26.精霊術師、図々しくなる


「うー……なんでわたしたちが隠れなきゃいけないの?」


 路地の薄暗いトンネルの中にて、ここまで自身を引っ張ってきたドルファンに対し、エリスが膨れっ面で抗議してみせる。


「生意気なガキめが……いいから、しばらく大人しくしていろ……!」


「ぶー、なんでー!?」


「エリス―!」


「あ、レオ――もがっ……!?」


 エリスの口を後ろから両手で覆うドルファン。


「だから、大声で喋るなと言っているだろう……!」


「ふんだ。そんなことしても、わたし喋れるもん」


「なっ……? ど、どうしてなのだ、力がまったく入らん……」


「えへへっ」


 ギョッとした表情になるドルファン。エリスはまるで彼の手の圧力を感じていない様子で喋るのであった。


 さらにエリスはドルファンの体をすり抜けて逆に背後に回ったため、彼は怯えた様子で振り返るとともに後ずさりした。


「な、な、なんなんだ、お前は……」


「びっくりした? レオンの友達だからこれくらいで許してあげるけど、もうこんなことしないでね。あと、友達なのに、どうして隠れる必要があるの?」


「そ、そそっ、それはだな……かくれんぼみたいなものだ!」


「あ、そっかあ。かくれんぼだったんだねえ」


 エリスは大いに納得した様子でうなずくが、ドルファンのほうはショックをありありと引き摺っているのか青ざめたままだった。


「顔色悪いけど、どうしたの?」


「ちょ、ちょっと急用を思い出したから、この辺で失礼させてもらうぞ。また声をかける。あと、このことは絶対にレオンには言うな……!」


「どうして?」


「ぼ、僕はこう見えて、滅茶苦茶照れ屋さんでな。レオンとは久々に会うということで、心の準備がまだできていない。あいつは物凄く図々しいやつだから、そのことを言ってしまえば僕の家を訪ねてきてしまうだろうから……!」


「へえ、そうなんだぁー」


「わかったか!?」


「うん、おじさん!」


「だから、僕はおじさんじゃない!」




 ◇ ◇ ◇




「はぁ、はぁ……」


 おっかしいなあ……。


 エリスが行方不明になってしまったもんだから、俺は慌ててギルドから少し離れた路地まで捜しに来ていたものの、途中で行き詰まっていた。地の精霊によると、この辺にエリスがいるらしいんだけど、それでも入り組んだ路地にいるせいか中々見つからない。


 地の精霊の道案内って、結構大雑把なんだ。ヒントをくれるだけで、正確な場所までは教えてくれない。これが仮契約でもしてるなら違ったんだろうけど。


 っていうか、エリスのやつ、この辺りにいるはずなのに俺の声にも反応しないし、かなり拗ねてるっぽいな……。


「おーい、エリスー!」


「――レオンー!」


「あっ……」


 エリスが壁をすり抜けてきた。なんだ、壁を挟んだすぐ向こう側の通路にいたのか……。


「エリス、なんでこんなところにいるんだよ。心配したんだぞ……」


「それより、レオン、どうして遅れたのー? わたし待ちくたびれたんだよ……」


「そ、それは、悪かった。ついついソフィアと話し込んじゃってて……」


「浮気してたの?」


「お、おいおい、そんなことしないって! 図々しいかもしれないけど、俺はエリスだけじゃなく、ソフィアのことも大事にしたいんだ」


「そっか……モテモテなら仕方ないね。でも、レオンの花嫁はわたしだから!」


「あはは。そういう意味の大事じゃないって」


「そうなの?」


「そ、そりゃそうだよ」


 俺だって男だから下心もまったくないわけじゃないけど……。エリスにまっすぐ見つめられると、何もかも見透かされてる感じがして怖いな。


「というか、近くにいたならエリスはなんで俺の声に反応しなかったんだ? 怒ってた?」


「……お、怒ってないよ?」


「……そっか」


 エリスのやつ、なんか少し間があったし怪しい気もするが、まあいい。


「実は、エリスにを持ってきたんだ」


「えっ……レオン、いいお話ってなんなのー!?」


 こういうとき、目を輝かせながら見上げてくるエリスは本当に可愛い。


「ソフィアから、無の下位精霊がいるって話を聞いてな」


「そ、それって、わたしの仲間……!?」


「もちろん……って、同じ無属性なのにエリスも知らなかったのか?」


「だってわたし、ずうーっとあの忘れられた神殿にいたから……」


「そうか……」


 そういえばそうだったな。それに比べて、ソフィアは長らく冒険者ギルドにいたから、色んな情報を蓄えてるってわけだ。


「な、エリス。ソフィアはいい人だろ?」


「人ー? 精霊でしょ?」


「……なんだ、やっぱり知ってたのか」


「もちろん! ねえねえ、レオン、それより、早くこんな狭いところから脱出して、無の下位精霊に会いに行こうよ!」


「ちょ、わかったから引っ張るなって……!」


 しかも、エリスは路地の壁に向かってどんどん突き進んでいくもんだからヒヤヒヤもんだった。これって、エリスだけじゃなくて俺まで擦り抜けてるし、壁の色だけ残して、あとは全部無効化してるっぽいな。何気なく高度なことをやるのは、さすが精霊王といったところか……。

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