第176話 myself is yourself
窓が揺れる。風が吹いているようだ。月夜はソファから立ち上がり、窓の傍に立って外を眺めた。先ほど自室でも同じ行動をした。何も意図しているわけではないが、何らかの理由があるかもしれない。
人は自分が自分で考えて動いていると思っている。自分で、考えて、動いていることは確かだが、しかし、考えるというのは、脳に血液なり電気なりを流すということであって、物理のルールに則って行われる。そして、血液や電気は物質だ。血液や電気は思考そのものではないが、血液や電気の流れ方は周囲の環境の影響を受ける。
そうすると、本当に自分の思い通りに考えているかといえば、そうとは言い切れないということになる。個とは他から切り離された唯一絶対の存在ではない。他も同時に個だからだ。
現代では、自分から、自分で、ということが強調されているように思えるが、まず「自分」の定義をしっかりとしなければ、そのような議論にはほとんど意味がないといって良いだろう。「自分」の場合だけでなく、「平和」や「幸福」、「公平」などの場合でも同じだ。それらの定義が曖昧なまま議論をしても、ただの綺麗事しか生まれない。
ということを考えている、自分、を、意識する。
しかし、意識したのは自分でそうしようと思ったからではない。
背後で気配がした。
月夜は後ろを振り替える。
暗闇に浮かぶ二つの瞳と目が合った。
「あれ、月夜?」ルゥラが目を擦りながら言った。「あああ。私、眠ってた?」
「眠っていた」月夜は応える。
リビングの中を進んで部屋の照明を灯した。たちまちルゥラが眩しそうに両目を手で覆う。その隣で丸まっていたフィルが、顔をむくりと上げて周囲を見渡した。それから、何事もなかったかのようにまた自分の前脚を枕にして眠り始める。否、眠ってはいないはずだ。
「何これ」ルゥラがテーブルの上のものを指さして呟く。
「料理」月夜は答える。
ルゥラは振り返って月夜を見る。
「何の?」
「何の、とは?」
「私が食べていいってこと?」
奇妙な推論だが、結論は正しかったので月夜は頷いた。
「そうだよ」
「月夜って、料理できたんだね」
「最近、ずっと作っていた」
「あ、そうだっけ?」
「忘れたの?」
「いや、覚えているけど」
「もう、冷めてしまった」月夜は言った。「電子レンジで温めましょう」
唐突な敬語、笑。
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