第117話 情報操作

 坂を上った先にある公園の入り口に、小夜が一人で立っていた。彼女は決まって一人でいるので、一人で、と断る意味は特にない。現実を正確に描写しようとするほど、記述される情報量は多くなるが、書かれた情報のすべてに意味があるかと言えば、そういうわけでもない。


「おかえりなさい」


 小夜は今日も制服姿だった。夜の黒に彼女の白い肌が際だって見える。


「ただいま」月夜は挨拶を返した。


「その子が物の怪ですね」月夜が説明する前に、小夜が指摘してきた。「いえ、まだ物の怪になりきれてはいないと思いますが」


「バスの中で眠ってしまったから、背負ってここまで連れてきた」月夜は役に立つか分からないことを小夜に伝える。


「早く家に帰って、よく眠らせてあげるといいでしょう」


「でも、その前に、彼女が作った料理を食べなくてはいけない」


「料理? 食べるというのは、月夜が、ですか?」


「そう」


 今日一日に起きたことを、月夜は小夜に掻い摘まんで説明した。多くを説明しなくても、小夜やフィルは月夜が話すことを理解してくれる。たぶん、前提となる情報が彼らの中にあるからだろう。


「貴女を殺そうとしない限りは、大丈夫でしょう」月夜の説明を聞いたあとで、小夜は言った。「ただ、この皿はどうにかしたいものですね……」


「私たち以外には、見えていないみたいだけど、それでも何か影響があるの?」


「直接の影響はありません」小夜は月夜を見て話す。「しかし、彼女が言ったように、月夜の行動が制限されます」


「皿で囲まれた範囲の外に出られない、ということ?」


「ええ、そうです」


 別に大した問題ではないのではないか、と月夜は一度は思ったが、影響は考えの及ばないところで出てくるものなので、対策をしておく必要があるかもしれないと思い直した。しかし、自分に何かできることがあるのか、すぐには分からなかった。


「とりあえず、経過を見ましょう」小夜が提案した。実質的に何の提案にもなっていない。ナポリタンにトマトケチャップをかける感じだろうか。「何か私にできることがあるか、探してみます」


「できることって、たとえば、どんなこと?」


「うーん、そうですね」小夜は考える素振りを見せる。「月夜の代わりにご飯を食べること、でしょうか」

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