺がルディたちを復活させなければ、こんなことには……」


 リヴァンに関しては逃げられたので仕方ないものの、一度は殺したルディたちを復活させてしまったことが悔やまれる。


「いえ、それは違います、レオン様」


「えっ……?」


「リヴァンは仲間たちを巻き込んだため、狂気は一つに集中せずに分散され、その分倒しやすくなったはずなのです」


「……ということは、結果的には殺さなくて良かったってことですか?」


「そうなります。ただ、彼らを倒すのは現時点では不可能です」


「現時点では不可能……?」


「はい。まず、狂気は日常の中に溶け込んでおり、常に目立っているわけではないですし、小さなものであっても潰すことができません……」


「潰すこともできないし、溶け込んでいるような相手、どうやって発見して対処すれば……?」


「狂気はいずれ発現するので大丈夫です。どこかで解決しない事件が続いているようなら、そこを疑うといいかもしれません。狂気が宿った者を倒すことで、逃れた狂気は仲間の元へ向かうため、より大きな狂気の発見につながります。それと、狂気は制御し辛い強者を避ける傾向にあるので、弱い人を囮にするしかないと思います」


「弱い人を囮、かあ……」


「「じー……」」


「なっ、何故余を見つめるのだっ!」


 その役目はマリアンがぴったりだと思ったが、俺たちが近くにいると警戒されそうだから難しいところだ。


「小さな狂気たちを逃していけば、いずれは大きな狂気が姿を見せ始め、やがて狂気の化身と化したルディたちも姿を現すことでしょう」


「「「「なるほど……」」」」


「ですが、レオン様方の力をもってしてもルディたちを倒すことはできないと思います」


「ど、どういうことなんですか?」


 まさか、精霊王の力があっても倒せないのか。


「狂気の化身の前では、ありとあらゆるものが狂ってしまうからです。無でさえも。それでも、方法がないわけではありません。レオン様が喜怒哀楽の精霊を見つけ出し、契約することです。そうすれば、狂気のバリアを打ち崩すことが可能になります」


「え……?」


 俺はソフィアの言っていることがよく理解できなかった。


「喜怒哀楽の精霊は無に属しているということが最近わかりました。灯台下暗しだったんです」


「つ、つまり、俺はソフィアさんをここから連れ出せるってことですか?」


「はい、レオン様。よろしくお願いいたします……」


 ソフィアの瞳には、今まで暗かった分、これ以上ない光が宿っていた。俺自身も、最後の最後に希望を見出した気分だ。

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