第159話 段々論法

 季節外れの雨が降ってきた。その雨が季節外れだと断定できたのは、断定しようと思ったからにほかならない。もしかすると季節相応の雨だったかもしれない。


 ルゥラが風呂から出てきて、月夜の自室まで上がってきた。肩にバスタオルをかけている。髪は相変わらずぼさぼさだった。オリーブオイルで梳かすと良いと聞いたことがあるが、本当だろうか。


「うわ、酷い……」部屋の惨状を目の当たりにして、ルゥラは感想を口にした。


「危ないから、まだ入らない方がいい」月夜はルゥラに告げる。「フィルが食べてくれるから、安心して」


「食べる? ああ、そうやって片づけていたんだね」ルゥラは二度頷く。「綺麗さっぱりなくなっていたから、不思議だったんだ」


 フィルは何も言わない。ただ、今も少しだけ皿を食べていた。彼が食べているのを見ても、月夜には全然美味しそうに感じられない。どちらかといえば気味が悪い。猫の形をしたスクラップマシーンみたいだ。


 ルゥラを伴ってリビングに戻った。彼女の髪をドライヤーで乾かす。乾かし終えてから、彼女に飲み物とドーナツを提供した。小夜に半分あげて残ったドーナツだ。


「珍しいね、月夜が食べ物を買ってくるなんて」牛乳が入ったコップとドーナツが載った皿を受け取って、ルゥラは笑顔になった。


「いつも、ルゥラに食べさせてもらっているから、その逆のことをしようと思った」


「なるほど。あ、それって、そうしそうあいって言うんだよね?」


「言わないと思うけど」


「ありがとう。いただきます」ルゥラはドーナツを手に取り、食べ始める。


 窓の外は暗いから、リビングは電気が点いていた。小夜は濡れていないだろうか。社の中に籠もっていれば問題ないが、ルンルンが現れたことを受けて、何らかの調査をしているかもしれない。何の調査かは想像もつかないし、そんなことはしないのかもしれない。


 自分は小夜のことをよく知らない、と月夜は自己分析する。


 それでも、彼女を好きだとは感じる。知らなくても好きになれる。なぜなら、好きという感情は理屈の有無に関わらずに生じるからだ。おそらく、好意は公理と同様の性質を備えている。


「美味しいよ」背後から声が聞こえる。「ありがとう」


 月夜は振り返って応じる。


「どういたしまして」


「月夜は食べたの?」


「ドーナツを?」


「うん」


「食べていない」


「じゃあ、少しあげるよ」


「お腹が空いていないから、いらない」


「お腹が空いていなくても、食べれば美味しいでしょう?」ルゥラは残ったドーナツの三分の一ほどを千切って、手を伸ばしてきた。「はい」

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