第230話 食い
少年は自らをルーシと名乗った。自ら名乗ったというよりも、月夜が尋ねたから答えただけだ。特に名前を重要視しているわけではないが、一応、聞いておいた方が良いだろうと月夜は考えた。その方が関係を持ちやすいことには違いない。
……関係を持ちやすい?
なぜ、関係を持とうとするのか?
そんなことをして、何になるというのか?
相手は、自分を一度殺そうとしたかもしれないのだ。
そんな者と関係を持って、何も問題がないとでもいうのだろうか?
「貴方は、何をしにここへ来たの?」
隣に座るルーシに、月夜は尋ねる。
「何をしに?」目だけで月夜を見て、ルーシは応じる。「何をしに、とは?」
「何か、目的があるの?」
ルーシは暫く硬直する。考えるとき、彼は固まるようだ。何かそうしたリミッターが搭載されているのだろうか。
「目的があるかどうかは、分からない。ただ、ここへ来るのがいいかな、と思ったにすぎない」
「何が、どう、いいの?」
ルーシは月夜を見て、首を横に往復させる。
「分からない」
「なぜ、分からないの?」
「たぶん、その理由を知っているのが、僕ではないから」
「では、誰?」
「おそらく、もう一人の僕」
もう一人の自分とは、どういう意味だろう、と月夜は考える。人格のことだろうか。しかし、人間は普通多数の人格を持っているものだ。昨日の自分と今日の自分とでは、まったく同じではない。同じ一日の中でも、そのときの気分によって色々と変わる。恒常的な人格というものを想定するのが一般的な考え方ではあるが、それは、そう捉えた方が関係が面倒にならないということに起因している。
「では、その、もう一人の貴方は、何をしにここへ来たと推測できる?」
「さあ、分からない」ルーシはまた首を振る。「でも、僕は、君を傷つけたみたいだから、きっと、君にとっては望ましくないことを、もう一人の僕は目的としているのだろう、と推測することは、難しくない」
話を聞きながら、月夜はルーシの表情を見ていた。彼の表情はほとんど変わらない。話すためには口を動かす必要があるから、その点は変わるが、それだけだ。人形のように見えなくもない。
少しだけ、自分と似ているな、と月夜は思う。
しかし、少しだけだ。
完全に似ているのではない。
いや、完全に似ているという事態はありえるのだろうか……。
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