第22章

第211話 見るか否か

 目が覚めると午前十一時だった。今日は学校がないので、その時刻に起床すること自体は問題ではないが、月夜の一般的な基準に照らし合わせると問題だった。すなわち、それほど遅くまで寝坊することは滅多にないからだ。アラームが鳴ったはずだが、それに気がつかなかったみたいだ。そういう意味で、異常と呼んで差し支えないかもしれない。


「まあ、そういう日もあるさ、ということで通しておけばいいんじゃないか?」


 枕もとにフィルが行儀良く座っていた。彼は首を少々傾げた格好で、月夜をじっと見つめている。


「では、そうする」月夜は上半身を起こして目を擦る。


「俺はもう散歩に行ってきたぞ」


「ご苦労様」


「二歩にしておけばよかったかな」


「前後?」


「左右」


 月夜は完全に起きて着替える。完全に、という方か、着替える、という方か、どちらにフォーカスするかで、記述される内容に違いが生じる。そして、記述される内容に違いが生じると、そのあとの展開に違いが生じる可能性がある。


 この場合の記述というのは、月夜の思考のことを意味する。結果的に、彼女は、着替える、の方にフォーカスすることにした。


 着替えるのにそれほど手間はかからなかった。今日は学校には行かないので、制服を着る必要はない。彼女はあまり私服を持っていないから、何を着るかで悩むことはない。


 窓の外を見ると日差しが強そうだったから、空色のワンピースを着てみた。それでちょうど良いか分からない。とりあえず、試してみないことには分からないというのが、人間の本来のスタンスだったように思えるが、最近では、試す前に試したあとの状態が分かっていないと、どうしても満足できない、という我が儘が多いようだ。


 もちろん、自分もその一人かもしれないが……。


 起きる時間がいつもと違うからか、歩くとその際の感触が少し違った。むしろいつもより安定感があるように思える。しかし、それが気持ちが良いかというと、そういうわけでもなかった。頭の中はあまりクリアではない。手を握った際の感覚も大分違う。


 洗面所で顔を洗うと、水が冷たくて気持ち良かった。


「今日もご飯を食べるのか?」


 うがいをしている最中に、背後からフィルに話しかけられる。


「○※□☆→>△、@?◎!/」


 顔を拭くと、気持ちが良かったが、気持ちが良いのは顔だけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る