第120話 ハリセンボン

「ご飯、美味しかった?」目を擦りながらルゥラが訊いてくる。


「うん、美味しかった」月夜は感想を述べた。


「でもさ、どうして、私が眠っているときに食べちゃったの?」


「料理があったから」


「起こしてよ……」ルゥラは上目遣いで月夜を睨みつける。「本当に月夜が食べたかどうか確認しないと、意味がないじゃん」


「意味とは?」


 ルゥラはソファから立ち上がり、テーブルの周りをゆっくりと歩き出す。踵から爪先へと体重を移動する動作を繰り返し行うことで、人は身体ごと前方に移動することができる。直立二足歩行は人間に特徴的な行動らしい。ただし、それは人間であるための充分条件ではない。


「まだ、全然食べてないじゃん」きょとん、とした顔で首を傾げて、ルゥラが月夜に告げる。「もっと食べなよ」


「もう、いらない」月夜は応えた。


「どうして?」


「お腹がいっぱいだから」


「そんなはずないよ。だって、月夜が食べたのって、きんぴらゴボウとヒジキの煮物だけでしょ? 全然ご飯じゃないじゃん」


「ご飯だよ」


「栄養が足りないよ!」ルゥラは突然大きな声を出す。「きちんと食べないと、生きていけないんだよ!」


「貴女が言っていることは、一般論としても正しいから、私にも理解はできるけど、でも、私には、その一般論が適用されない。そんなふうに理解してもらうことはできない?」


「意味が分からんない」ルゥラは膨れっ面をする。現実世界で膨れっ面を見るのは初めてだったが、月夜にはそれが膨れっ面だとすぐに分かった。


「意味は、分かると思う。納得できない、の間違いでは?」


 フィルが月夜の傍にやって来て、彼女の手を掴む。


「まあまあ、相手は子どもなんだ。もう少し、分かりやすいように言ってやれよ」


「私も子どもかもしれない」月夜は思いついたことを言う。


「子どもじゃないから!」ルゥラが反論した。「ルゥラだから!」


「残った料理は俺が食うよ。お前も一緒にどうだ? 自分で作った料理がどんな味か、気にならないか?」


「もう、味見したんだから」ルゥラは膨れっ面を継続している。継続的膨れっ面だ。


「そう言わずにさ」フィルは言った。「誰かと一緒に食べるのも、悪いもんじゃないぜ」


「話が変わっている」


 月夜はそう言ったが、二人は何の反応も示さなかった。


 ルゥラはその場に座り込み、皿にかかったラップを外し始める。余っていた箸を手に取ると、もう片方の手で皿を持ち、料理の一つを食べ始めた。


「いただきますう!」

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