第177話 voice
ルゥラに料理を食べてもらった。もらった、という表現はあまり好きではないが、ほかの言葉で同じニュアンスを再現しにくいため、仕方がない。ここのところの塩梅を上手く調整しないと、どうでも良いことでいつまでもくよくよ考えることになる。
「焼いただけでも、美味しいね」ルゥラが感想を述べた。「焼いただけなのに」
「焼かなくても、美味しいかもしれない」月夜は真面目に応答する。
「キャベツも、切っただけなのに、美味しい」
「切らなくても、たぶん美味しい」
ルゥラは箸の持ち方が変だ。普通、二本の内上に来るものだけが動くが、彼女は両方ともを動かしている。別に、食べられれば何でも良いわけだから、いちいち指摘するようなことではないだろう。
「月夜は食べないの?」ルゥラが首を傾げる。
「食べない」
「どうして? 一口あげるよ。あ、いや、一口じゃなくても、いくらでも。一緒に食べようよ」
「食べない」
「なんで?」
「ルゥラにあげたものだから」
「月夜が作ったものでしょう?」
「そうだけど」
「そうだけど?」
「ルゥラにあげたものだから」
ルゥラは声を上げて笑った。口にアジが入ったままガハハと笑うものだから、飛沫やら何やらが空気中に舞った。
月夜は布巾で彼女の口もとを拭いて、やる。
「じゃあ、フィルにあげようかな」
ルゥラの隣で丸まっている黒猫に向かって、彼女は声をかける。
「いらない」丸まったままフィルが声を出した。
「どうして?」
「お前が貰ったものだから」
「なんか、二人とも変なところで律儀だよねえ」ルゥラは目を瞑ってうんうんと頷く。「尊敬しちゃうなあ」
給湯器から風呂が沸いた合図が聞こえた。お風呂が沸きました、と聞こえる。如何にも風呂が自分で沸いたかのような表現だ。しかし、お風呂に沸かれましたとか、お風呂が沸かされましたでは違和感を覚えるので、やはり最初の表現で合っているのだろう。
「じゃあ、私は風呂に入る」そう言って月夜は立ち上がりかけた。
「ええ、なんで!?」ルゥラが大きな声を出す。「一緒に入ろうよ」
「狭い」
「いいじゃん、別に、狭くてもさあ。一人で入るより、二人とか、三人で入った方が楽しいでしょ?」
それは、友達百人作ろうとするのと同じだろうか。
「ルゥラは、今ご飯を食べている。そして、風呂は今沸いた」
「だから?」
「だから、ルゥラはご飯を食べ続け、私は風呂に入る」
「駄目だから」ルゥラは箸の先を月夜に向けた。「許さないから」
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