第242話 どうしても殺す
電柱の下に蹲る少年の姿は、どことなくわざとらしくもあった。倒れようとして倒れているように見える。しかし、倒れていたらそれを起こそうとするのが人間だ。人間の頭の中には、ものは立っているのが普通だという観念が存在する。
少年は間違いなくルーシだった。顔を見なくても分かった。彼にはそう確信させるだけの特徴があるからだ。彼だけを見ていてもその特徴は分からない。ただ、集団の中に入れてみたとき、彼だけ目立つからそれが分かる。
「迂闊に近づくな」
一歩踏み出した月夜に向かって、フィルが告げる。
月夜は一歩を踏み出してから、後ろを振り返る。
「意識を失っているかもしれない」彼女は話す。「それとも、怪我をしているとか」
「囮かもしれない」
月夜はもう一度前方を見る。たしかに、その可能性もあると彼女も思った。
「けれど、倒れているのだから、起こさなければならない」
「なぜ?」
「それが普通だから」
「誰にとっての普通だ?」
「私にとっての」
「あいつは何度もお前を殺そうとした。その罰が当たったんじゃないか?」
フィルの言葉に、月夜は少し面白くなってしまった。可笑しくなってしまったのではない。修辞法を嗜むのと同じように、興味深いと感じたのだ。
フィルに背を向けて、月夜は倒れたルーシのもとへ向かう。照明に照らし出されたエリアに足を踏み入れる。
暫く、上からじっと彼の姿を眺めた。眺めても何も分からないが、眺めなければもっと分からない。
視線を二センチほど横にずらすと、道路に黒色の染みがあることに気がついた。
それはゆっくりと範囲を広げつつある。線状へと発展していた。
発生源は腕のようだ。
しゃがみ込み、月夜は彼の腕に触れる。軽く持ち上げてその表面を見ると、怪我をしていることが分かった。皮膚の一部が断裂している。向こう側まで貫通しているわけではない。あくまで皮膚の細胞が欠けているだけだ。
細胞?
物の怪は細胞で構成されているのだろうか?
「怪我をしている」後ろを振り返って、月夜はフィルに状況を報告した。
フィルは数秒間月夜を睨んでいたが、やがてこちらへと近づいてきた。
月夜が示した箇所をフィルは見る。
「ただの傷ではないな」彼は言った。「ルンルンの仕業だ」
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