53.精霊術師、釣り出される


「え、えぇ……?」


 ソフィアから伝えられたのは、だった。


「兵士たちがぞろぞろとギルドへやってきて、依頼の貼り紙を外していったんですか……?」


「はい、そうなのです。それも、闇の洞窟関連のものばかり……。私たちスタッフがその理由を訊ねると、内部でパーティー同士の抗争が拡大していて危険だから、しばらく封鎖するという旨を伝えておくようにと……」


「……それは、滅茶苦茶怪しいですね」


「私も、仰る通りだと思います。何か、不自然な気がして」


「よくわからないけど、わたしもそう思うー」


「そうね、なんだかきな臭いわ……」


 ソフィアだけでなく、エリスとティータも薄々おかしいと思い始めている様子。


 本当にパーティー同士で争うとしても、わざわざ視界が悪い闇の洞窟でやるとは思えないし、これは光の洞窟のほうへ俺たちを誘導しようとする意図をひしひしと感じる。


 しかも、それが兵士たちの手によるものってことで、最早【堕天使の宴】の背後に権力者がいるというのを隠すつもりもないらしい。


 つまり、やつらには光の洞窟で俺たちを倒せる自信が大いにあるってことだ。


「レオン様、これは明らかな罠だと思いますが、どういたしましょう……?」


「それなら、あえて釣られることにしますよ、ソフィアさん」


「ええぇ……?」


 俺はソフィアに笑いかける。どんな罠が待ち受けていたとしても、今の自分たちなら絶対に切り抜けられるっていう確信があったからだ。


「エリスもティータも、それでいいかな?」


「うんっ、レオンがいいならいいよー」


「私なら大丈夫よ、レオン」


 エリスたちも異存はないようだ。というわけで俺たちは早速、光の洞窟ダンジョンに関するB級の依頼を受けることに。


 今に見ていろ、【堕天使の宴】と、その背後にいる黒幕め、必ずその正体を暴き出し、この手で懲らしめてやる。




 ◇ ◇ ◇




「ちょ、ちょっと待ちなっ! 四対三だってこと、わかってんのかい!? そこのチビ魔術師もやる気がないっぽいし、実質四対二なんだから、虚勢なんて張らずに大人しくしなっ――!」


「――はああぁぁっ!」


「ひあっ!?」


 覆面パーティーの一人が小剣を突き出したところで、ファゼルの斧によって容易く弾き飛ばされる。


「よっわ! ファゼル、マール、この盗賊どもに、あたしたちの力を徹底的に思い知らせてやりましょ!」


「おうよ! さあ、きやがれ、ぶちのめしてやるっ!」


「…………」


「「マールッ!」」


「は、はあい!」


 ファゼルたちに叱られ、はっとした顔で臨戦態勢に入るマール。


 その一方で、侵入してきた覆面姿の四人組は動く気配すら一向になかった。


「あ、【天翔ける翼】がこんなに強いなんて聞いてないよっ! レオン以外は腑抜けって噂だったじゃないのさっ!」


「はぁ、どうせこんなこったろうって思ってたぜ、俺は……」


「だ、だったらそれを早く言いなっ、アダン――あ……」


 しまったという顔をする四人組の一人。それに対し、ファゼルの右の口角が吊り上がる。


「今、アダンって言ったな? 確か、そいつは【堕天使の宴】のメンバーじゃねえか。そうか、裏じゃこんな強盗染みたことしてやがったのか……」


「嘘っ……じゃ、じゃあ、白魔術師のイシュトってやつも共謀してあたしたちを騙してたってわけ!? もう、絶対に許さないんだからっ……!」


「ほーら、だからマールが怪しいって言ったんだよお」


「「黙れっ!」」


「あうぅ」


 ファゼルとレミリアの剣幕を前に黙り込むマール。


「ど、どうするんだよ。最悪の場合逃げることもできたのに、正体をバラすなんてルディのせいで全部台無しじゃないかぁ……」


「はあ、だるすぎ。どうすんの、これ……」


「どっ、どうするもクソもないよっ! こうなったら、どうにかしてこいつらをやっつけて、レオンを釣るための人質にするしかないじゃないのさ……!」


「……自分がやる。イシュト、支援をくれ……」


「え、えぇえ?」


「早くしろ……」


「わ、わ、わかったよっ、リヴァン! スピードアップッ、プロテクトッ……!」


 白魔術を受けた四人組の一人が、左手で短剣を構えて果敢にファゼルへと向かっていく。


「へっ! 短剣持ちってことは盗賊だろうが、そんなしょぼいジョブに負けるかよ!」


「ぐっ……!」


「おらおらっ、どうしたっ!」


 その戦いは最早、一方的であった。ファゼルの強烈かつ巧みな攻撃によって、徐々に追い込まれていくリヴァン。


「ほーら、あんたたちも傍観してないでかかってきなさい、三人がかりでも負けないわよ!」


「負けないよおっ」


「「「うっ……」」」


 ほかのメンバーはレミリアとマールによって牽制されており、覆面を被った【堕天使の宴】の面々は、誰が見ても明らかに追い詰められた状況であった。


「――ぐあぁっ!」


「「「リヴァンッ!?」」」


 ファゼルの放った一撃により、リヴァンが左手を負傷して短剣を落とすと、メンバーの悲鳴にも似た声が響き渡る。


「へへっ、これでもう、勝負あったな。左利きなのに、右手でどう戦うってんだ? あぁっ!?」


「……ま、まだ、だ……」


 右手で短剣を拾うリヴァンの目から、光がスッと消えていく。


「ファゼル、ナイスゥッ、一気にやっちゃって! ほら、マールも応援しなさいよ!」


「ファ、ファゼル、ファイトだよおっ」


「おうよ……って、こいつ、なんか妙な目をしてやがるな……」


 よろめきつつ立ち上がったリヴァンに対し、怯んだ顔つきになるファゼルだったが、まもなく首を横に振った。


「だ、大丈夫だ、気のせいだ、こんなやつ、大したことはねえぇぇっ!」


「…………」


 ファゼルがとどめを刺そうと、リヴァンの元へ駆け寄りつつ斧を縦に振り抜く。


「ぐっ……ぐあああぁぁっ!」


 右手の指が数本飛び、斧を落とすファゼル。その一方で、リヴァンが無駄のない動きでレミリアの懐へ飛び込むと、短剣を斜め上に振り上げた。


「えっ……? ぎぎいぃっ!」


 はっとした顔で左目を押さえながら、崩れ落ちるように座り込むレミリア。


「……目……目が……あたしの目があぁっ!」


「……はぁ、はぁ……」


 肩で呼吸しながら血まみれの短剣を落とすリヴァン。その眼下には股を濡らしたマールがいて、ガクガクと体を震わせていた。


 まもなく、【堕天使の宴】のメンバーがリヴァンの元へ駆け寄っていく。


「……や、やったじゃないか、リヴァンッ、あんたがそんなに強いだなんて思いもしなかったよ!」


「マジ、すげーなぁ。てか、動きが早すぎて、俺にはよく見えなかったぜ……」


「ぼっ、僕の白魔術のおかげでもあるけど、凄いよっ、リヴァン……って、左手は大丈夫? ヒールッ」


「……だ、大丈夫、だ……」


 リヴァンは落ちた短剣を拾おうとしたものの、直前で思い直したように右手を引っ込め、負傷した左手で回収するのであった。

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