第160話 跳獣

 二人並んでドーナツを囓る。ドラマなどでそういうシーンがあるらしい。警察の上下関係にある二人が、捜査に行き詰まったとき立ちながら何かを食べるのだ。大抵の場合、人がいない海辺のことが多い。潮風に晒されることで干物となり、余計な考えを排除しようという魂胆かもしれない。


「ところでさ、月夜」ルゥラが声をかけてきた。


「何?」


「私、いつまでこの家にいていいの?」


 ルゥラに問われ、そういえば具体的なことを話していなかったな、と月夜は気がついた。しかし、今さらどうこうしようという気も起らない。


「いつまででもいいけど」月夜は相応と思われる回答を口にした。


「でも、なんだか迷惑かけてる気がする」


「うちから出て行って、行く宛てはあるの?」


「うーん、今のところない」ルゥラはドーナツを食む。完全に飲み込まない内から言葉を話す。「下に川があるから、あそこでなら暮らせそう」


「ルゥラはご飯を食べる必要はないの?」


「必要? うーん、必要はないかもしれないけど……。でも、食べていいなら食べたいなあ。美味しいし」


「川で暮らす場合、何を食べるの?」


「もちろん、魚」


「食べられる種類がいるか分からない」


「うーん、魚なら何でも食べられると思うけど」ルゥラはジェスチャーを駆使して空中に魚の形を作る。「この前覗いたらね、こんなに大きなのが泳いでたんだ。あれを捕まえて食べたら、もうその日一日お腹いっぱいだよね」


「毎日魚だけ食べるの?」


「うーん……」ルゥラは黙り込んでしまう。「……たまには、ほかのものも食べたいかも」


「雑草にも、食べられるものがあるらしい」月夜は言った。「生で食べられるのかは分からないけど。お腹を壊してもいいなら、きっと食べられる」


「エビフライがいいな」


「エビフライ?」


「川の中にエビフライが泳いでいないかな?」


 月夜はその様を想像する。冷静に考えてそれはないだろうと思った。


「泳いでいない」


「当たり前じゃん」ルゥラは笑い出す。「そのくらい、私にも分かるよ」


「じゃあ、どうして尋ねたの?」


「え、だって、月夜が面白がるかなと思って」


 なるほど、今のは面白がるところだったのか、と月夜は納得した。面白いとは感じたが、面白がるところまで発展しなかった。


「面白がるというのは、どうやるの?」


「え? どうやるって……」


「お腹にポケットを作るとか?」


「は?」

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