第24章

第231話 僕は僕、君は君

 二階からフィルがやって来た。リビングに入ってくるなり、月夜の傍に立つ少年を見て警戒を示したが、月夜が彼を落ち着かせた。落ち着かせるといっても、フィルはもともと落ち着いている。彼が取り乱すことはそうそうない。


「物の怪なんだろう?」フィルが月夜を見て言った。「お前を殺そうとしているんだぞ」


「殺そうとしている?」月夜が言葉を発する前に、ルーシが反応した。「それが、もう一人の僕の目的?」


 フィルは一度ルーシを見、それから再び月夜に目を向ける。


 月夜は、ルーシから聞いた話をフィルに伝えた。つまり、ルーシが何を目的としてここへ来たのか分からないこと、そして、もう一人の自分なるものを抱えていて、そのもう一人が、おそらくその理由を知っているらしいことだ。


「君は?」


 月夜が一通り説明し終えると、ルーシがフィルに質問した。


「俺は物の怪だ」フィルが答える。


「さっき、君は、僕のことも物の怪と呼んだ」


「一度死んだものを、そう呼ぶらしい」


「死んだ?」


「お前も、どこかで死んだんじゃないのか?」


 ルーシは沈黙する。沈黙して、沈黙した。つまり、二段階沈黙だ。現在では、本人確認など、あらゆるものが二段階になりつつあるので、彼もその流れに従ったということだろう。


 ルーシは首を振る。


「分からない」


「月夜に近づくな」フィルが告げた。


「別に、近づいてもらっても構わない」月夜が反論する。


「どうして、そんなことを平気で言っていられるんだ」フィルが呆れたような声で、しかしいつも通りの目で言った。「相手は、お前を殺そうとしているんだ」


「それは彼ではない、ということらしいから」


 フィルは一度黙り、月夜の周囲をぐるぐると歩き始める。顔はずっと月夜の方を向いているから、傍から見たら太陽と地球の関係のように見えたに違いない。いや、地球と月の関係の方が状況に合っているか。しかし、それでも反対になっている。


「彼ではないというのは、どういう意味だ?」


 フィルに問われ、月夜は応える。


「ノット彼、という意味」


「説明になっていないな」


「そういう性質を帯びている、ということ」


「それで、僕は、どうしたらいいのかな?」気の抜けたような声で、ルーシが隣から口を挟む。


 月夜とフィルは、同時に彼の方を見た。少しの間、彼の存在を忘れていた。それくらい、ルーシの存在感は薄かった。存在感というのはよく分からない言葉だが。


 沈黙。


「では、さようなら」


 そう言って、ルーシは立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る