第179話 cat walk
風呂から上がり、眠る支度をする。つまり、髪を乾かしたり、歯を磨いたりする。しかし、それだけでは終わらない。精神を眠るモードに変換しなければ、布団に入っただけでは眠れない。要するに、眠るための準備には、身体的なものと精神的なものがあるということだ。
外は暗かった。けれど、まだ夜が更けたとはいえない。それは、いつもよりも時間が早いという意味だ。そうすると、いつもよりも眠るのが早いということになり、さらに、いつもより眠る時間が長くなるか、あるいは、いつもより起きるのが早くなるということになる。
「月夜、もう寝るの?」
洗面所で歯を磨いていると、背後から声をかけられた。
月夜は振り返ってルゥラを見る。そう言う彼女も歯を磨いていた。
月夜は頷く。
「ああ、じゃあ、私も寝ようかなあ」歯ブラシが擦れる音と、唾液が形状を変える音を伴いながら、ルゥラが言った。
月夜は一足先に口を濯ぐ。どうして、歯磨きをしたあとの歯磨き粉は飲めないのだろう、と思いつく。そうすれば、エネルギー的にも、環境的にもプラスになるのではないか。
……くだらないことを考えているな、と自分でも思う。
ルゥラと立ち位置を入れ替わって、今度はルゥラが口を濯ぐ。なんとなく、その背後に立って、彼女が口を濯ぐ様を見ていた。顔を上げたルゥラと鏡越しに目が合う。
「何?」
「今日は、疲れた?」
「今日?」タオルで口を拭きながらルゥラが答える。「今日って、疲れるものなの?」
「ルゥラは?」
「うーん、あまり」
「そう」
「月夜は?」
「何?」
「疲れた?」
「疲れた」
ルゥラが目を丸くした。なぜ、目を丸くしたのだろう、と月夜は考える。たぶん、驚いたからだろうが、では、なぜ、驚くと目が丸くなるのだろう、とさらなる疑問が湧いて出てくる。そして、目を丸くするというのと、目が丸くなるというのは、表出する現象としては同じだが、その根底にあるものが異なるのではないかという気もした。
気がつくと、ルゥラに手を握られていた。
「早く眠らなきゃ」ルゥラが月夜を見上げて言った。「月夜が疲れただなんて、大惨事」
「大惨事?」
「あ、もう十時だよ」
フィルの行方が分からなくて、リビングに向かうと、彼はテーブルの上に座っていた。
「招き猫」ルゥラが呟いた。
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