第198話 《 》
ルゥラは身体の自由が利かないみたいだった。いや、それは少し前からそうだっただろう。彼女の身体を操作していたのは、おそらく彼女の意志ではない。意志というものが、存在という形式で、この世にあると仮定すればの話だが。
「ごめんね、月夜」ルゥラは顔だけ横に向けて、傍に座る月夜を見た。「痛かったでしょ?」
「痛かった」月夜は頷く。
「そうだよなあ……」ルゥラはまた上を向く。それから、すぐに横を向いて月夜を見直した。「あ、でもね。痛いって感じるのは、生きているからだからね」
「それは、分かっている」
「そう。なら、いいけど」
背後に目を向けると、ルンルンがそこに立っていた。二人に背を向けている。彼女はフィルを抱えていた。
ルンルンが何をしようとしたのか、月夜には分からない。
ただし、彼女が間違えたことをしたとも思えなかった。
「私ね、昔死んだの」辛うじて動くのであろう手を動かして、ルゥラが月夜の手を握る。月夜は彼女の方を見た。「そうして、物の怪になった。でもね、きっと、私自身が、物の怪になったんじゃないんだよ」
月夜は首を傾げる。
「ルゥラ、イコール、物の怪、ではない、ということ?」
月夜がそう言うと、ルゥラは小さく息を漏らして笑った。それ以上の笑いを実現するのは、困難なように見えた。
「月夜の話は、難しくて分かりづらい」
「ごめん」
「いいよ、謝らなくて。私が、勉強不足なのかもしれない」
「今のルゥラは、やけに謙虚」
「けんきょって、何?」
「いい子、という意味」
月夜の言葉を聞いて、ルゥラはにっこり笑った。
空気中に浮かんでいた皿はすべて消失し、周囲にはいつも通りの景観が戻りつつあった。ただ、先ほどの残滓のようなものはまだ感じられる。もとの世界は涼しいのに、その上に被さる世界が熱いから、奇妙な体感が得られた。
「私自身は、月夜と一緒にいたかった」ルゥラが話した。「でもね、物の怪が、それを許さなかった。あの子は、月夜を殺そうとしていた。それがあの子の役割だから、仕方がないんだけど」
「私は、殺されるべきだった?」
月夜がそう尋ねると、ルゥラは目を細めて首を傾げた。
「うーん、分かんない。どっちがいいのか、分かんない」
「簡単に答えが出るような問題ではない?」
「うん、そうだよ」ルゥラは頷いた。「でも、月夜とまたお話ができて、よかったよ」
ルゥラは、もう片方の手も使って、両手で月夜の手を握った。力は弱々しく、とても、握った、と素直に表現できるような力は感じられなかった。
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