第239話 前は前、横は横
ドレスは宙に舞い、闇夜の中に残光を煌めかせた。レースの生地で構成されているが、簡単には破けそうにない。大きく成長した観葉植物の葉のようだ。芯がしっかりしているように見える。そのように見えるのは、自分の側に問題があるからかもしれない、と思いついたが、果たしてそれは問題といえるだろうか。
むしろ、この思考が何を意味しているのか分からないことが、問題ではないか。
現実から乖離しかけていた意識を定着させて、月夜は状況判断を再開した。何らかの理由で意識を失いかけると、ものの境目が曖昧になることが多い。すなわち、普段は一つとして認識しているものが、そうでない状態で見えるようになる。もっと具体的にいえば、たとえば、コーヒーカップが、コーヒーカップではなく、陶器に見えるということだ。
「あいつは危険だ。きっと、お前を殺す」
ドレスを纏ったルンルンが、こちらに向かって歩いてきた。
「何か用か?」フィルが月夜の肩から飛び降りて、コンクリートの地面に降り立つ。月夜の前に行儀良く座り、黄色い目でルンルンを見つめた。
「お前たちに手出しをするつもりはない」ルンルンが言った。以前会ったときよりも声が低くなったように感じられた。
「彼は、たぶん、また私のもとへ来る」月夜は口を開く。それに合わせて、フィルとルンルンが同時に視線をこちらへ向けた。「でも、まだ、彼に手を出さないでほしい。彼は何も悪いことをしていない」
「物の怪は、お前を殺すことを目的としている」ルンルンは月夜を睨む。「知っているだろう?」
「では、殺されそうになったとき、助けてほしい」
ルンルンは、以前に一度月夜を助けた。それは、彼女が殺されるのを物理的に阻止した、という意味で、その行為全体が、月夜にとってプラスに作用したといえるかは分からない。ルンルンの阻止によって、月夜は知り合いを一人失った。そのことで、少し心がびっくりしたことは確かだ。
その知り合いとは、やはり、物の怪だった。その物の怪は、小さな女の子の姿をしていた。だから、月夜にとっては、知り合いの物の怪ではなく、知り合いの女の子を失った、と認識している部分がある。しかし、それは感覚的にはそう理解されるということであり、少し考えれば、両者が結局同じ事象を指していることは分かっていた。
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