27.精霊術師、ペットにされる


「「「……」」」


 多くの冒険者で賑わうギルドの待合室、その片隅には、まったく存在感のない三人がいた。


 彼らは、A級に降格したばかりのパーティー、【天翔ける翼】の面々――戦士ファゼル、鑑定士レミリア、黒魔術師マールである。


「――やあ、戻ってきたよ、諸君」


「「「あ……」」」


 そこに陽気な顔をした白魔術師のドルファンが戻ってくるなり、彼らのどんよりとした表情に一筋の光が宿った。


「お、遅いじゃない、何やってたのよ、ドルファン……」


「ホントだよぉ。ドルファンさん、お帰りっ」


「あ、あぁ、ただいまだ」


「ちょっと、ファゼル、お帰りくらい言いなさいよ」


「そうだよ、ファゼル。ドルファンさんまで抜けちゃったら、マールたちは本当に終わりになっちゃうのに!」


「……お、おか、えり……」


「「「……」」」


 ボソッと呟くファゼルに対し、気まずそうに顔を向け合うメンバーたち。


「それより、ドルファン、腹痛は白魔術と関係ないとか言っちゃって、本当にごめん……」


「ん、な、なんだ、レミリア、急にどうしたのかね?」


「さっきね、誰かが、お腹を壊したら魔術の調子が悪くなったとか話してて……」


「……そ、それはそうだろう! 無知な君たちにはわからんかもしれんが、魔術と腸には密接な関係があるのだよ……」


 口元を引き攣らせながら気まずそうに話すドルファン。


「ドルファンさぁん、まだ調子が悪いのぉ?」


「も、もう心配ない、マールよ」


「あ、マールのこと、名前で呼んでくれたぁっ。嬉しいよぉっ!」


「なっ、馴れ馴れしく抱き付くな、このメスガキめがっ!」


「あぁんっ」


 マールを勢いよく突き飛ばすドルファン。その顔には、いつもの傲慢な笑みがすっかり戻っていた。


「腹の具合は治ったからもう大丈夫だ。というかだな、もしあのとき、僕が超優秀な白魔術をかけていなければ、どうなっていたと思うのかね? ファゼル君は手首どころか胴体を切断されていたはずだ……」


「そ、そうなんだ。じゃあ、手首だけで済んだのは不幸中の幸いだったんだね……」


「だねえ。ドルファンさんがいて本当によかったぁ……」


 レミリアとマールが互いに同調した様子でうなずき合う。


(……本当にちょろいクソゴミパーティーだ。そろそろ逃げようかと思ったが、もう少し骨をしゃぶってからでもいいか。ただ、アホのファゼルをなんとかしないとしゃぶろうにもしゃぶれんな――)


「――レ、レオン……」


「ファ、ファゼル? なんでレオンの名前なんか出すのよ……!?」


「へ、変なのお……」


「…………」


 ドルファンがはっとした顔になったのは、ファゼルがレオンの名前を口に出した直後だった。


(そうだ……その手があった。とりあえずレオンの話題を振ってこの間抜けを励ませばいい。昔が懐かしいからこそ、やつの名前を出すのだろうから)


「コホンッ……ファゼルよ、レオンの姿なら、さっきこの辺で見かけたぞ」


「な、なんだって!?」


「ファ、ファゼル? 一体どうしたのよ、急に興奮しちゃって」


「ファゼル、どうしちゃったの? なんだか怖いよぉ……」


「う、うるせえ! レオンはどこだ!? やつさえ戻ってくれば、全部うまくいくような気がするんだ!」


「「「……」」」


 ファゼルのあまりの興奮する様に、呆然とするメンバー。


「ま、まあ待ちたまえ。レオンは惨めにもどこかのパーティーの雑用係だった。ファゼル、左手を失った君がマシに見えるほど、あまりにも無様だった……」


「……そうか。ま、レオンの能力なら雑用係くらいしかできねえだろうな。てか、それならこっちに来るように伝えればいいんだ」


「何故だね?」


「やつは幸運の置物だった。今から考えたらな。だから、連れ戻すべきだって思うんだ……」


「ふむ……」


「確かに一理あるかも? レオンのことは嫌いだけど、あいつがいた頃のほうがよかったような……」


「マールもそう思うっ」


「レミリアもマールもそう思うだろ? レオンの野郎は多分、不幸を吸って他人を幸せにする益虫タイプなんだ……。で、やつは今どこにいるんだ? ドルファン」


「それが、行方不明になってしまってね……」


「「「えぇっ!?」」」


「ただ、まだそう遠くへは行っていないだろう。それに、レオンも戻りたがっていた」


「ほ、本当か?」


「うむ。前のほうがマシだったと言っていた。リーダーはガサツで、ほかのメンバーはうるさかったが、それでも頼り甲斐があったと。なのに、ファゼル、君がそのザマでは、レオンも戻りたいとは思うまい」


「くっ……そ、そうだよな。左手を失って失意のどん底にいる今の俺じゃ……レオンにさえ笑われちまう……」


「それは違うぞ。左手がなくても堂々としていればいいのだ。男の勲章だと思って、レオンも誇りに思うはずだ」


「わ、わかった。俺がレオンの飼い主だからな。堂々とするぜ!」


「あはは、その言い方だとレオンがペットみたいだけど、ファゼル、その調子よ」


「うんうん! 幸運を連れて来るペットのレオンを飼おうよ!」


「…………」


 喜ぶファゼルたちを見て、内心見下したように目を細めるドルファン。


(本当にバカな連中だから滑稽だ。こいつらをやる気にさせて、もっとボロボロにしてから始末したほうが後腐れもないだろう。も見つけたしな……)




 ◇ ◇ ◇




「ねえねえ、レオンッ、はなあにー?」


「ん……」


 俺たちはこれから、馬車のある厩舎へ向かおうとしていたところだった。


 エリスが何かを指差したのでその方向を見ると、髭を蓄えた男に鈴がついた首輪と紐をつけられて楽し気に歩く猫耳の亜人だった。格好もやたらと際どい。


「あれは、奴隷――いや、ペットっていうんだよ」


 本当は奴隷なんだが、こっちのほうがソフトだと思って訂正した。似たようなものかもしれないが。


「えー、人間みたいに歩いてるのに?」


「あ、あぁ」


 その質問にはなんとも返答し辛いが、まあそういう世界だからな。


「じゃあ、わたしもレオンのペットなの……?」


「おいおい……エリスは精霊王なんだから、どっちかっていうと俺のほうが……」


「そうなんだぁ! じゃあ、あの子みたいに紐つけちゃおうか!」


「……いや、遠慮しておく」


「えーっ! レオンが嫌なら、わたしの首につけてもいいよ?」


「いやいや……」


 エリスは長く世間から隔離されてた影響でなんでも新鮮に見えるから、目に見えるものを真似したくなっちゃうんだろうな。そんな他愛のない会話をしつつ、俺たちは目的地を目指すのだった。

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