52.精霊術師、雲上人になる
ルコのエッチな――いや、元気な姿を見て安心した俺たちは、彼女の居候先から冒険者ギルドへと向かい、たった今到着したところだ。
「レオン、さっきからキョロキョロして、どうしたのー?」
「一体どうしたの、レオン……?」
「あ、いや、やたらと周りから見上げられてるみたいでさ……」
「「見上げられてる?」」
「あぁ……」
というのも、ギルドへ向かう冒険者たちとすれ違うたびに、頭を下げられることが多くなっていることに気付いたんだ。
それだけ、俺たちがダンジョンの最速記録を作り続けているという事実に対し、敬意を表されているってことか。当時S級パーティーだった【天翔ける翼】に所属していたときでさえ、ここまでされることはなかったんだがな。
ギルド内へ入ると、誰も俺と目を合わせようとしなくて、なんだか偉い人にでもなったみたいな気分になった……って、唯一笑顔で目を合わせてくる人がいると思ったら、俺の専属受付嬢のソフィアだった。
顔色もいいし、どうやら風邪は治ったらしい。喜怒哀楽のうち楽の精霊なだけあって、彼女の姿をカウンター越しに見るだけで心底ホッとする。
「レオン様、ご迷惑をおかけしました。風邪はすっかり治ったようです」
「ソフィアさん、それはよかった……」
「レオン様……」
ソフィアと両手を握り合ってしばらく見つめ合ううち、俺は天にも昇るような気持ちになっていた。い、いかんいかん、ここは冒険者ギルドなんだからしっかりしないと。
「あ、そうだ、ソフィアさんにこれを……」
我に返った俺がソフィアにプレゼントしたのは、ルコにもプレゼントした高級リンゴだ。皮を剥かなかったのは、ここじゃ食べ辛いだろうしな。
「ありがとうございます! 良い香りがしますね……」
「ソフィアさんに喜んでもらえて嬉しいですよ」
「「じー……」」
「「あっ……」」
頬を膨らませたエリスとティータに覗き込まれて、俺とソフィアははっとした顔を見合わせたのち、お互いにほろ苦い笑みを作った。
「あの、たった今思い出しました。レオン様にお話したいことが……」
「え、話ですか?」
一体なんの話だろう? そういえば、ギルド内が少しざわついてるような気がするが、それと何か関係しているんだろうか。
◇ ◇ ◇
都の郊外に位置する、【天翔ける翼】パーティー宿舎のロビー。
そこに突然来訪してきた、白いローブ姿の若い男を前にして、リーダーのファゼルとメンバーのレミリアが緊張した様子で応対していた。
「お、俺は、【天翔ける翼】のリーダーで、戦士のファゼルっていうんだ。よろしくな」
「あ、あたしは、鑑定士のレミリア、よろしくねっ」
「…………」
「「マールッ!」」
ファゼルとレミリアが、一人だけ放心した表情のマールを叱りつける。
「あ……ごめえん。考え事しちゃってた。マールは、黒魔術師のマールっていうのお。よろしくう」
「どうも、みなさん、よろしく。僕は、白魔術師のイシュトっていいます。あの【天翔ける翼】の面々とこうして会えるなんて、とても嬉しいです」
「いやー、こっちこそ、SS級のパーティーの【堕天使の宴】からこっちへ移籍してくれるなんて、本当に夢みてえだぜ……」
「本当よね。確かにドルファンが抜けた今、白魔術師は喉から手が出るほど欲しかったけど、それがまさかあんな凄いパーティーの一人だなんて……」
「マールは、ドルファンさんのほうが良かったなあ――」
「「――マールッ!」」
「あうっ。ごめんなさあい」
「あの、ちょっとトイレをお借りしてもいいですかね?」
「おう、もちろんいいぜ、イシュト。あっちの廊下の突き当たりから右側だ」
「イシュトさん、どうぞごゆっくりー!」
イシュトと名乗った白魔術師がトイレに向かったあと、ファゼルとレミリアが笑顔から一転してぎろりとマールを睨みつける。
「マール、お前な、ドルファンのことなんかもう忘れろってあれほど言っただろ。俺らはS級からC級まで落ちぶれて、郊外まで引っ越ししなきゃならねえほど金がなくなったし、もうあとがねえんだよ」
「そうよ、マール、変なこと言わないで。イシュトさんを逃したら、もうあたしたちは終わりかもしれないのよ? ここから一気にS級までのし上がって、ドルファンやレオンを見返してやらなきゃっ!」
「ん-……でも、なんだか怪しいよ。どうして、そんな凄いパーティーから落ちぶれたこっちに来るの……?」
マールの疑問にまみれた声に対し、ファゼルとレミリアがいかにも不快そうに口元を歪める。
「そりゃ、俺たちが元々S級パーティーだったからだろ? それに、今や雲の上にいやがるレオンの野郎も所属してたんだし、こっちに移籍してやり直したいんじゃねえか?」
「あたしもそう思う。確か【堕天使の翼】って、今レオンのやつが所属してる【名も無き者たち】だっけ? そのパーティーにダンジョンの記録をどんどん破られてるって聞いたし、推測だけど、それで【堕天使の宴】の空気が悪くなって仲間割れを起こしたんでしょ」
「うーん……そうなのかなあ?」
「そうに決まってんだろ!」
「そうよ、ほぼ間違いないでしょっ!」
「わ、わかったからぁ、二人とも、怖い顔を近付けないでよお――」
「「――っ!?」」
そのときだった。ガシャンと窓が割れた音がして、ファゼルたちの面々が驚きの色に包まれる。
「い、今の音は、なんだ? トイレのほうからしたよな……?」
「そ、そこで何かあったみたい。強盗かしら? 急ぎましょ!」
「ま、待ってよおっ!」
三人が駆け込んだトイレはもぬけの殻であり、周囲には窓の破片が散乱していた。
「どっ、どういうことだ、これ――」
「――さあみんな、今だよっ!」
「「「っ!?」」」
威勢のいい女の声とともに、割れ窓から覆面姿の者たちが次々と侵入してくる。
「ほ、本当に強盗なのかよ? てめえら……ここがどういう場所か、わかってんのか!?」
「そうよ、いくら落ちぶれたからって、元S級パーティーの家に強盗って、覚悟はできてる!?」
「…………」
「「マールッ!」」
「あっ、うんっ、マールたちのおうちに強盗なんて、絶対に許さないんだからあっ!」
「「「「……」」」」
一切恐れを見せないファゼルたちに対し、覆面を被った四人組は何を思ったのか、しばらくその場を一歩も動こうとはしなかった。
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