第25章
第241話 どうしても話す
バスに乗って帰宅した。バスに乗れるということは、まだそれほどの時間だということだ。自家用のバスを持っているわけではない。フィルがバスになるようなこともない。
バスの中で月夜は眠ってしまった。しまった、というとマイナスのイメージがつくのは、それが状態の遷移を表すが故に、後戻りができないというニュアンスが加わるためと思われる。
最近、眠ることが多いように思える。もちろん、そう思ったのは眠っている最中ではない。目的地のバス停の少し手前でフィルに起こされて、起こされたときにそう思った。どういうわけか眠ってしまうのだ。しかし、それは少し前から気がついていたことだ。だから、そのとき発見したというよりも、一度発見したことを再度確認したと言った方が正しい。
バスのステップから降り、背後でドアがスライドする。続けてタイヤが擦れる音。左を向けば、バスが遠ざかっていくのが見える。
交通量は大分少ない。血液中に含まれる糖分のようだ。明日の朝にはまた多くなっているだろう。
珍しく、フィルが先導して道を歩いた。大抵の場合、彼は月夜の隣を歩くか、そうでなければ、彼女の鞄の中か腕の中にいる。
静かな夜だった。
時々、鳴き損ねた蝉の声が聞こえてくる。
「散々な一日だったな」フィルが無駄口を利いた。
「散々?」月夜は訊き返す。歩きながら首を傾げてみたが、フィルには見えないに違いない。
「これから、どうしようか」
「何が?」
「分かっているのに尋ねるのは、どういう心理なんだ?」
「分からない振りをしたいという心理か、相手の口からそれを言ってもらいたいという心理」
「今のお前は後者か?」
「いや、何も考えずに、とりあえず会話をしているだけ」
坂道を上る、上る、上る。
「月夜は、もう家から出ない方がいいんじゃないか?」
フィルに言われ、月夜は尋ねる。
「どうして?」
「外へ出る度に、危険な目に遭うから」
「外へ出なくなったら、それまで外にあった危険が、内に入ってくるのでは?」
「外へ出なくなるんだから、外にあった危険がそっくりなくなるんじゃないのか?」
議論はあまり長く続かなかった。自宅への帰路がそれほど長くないからだ。
家の前まで来たとき、二人の足は止まった。目的地に着いたのだから、それはいたって自然な動作だったが、そうではなかった。
前方に三メートル。
電柱の光に照らされて、少年が倒れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます