第203話 橙机上
夏の学校は奇怪な空気を纏っていることが多い。多い、としかいえないのは、まず、夏というのがどこまでを指すか定義されていないこと、そして、夏の間に毎日学校に来るわけではないことに起因している。しかし、そういうことをいちいち気にしていては、何事も述べることができないので、今後は、そういうことは考えないようにしよう、と彼女は考える。
教室に入ると、すでにいくつかの窓が開いていた。先客がいるわけではないから、技術員か誰かが開けたのだろう。部屋の中を進んで自分の席につき、鞄を机の横にぶら下げる。今日の授業で使う教科書は、昇降口にあるロッカー式の下駄箱から持ってきていたから、鞄から取り出す必要はなかった。
空気が飽和しているような感覚がある。
水分が露出した腕に纏い付く。
太陽の光が当たっているせいで、机の表面はある程度の温度に熱せられていた。掌で触れるとその熱が伝わってくる。たぶん、皮膚を構成する原子の運動が激しくなったのだろうな、と考えてみたが、そちらの分野はまだあまり勉強していないので、詳しいことは分からない。
彼女は一度立ち上がり、開いている窓の傍に近寄った。ここが三階くらいの高さであれば、街の一帯を見渡せただろうが、生憎とここは一階だから、目の前にある花壇と、その向こう側のアスファルトの通路と、そのさらに向こう側にある別の校舎の壁面しか見えなかった。目の前にある校舎には図書室があって、彼女も何度か利用したことがある。
顔を斜め後方に向けて時計を見ると、午前七時三十分に近づく頃だった。家を出た時間から計算しても妥当な時刻だから、時空の歪みが生じているということはなさそうだ。
再び自分の席につく。
今日は、本を持ってきていなかったから、読むものはなかった。教科書を読むことはできるが、それはその内容を勉強するときに読めば良いので、今読む必要はない。もちろん、読むのは自由だが……。
なるほど、自分は今、何も読む気になれないのだな、と月夜は納得する。
なんとなく、頭の後ろに両手を持ってきて、その姿勢のまま椅子の背に大きくもたれかかり、首を九十度に近い角度まで傾けて、天井を見つめた。別にそこに何かがあるわけでもない。
背中に椅子の硬質な背が当たって、少しだけ気持ちが良かった。
自然と口から息が漏れる。
二酸化炭素。
分子。
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