第199話 [ ]
そうするのが正解か分からなかったが、月夜はルゥラの背後に手を回して、彼女の身体を起こした。そうしていないと、すぐにでも彼女が目を閉じてしまいそうに思えたからだ。
ルゥラの四肢には穴が開き、そこから黒色の液体が流れ出ていた。身体を支えた月夜の手にも液体が付着する。しかし、だからどうしたのだろう、としか感じられなかった。気持ちが悪いとも思わない。皮膚が破ければ、その中に流れているものが外へ出るのは当然だ。むしろ、物の怪にも人と同様の機能が備わっているようで、愛嬌が持てるといった方が正しかった。
「痛くない?」月夜は尋ねる。
「うん」ルゥラは頷いた。「何も感じない」
たぶん、ルゥラはもう長くは保たないだろう、ということを、月夜は理解していた。それは、論理的に推測してそう理解したのではない。理論や理屈など関係ないレベルで、直感的に、ああ、もう、消えてしまうのだな、と感じたのだ。この種の感覚は、当たり前だが、自らが生きていることに起因している。生きているものには、同じように生きているものと、そうでなく死んでいるもの、そして、その狭間に位置するものを見極めることができる。その能力は、おそらく、生きているということに付随する、一種のボーナスのようなものだろう。
しかし、ルゥラはすでに一度死んでいる。
死んで、その故に、物の怪になった。
いや、物の怪に宿られた?
何でも良いが、とにかく、彼女は純粋に生きているのではない。生きているものと、死んでいるものを見極める能力は、しかし、特定の状況下では正しく機能しないようだ。特定の状況下というのは、本来死んでいるはずのものが、生きているように見える場合といえる。つまり、感覚だけでは判断できない場合がある、ということになる。
その逆もありえる。
思考だけでは判断できない場合がある。
では、どうしたら良いのだろう?
今、目の前にいるのが本当のルゥラで、そして、彼女が絶命しようとしているということを、どのように考えれば、あるいはどのように感じれば、正しいといえるのだろうか?
正しいとは何だろう?
月夜はルゥラの背中に回していた手はそのままに、少し体重を預けて彼女を抱き締めた。別に、理由などなかった。ただ、そうしたかったからそうしただけだ。
なるほど、自分の気持ちには、正しいという形しかないのだと理解する。
「私も、会えて嬉しかった、と思う」
月夜が感想を述べると、ルゥラはそれに応えてくれた。
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