第240話 神は神、髪は髪

 ドレスの内側から缶コーヒーを取り出して、ルンルンはそれを飲み始めた。見えた光景としては、突然缶コーヒーが出現したような感じだが、ドレスにポケットはないから、仕舞えるのは内側しかないと判断された。つまり、状況を見たままの姿で理解したわけではないことになる。


「私は忠告をしているだけで、あとはどうしようが、知らない」缶コーヒーから口を離して、ルンルンは言った。「ただ、私には私の目的があるから、それを達成しようとする」


「その、貴女の目的について、教えてほしい」月夜は言った。彼女は屋上の柵に凭れて座っている。なんとなく、そうしていたかった。立つ気力がなくなったといえば話は早い。


「教えて、それでどうなる?」


「少し、私にとっての情報が増える」


「その情報は、お前にとって本当に必要なものか?」


 ルンルンは目を細め、月夜を睨みつける。彼女の目は高圧的だが、しかし優しさが滲んでいるように見えた。たぶん、つい先ほどまでルーシの目を見ていたからそう感じるのだろう。彼のあの赤い瞳には、きっと優しさはなかった。もちろん、その赤い瞳に関していえば、だ。彼の通常時の目からは、積極的に優しさが感じられるわけではないが、殺気に満ちているというようなこともない。


 ルンルンは小さく溜め息を吐く。


「前にも言ったはずだ。私の目的は物の怪の力を奪うことにある」ルンルンは横を向く。そちらの方向には、大学の屋上と、そしてそのさらに向こうに、駅舎の屋根が見えた。どちらも闇に溶け込んでいる。彼女が方向転換したのに合わせるように、涼しい風がこちらに向かって吹いてきた。「物の怪は、一度死んだ者が何らかの理由で再生したものだ。再生という言い方は的確な表現ではないかもしれないな。とにかく、彼らはもう一度活動できる状態になる。その際に、何らかの特別な力を得るようだ。それは、生きていた頃には持っていなかったから、文字通り特別なものだ。私はそれを奪う」


「奪って、どうするの?」


 月夜の問いを聞いて、ルンルンは目だけをこちらに向けた。金色のイヤリングが煌めく。


「分からない」


「分からない?」


「自分でも思っている。その先に何があるのか、と」ルンルンは言った。「しかし、それは、人間が生きるのと同じことだ」

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