第158話 接触と離反の競合
とりあえず、ルゥラには風呂に入らせた。暴れたせいで見るからに汚れていたからだ。月夜もまだ入っていない。彼女が出てきたあとで入るつもりだった。
二階の自室に戻ると、フィルが部屋の中でげんなりしていた。一目見ただけでげんなりしているのが分かった。頭に「げんなり」と書かれていてもおかしくないほどに。
「どうかしたの?」後ろ手にドアを閉めて、月夜は彼に尋ねる。
「疲れたのさ」フィルは言った。「食べるのも運動だからな」
「フィルにも労力の概念があるの?」
「あるさ。ほかにも色々ある。活力、気力、底力……。それらを合わせて労力と呼ぶわけだが」
「なるほど」
皿に埋もれた部屋の中を進み、月夜はフィルの隣に座り込む。量は大分減りつつあったが、それでもまだ沢山あった。たぶん今日中にどうこうなる量ではない。
これほどの皿を一気に生み出したルゥラの側にも、相当な負荷がかかっているに違いない。だから彼女はずっと眠っていたのだ。まだ完全には回復していないだろう。もっとも、フィルにもルゥラにも、彼が言うように労力があるのであればだが。
「ルゥラはどうした?」皿を片手にフィルが尋ねてくる。
「風呂に入っている」月夜は落ちている皿の破片を拾う。
「一人で大丈夫か?」
「フィルが一緒に入る?」
フィルはそっぽを向く。どうやら面白くなかったようだ。
目の前に破片を掲げてじっと見つめる。断面は鋭利で触れば怪我をしそうだった。しかし綺麗だ。薔薇と同じ性質を持つようにも思えるが、どちらかというと麻薬に近いかもしれない。ルゥラが生み出す皿にはそんな魅力がある。たとえ割れていてもだ。いや、割れているからこそだろう。
裂けて血を流した自分の首もとに触れる。
あのとき、少しだけ心が浮き立つような感覚に襲われた。
もう随分と長い間忘れていた感覚だった。
自分が生きていることを確認できて嬉しかったのだろうか?
それとも、死へ近づく方向に進むのが楽しかったのだろうか?
月夜は立ち上がり、勉強机の隣にある窓の傍に向かう。
空気は澄んでいた。今が春とは思えない。しかし、だからといってほかの季節にも思えない。水蒸気が霧散する大気の在り様は、まるでほかの惑星に移住してきたみたいだった。
question.
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