28.精霊術師、辺境へ向かう
俺とエリスは無の下位精霊に会うべく、早速馬車で都を発つことになった。
受付嬢のソフィアの話だと、これから向かう場所は都からかなり離れた、辺境と呼ばれるところらしい。
そこに村は幾つかあるが冒険者ギルドすらなく、田畑を耕したり山で狩りをしたりして故郷でのんびりと暮らす者ばかりだそうで、たまにそっち方面の依頼を受けた冒険者が薬草採取のために寄る程度なんだとか。
「――見て見てっ、レオンッ。いい景色ー」
馬車に揺られて数時間後、エリスが窓から顔を出して声を弾ませる。俺たちの前にあまりにも長閑な田園風景が現れたんだ。
「……目の保養になるな。その分、眠くなりそうだが……」
それまで都にいたからよくわかるが、本当に何もないような片田舎で、緑がやたらと多くて目が癒されるようだった。
ただ、本当にこんなところに無の下位精霊と契約できるところがあるのかと疑問に思ってしまう。
地の精霊はここで間違いないと訴えてきているが、それと同時に、広範囲に渡って靄がかかっているので、無の精霊がどこにいるのか、大雑把にすら特定できないという。
この靄っていうのは、精霊による結界、すなわち拒絶反応だ。これがあるために大体の場所さえも特定できず、今までと比べても探すのが非常に困難になるんだ。
しかもこの靄は辺境全体を覆っているらしく、それだけ精霊の行動範囲が広いってことで、これは探し出すのにかなり根気がいるだろうな……。
「なんだか、向こうは会いたくないみたいだね」
「ああ……」
エリスは無の上位精霊ってことで、俺よりずっと敏感に拒まれている気配を感じ取ってるみたいだ。
「長い間契約してこなかったから、気持ちがおかしくなっちゃってるのかも……?」
「エリスもそうだったのか?」
「うん。わたしも、あの神官さんがいなかったら、きっと耐えられなかったよ」
「カレティカって人?」
「うん! ミイラになっちゃったけど、ああ見えて男前だったんだよ。契約者と会話するために余力を残さないといけないらしくて、言ってあまり喋ってもらえなかったけど、それでもそこにいてくれるだけで、気を紛らわせることができたんだー」
「そっか……」
「でもね、ここにはなんの匂いもしないの」
「匂い……?」
「揺れ動く気持ちみたいなものかな。そういうのさえなくて、とても寂しくて空虚な匂いがするの。だから、行動範囲は広くても、ずーっと独りぼっちだったんだと思う……」
「…………」
なるほど、つまり無の下位精霊はとっくに気が狂っている可能性もあるってことか。無の上位精霊であるエリスですら拒まれてるような空気を感じるくらいだから、相当なものなんだろう。
でも、逆に興味が湧いてきたのも確かだ。是非会ってみたいな、無の下位精霊に……。
◇ ◇ ◇
「兄貴ぃ、この村ってホントなんにもないっすねー」
「だなー。なーんもなさすぎて、欠伸どころか反吐が出そうだぜ」
「「ハハッ」」
都から遠く離れた辺境の地にて、二人組の体格のいい男が、見渡す限りの田園風景を小馬鹿にしながら歩いていた。
「――ん、兄貴、あそこに祠があるっすよ」
「お、なんか金目のもんが供えられてないか見てみっか」
「そりゃいいっすねえ!」
男たちは目配せしてニヤッと笑い合ったあと、意気揚々と祠の中へと乗り込む。
「「……」」
そこは何かを祀っているような痕跡はあったが、小振りな祭壇が奥に置かれているだけで、ほかには何も見当たらなかった。
「兄貴……なんなんっすかね、ここ……」
「うへえ。祠の中までなんもねえのかよ。これじゃ祠じゃなくてただのでっけえゴミ箱じゃねえか!」
「ププッ、確かに……てか、なんか聞こえてこねえっすか?」
「へ……?」
『来ないで……』
「あ、兄貴、来ないでって、何バカなこと言ってるんっすかー」
「はあ? 俺は何も言ってねーぞ? お前、そんなこと言って、どうせ俺を驚かそうと思ってんだろ――」
『――来ないで……』
「「っ!?」」
二人組の冒険者はギョッとした顔をして祠から飛び出すも、即座にきょとんとした表情に変わるのであった。
「あれ……兄貴、さっきなんかあったっすかね? よく覚えてなくて……」
「お、俺もだ。何かあったはずなんだけどよ、妙だなあ……」
「こ、こんなところ、気味がわりーから早く退散するっすよ、兄貴」
「だ、だな……」
二人組が青ざめた顔で足早にそこから立ち去ったあと、その場に何者かの足跡がついた。
『……何もかも……どうでもいいはずなのに、なんで私はまだここにいるんだろう……? 早く、消えてしまいたいのに……』
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