第105話 白は無ではない

 白く染まった坂道。まるで雪のように、踏むとぱきぱきと音を立てる皿たち。


 眼前には富士山。まだ微かに雪を残し、登山客の到来をじっと待つ。今も誰か上っているかもしれない。単に高度が上がっただけで、同じ地面には変わりないのに、それを取り立てて「山」と呼んだり、その頂上に上りたくなるのはなぜだろう。


 一歩ずつ、一歩ずつ、前に進む。


 アスファルトの地面に破片が擦れて、耳障りな音を立てることもあるが、物と物の接触には美しさを感じさせる神秘がある。いや、神秘とは元来美しく感じられるものだろうか。けれど、「神秘=美しい」ではない。では、「神秘>美しい」だろうか。


 アスファルトの黒。


 黒猫の黒。


 散らばった皿の白。


 富士山の白。


 そして、横断歩道の黒と白。


 幸いなのか、すでに全然幸いではないのか分からなかったが、自動車が走る道路には、ばら撒かれた皿の影響は及んでいなかった。皿が散らばっているのは歩道だけだ。でも、ずっと向こうまで道は真っ白に染まっているから、被害はそれなりに大きいと言っても過言ではない。


 皿に埋もれた街。


 時間がまだ早いから、途中で誰ともすれ違わなかった。家を出て、歩道がこんな状況になっているのを目の当たりにしたら、人々はどんな反応を示すだろう。それでもやはり生活を優先するから、ちょっとだけ驚いた素振りを見せて、家族に手を振って仕事に向かうのだろうか。


 まさに、雪が積もるのと同じ程度。


 雪も皿も誰でも知っている。


 既知の存在が、未知の状況に現れた。


 未知の存在が、未知の状況に現れたら、それは完全な未知といえるだろうか?


 既知とは何だろう?


 未知とは何だろう?


 太陽の光が白い地面に眩しく反射していた。今までずっと黒い地面の上で生きてきたから、それが普通なのだと思っていた。青い地面とか、赤い地面だったら、もっと愉快な気分になるかもしれない。月夜は別に愉快でも何でもなかったが。


 バス停でバスを待つ間、皿を踏みつけて遊んだ。しゃりしゃりと音がして面白かった。ファニーではない。インタレスティングだと思った。


 バスがやって来る。


 バスがやって来た方の歩道も、白く染まっている。


 バスのドアが開いたとき。


 乗客の誰一人としてこの状況に気がついていないことに、月夜は気がついた。

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