56.精霊術師、狂気に触れる


 なんとも奇妙な話で、リヴァンとかいう盗賊の男が短剣を右手に持ち替えた、ただそれだけのことなのに、それまで俺たちが築き上げた楽勝ムードが一転していた。


「レオン、なんか危なそうだから気をつけてー」


「私もそう思うわ、レオン」


 エリスとティータが注意喚起をしてくる時点で、相当に手強い相手なのがわかる。それってつまり、左手ではなく右手が利き手だったってことか? じゃあなんでわざわざ左手を使ってたんだろう? わけのわからないやつだ。


「――レーラ……力を貸してくれ……」


 ん、レーラって誰だ? やつが聞き覚えのない名前を口走った直後、驚くべき速さで斬りかかってきた。


「くっ……!?」


 こりゃ凄い。スピードだけではなく、体感するパワーも今まで感じたことのない桁外れのもので、さらに急所である目や股間を的確に突いてくるという徹底振り。


 俺にしてみたら掠り傷程度しかダメージを受けないとはいえ、このなりふり構わない、手段を選ばない急所攻撃は恐怖さえ感じるものだった。


 これは、知恵がなければできないことだし、人の心が少しでもあればできないことだ。すなわち、やつは人であって人ではないということ。


 一体何がこの男をここまで駆り立てるのか。【堕天使の宴】がSS級まで上り詰めた理由を垣間見た気がしたが、それでも精霊王と契約している俺の相手じゃなかった。


「ぐがっ!?」


 リヴァンの懐を抉るような鋭い攻撃に対し、俺のカウンターアタックが決まってやつは大きく弾き飛ばされた。


 やつの攻撃パターンは人間離れしていて読みにくいが、その軌道を光の精霊たちに教えてもらっているので大体受け流せる。


 さらに短い時間とはいえ相手のパワーやスピードを無にできる俺たちにとって、どれだけ圧倒的と思えるものでも、積極的に攻撃してくるのであればそれを崩すのは簡単なことだった。


「レオン、頑張ってー!」


「私のために頑張ってね、レオン」


 しかも、俺には強い上に可愛い応援団までついているからな。


「あーっ、ティータ、抜け駆けっ!」


「抜け駆け……? エリスのくせにそんな言葉を知っていたのね」


「ふんだっ、わたしだって勉強したもんっ!」


 ほんのちょっとだけ騒がしいが、これはご愛嬌ってところだろう。というか、俺が殺したほかのメンバーのことが気になるし、早くリヴァンを倒さないとな。確か、親方による破壊と再生のペンダントの説明によると、10分以内に再生しないと二度と戻らないんだ。


 というわけで、俺はやつの動きに眼が慣れてきたこともあり、大胆な反撃に転じることで、遂にやつの短剣を弾き飛ばすことに成功した。


「ぐぐっ……! ち、畜生……」


「どうした、まだやるか?」


「レーラ、お前さえ、お前さえここにいれば……」


「…………」


 まーたレーラとかいう名前を出してきた。まるでそいつさえいれば勝てるかのような言い方なので不気味だ。


 ん……? こっちには精神的耐性があるのでそれに動揺したわけじゃないだろうが、さっきからどうにも様子がおかしい。


 それはたまに白目を剥いている相手もそうだが、まるでそれに伝染したかのように、俺まで頭が真っ白になりそうになるときがあるんだ。


 それでもティータのおかげか大して影響することなく、俺は意識を正常に保つことができたが、たまに意識が途切れるので戦い辛いことこの上ない。このリヴァンとかいう男、何かそういう効果のレアアイテムでも持っているんだろうか……?


「うっ……うおおおおぉおぉおおっ!」


「「「あっ……」」」


 俺たちの上擦った声が被る。さあ、これからとどめを刺してやろうってところで、リヴァンは頭を抱えて狂ったように叫びながら逃げ出してしまった。


 まあいいか。あのまま戦っていたら、制限時間の10分が過ぎそうだったからな。さあて、そろそろ俺が殺した【堕天使の宴】の面々を生き返らせてやるとしよう……って、どうやるんだっけ?


 試しにペンダントに向かって俺が壊したものを復活させてくれと念じてみたら、グロテスクな死体群がみんな元通りの姿になった。


「――あ、あれっ? あたい、死んだはずじゃ……?」


「……え、なんで生きてんの、俺……?」


「……こ、ここって、もしかしてあの世……!?」


 いずれも、酷く驚いた様子で起き上がる剣士ルディ、黒魔術師アダン、白魔術師イシュトの三名。


「おい、お前たち……」


「「「ひぃっ!?」」」


 当然かもしれないが、やつらは俺の顔を見た途端、死人のような顔色になった。


「一度は殺してやったが、こうして生き返らせてやったんだからありがたく思え。黒幕が誰なのか吐けば解放してやる。もちろん、その際は証拠も提出してもらうがな……」


「「「仰せの通りにっ!」」」


 威圧感を孕ませた俺の台詞に対し、ならず者の三人がためらいを見せずに何度もうなずくところを見ると、やつらの黒幕が直接対決を避けた理由が痛いほどわかった。こういう連中は追い詰められると簡単に吐いてしまうからだ。


「「「……」」」


 って、なんか忘れていると思ったら、ファゼルたちが茫然自失とした様子で俺たちのほうを見ていた。


 うーん、あとで変なことを言いふらされたら面倒だし、ティータに最近の記憶を無効化してもらおうかな。

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