第232話 空は空、土は土
「どこへ行くの?」月夜は尋ねる。
「どこかへ」ルーシは答えた。「どこにでも、いることはできる」
「家はどこにあるの?」
「家はない」
「では、どうやって生活しているの?」
「生活とは、何か?」
ルーシに問われ、そもそも物の怪には生活が必要なのか、と月夜は考えた。何しろ、彼らはすでに一度死んでいるのだ。つまり、今後死ぬ可能性がない。人間の営みはすべて明日も生きることを前提に行われている。明日も生きるために働く。逆にいえば、すでに死んでいるのなら、もう明日も生きることを前提にする必要はない。
月夜が答えずにいると、ルーシは硝子戸を開けて外に出た。ウッドデッキに立つと、昨日と同じようにそのまま空高く飛び上がった。月夜はソファから立ち上がり、硝子戸の外に出て空を見る。高度の割にほとんど衝撃はなかった。やはり、彼らには物理的な制約を受けにくい性質があると思われる。
振り返ると、フィルの黄色い瞳と目があった。今は光っていない。ただ、綺麗ではあった。
「奴と関わらない方がいい」行儀良く座った格好で、フィルが言った。
「なぜ?」後ろ手に硝子戸を閉めながら、月夜は尋ねる。
「分かっているだろう? お前自身に危険が及ぶからだ。それに伴って、俺や小夜が危害を被ることにもなる」
たしかに、それはそうだろう、と月夜は思った。昨日も、小夜に助けてもらわなかったら、どうなっていたか分からない。
「分かった」月夜は素直に頷いた。
「本当に分かったのか?」
「もちろん」月夜は頷く。「迷惑をかけて、ごめん」
「別に、迷惑をかけられたとは思っちゃいないさ」
考えてみれば、自分になぜこれほどまでに危機感がないのか、分からなかった。
物の怪たちと関わろうとする理由も分からない。
死にたいのだろうか?
誰かに殺されたいとか?
ルーシは、月夜を殺そうとしたのは、もう一人の自分だと言った。つまり、彼自身は月夜に危害を加えるつもりはない可能性が高い。だから、そういう意味では、もう少し彼を許しても良いのではないか、という気がしていた。つまり、彼の方から自分に接触してくることがあっても、それを拒む必要はないのではないか。
こういう考え方が、危機感がないということかもしれない。少しでも危険性があるのなら、それを自分に近づけないようにするのが普通だろう。
夏にしては涼しい風。
自分の髪が揺れるのが分かる。
「さあ、朝食にしよう」フィルが言った。「日課はきちんとこなしてこそ日課だ」
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