51.精霊術師、お見舞いする


「「「「「……」」」」」


 都の某所にひっそりと佇む小屋の内部は、災難に見舞われたかのように一層重い空気に包まれていた。


 仮面をつけた者が肩を怒らせて右往左往するところを、ひざまずいた四人組のパーティーが戦々恐々とした様子で見守っていたのだ。


 まもなく、四つの視線を集めていた人物が立ち止まり、首を傾げてみせる。


「――どう考えてもわからぬ……。奇襲を仕掛けた上、あれだけの毒矢を放っても殺せないとは……。なんなのだ、あの【名も無き者たち】とかいう化け物パーティーは……!」


「「「「……」」」」


「おいぃっ、貴様らぁ、揃いも揃って黙ってないで、なんとか言ったらどうなのだぁっ!?」


 沈黙するパーティーに対し、仮面の人物が苛立ちを募らせたのか声を荒げると、懐からギルドカードを取り出した。


「……そうだ、あの召喚術師の名前はレーラであったな。あいつを無理矢理引っ張り出すことはできないのか? 確かに、【名も無き者たち】は化け物で、お前たちは雑魚だ。しかし、このレーラはそれ以上の化け物だから、やつさえ万全な状態ならば倒せるはずだ」


 仮面から覗く充血した目が、盗賊風の格好をした男に向けられる。


「そうであった……リヴァン、今思い出したが、レーラを余に紹介したのは貴様だろう。まだやつの病は治らないのか?」


「……それが、かなり状態が思わしくないみたいでして、もうしばらくは無理かと……」


 リヴァンの返答からまもなく、小刻みに肩を震わせる仮面の者。


「ぬうぅっ……! いくら化け物のように強かろうが、肝心なときにいないのでは役立たずも同然だっ! だったら、ほかの手を考えろ! こういうときは、相手の弱みを見つけ出し、そこにつけこむのだっ!」


「「「「了解っ……!」」」」


 リヴァンを筆頭に四人組が一斉に立ち去り、仮面の者がテーブルを蹴り上げる。


(よくも、やりおったな。【名も無き者たち】め、汗臭い冒険者どもめ……。余の唯一の楽しみを奪いおって。四大属性の洞窟だけでなく、光と闇の洞窟までも最速攻略記録を作られるわけにはいかない。このまま、貴様らの思うようにさせてなるものかあぁ……!)




 ◇ ◇ ◇




 あくる日の朝、俺たちが向かっていたのは、工房からほど近い場所にある親方の家だった。もちろん、みんなで一番弟子のルコの見舞いをするためだ。


 あんなに凄い腕の持ち主だから、どんな豪邸に住んでるかと思いきや、どこにでもあるような一軒家だったので驚く。でも、こういう場所なら例のやつらに狙われにくいだろうし、そういう意味では安心感があった。


 昨日、約束の日時と場所――午後九時のギルド近くの路地裏――に一応行ってはみたが誰も来なかったことから、とにかく敵が俺たちとの真っ向勝負を避けているのがわかるし、できる限り周囲に気を配っていきたいところだ。


「――おおっ、わざわざ来てくれたのかっ。早速ルコの部屋に案内するぞ!」


「あらあら、ルコのお友達かい?」


「「「どうも……!」」」


 親方だけでなく、その奥さんらしきおばさんが俺たちのことを快く出迎えてくれた。歳の割りに綺麗な人で、若い頃は相当な美貌の持ち主だったことが容易に窺える。


「おーい、ルコー、入るぞー」


 一階の奥にある部屋の前にて、ドアをノックするともに豪快に開いてみせる親方。


 すると、部屋の片隅のベッド上で、大の字で眠るルコの姿があった。下着姿だから一瞬ドキッとしたが、既に裸も見ちゃってるってことで、そこまで動揺することはなかった。


 ティータがいることで精神的に耐性がついてる影響もあるだろうけど、エロの部分だけは何故か慣れない。性的なものには総じて高い魔力が備わっているのかもしれないな。


「ぐがー――」


「――ルコ―、お客さんだぞー」


「へっ!?」


 親方の台詞で即座に飛び起きるルコの姿に、俺は思わず苦笑してしまった。ここはもう職業病ってところか。てか、顔色もいいしこの調子ならもう大丈夫そうだ。


「レ、レオンの旦那っ、それに、エリス嬢、ティータ嬢……! もしかして、あっしのお見舞いに来てくれたんでありやすか……!?」


「あ、あぁ。熱を出したって親方から聞いて、それで見舞いにきたんだよ、なあ、エリス、ティータ?」


「うんっ、ルコ、遊びに来たよぉー」


「遊びに……いえ、お見舞いに来たわよ、ルコ」


「あ、あっしのために、嬉しいっす……。もう、この通り、たっぷり寝たら治ったんで、バリバリやれやすよぉ……!」


「そ、そうか。そりゃよかった……あ、そうだ、これ、お見舞い品」


「お、おおおっ、いただきやす!」


 俺がルコに手渡したのは、ナイフで皮を剥いた高級リンゴだ。風邪に効くって聞いたからな。雑用係だったときはよくこういうことをやらされていたんだ。風刃の杖でやったほうが早いんだが、指先の感覚を衰えさせないためにも手を使うのは大事なことだ。


「これっ、とっても甘くて美味しいでありやす……!」


 多分ルコは下着姿を見られても平気っぽいな。真っ裸になってようやく羞恥心が目覚めるってところか……ん? これ貸してーの一言とともに、風刃の杖をエリスに奪われてしまった。


「エ、エリス?」


「わたしもね、ルコみたいにお見舞いされたいから、風邪になるもんっ」


「お、おいおい、そういう意味での風邪か……って!」


「えへへ、これも切っちゃおー」


 エリスがまたしてもやらかして、風刃の杖でルコを産まれたままの姿にしてしまった。


「て、照れやす……いやんっ!」


 手で大事なところを隠しながら照れ笑いを浮かべるルコ。下着を破られたというのに、いくらなんでも温厚すぎる。あとで弁償しておくか。


「ダメよ、エリス。そんなことしたら――」


「――じゃあ、ティータのも切っちゃう!」


「っ!?」


 またたく間に服が切り刻まれたティータの顔が見る見る赤くなる。


「……覚悟はできてるわね、エリス……?」


「ひゃーっ!」


 結局エリスもティータに追い回された挙句、脱がされる格好になったわけだが、何故か嬉しそうだった。いやー、今日は出血大サービスデーだな……ってか、頭に血が上ったせいか、俺のほうが鼻血――いや、熱が出そうだ。

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