第212話 為るか否か

 リビングでご飯を食べた。ご飯というのは、食事全般のことではなく、白米のことを指す。昨日の内に炊飯器にセットしてあったので、すでに一人分が炊けていた。一人分を炊くだけでも、炊飯器はすべての機構を稼働させるから、電気代としては損をしているかもしれない。


 この国の人間は、どうして、未だに箸でご飯食べるのだろう、と月夜は疑問に思う(この場合のご飯は、食事全般を指す)。箸に比べれば、スプーンやフォークの方が機能的ではないか。そう考えながらも、彼女もやはり箸を使っている。文化というものは、強調されて姿を現すものではなく、日常に溶け込んでいるものかもしれない。


「俺にもくれよ」


 傍に座るフィルに言われ、月夜は箸で白米を彼の口に入れる。


「美味しい?」


「美味しい」


 窓の外は暑そうだった。というよりも、月夜は冷房を点けないから、今は窓が開いていて、その向こうから生暖かい風が室内に吹き込んでくる。それがもう暑かった。ただし、日差しを直接浴びているわけではないので、痛い、とは感じない。


「今日はどうするつもりなんだ?」


 フィルに問われ、月夜は首を傾げる。


「どう、とは?」


「今日のメニューは?」


「白米」


「生活の方」


 少し考えてみたが、特別するようなことは何もなかった。買い物に出かける必要もない。強いていえば、洗濯物を干す必要があるが、一人分だし、いつものことだから、やはり、これも取り立てて扱うようなことではない。


「いつもと、何も変わらない、と思われる」


「それでいいのか?」


「何が?」


「何か、ほかにしたいことがあるんじゃないのか?」


 箸を口に咥えたまま、月夜はフィルを見る。そのまま、意図的に目を瞬かせてみた。少しはキュートに見えただろうか。


「どうして、今さらキュートに見せる必要がある」


「いや、ない」


 月夜は口から箸を離す。


「何か、したいことがあるの?」


「俺はないが、お前はどうなんだろうな、と思ってな」


「そういうふうに見える?」


「見えなくもない」


 自分は、今、何を欲しているのだろうか、と月夜は考える。


 考えてみたが、分からなかった。


 少なくとも、有形のものは求めていない。


 では、有形と、無形の違いは何か?


 行動は、有形か、それとも無形か?


「別に、俺に思うところがあるわけではないから、心配なさらず」


「心配はしていない」

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