第99話 ザダンカイ・イン・ザ・ベッド

 布団の中で眠った。人間は体毛が少ないから、服を纏い、布団を纏い、それで温度を保とうとする。一応、恒常性はあるので、ある程度なら環境に適応できるが、それでも服や布団がないと寒い。こうした側面を見ると、人間はもともと道具を使って生きるようにデザインされているようにも思える。


 月夜は目を覚ます。正確には、目が覚めた。


 隣でフィルが寝息を立てている。まだ少し早い時間だったので、フィルを引き寄せて一緒に丸くなる。


 いつからこんな生活をしているのだろうか、と月夜は考えた。けれど、考えても思い出せない。彼女の記憶には、少なくとも高校に入学する前の出来事が保存されているが、その範囲もどの程度なのか分からない。


 小夜と知り合いになり、フィルと知り合いになった。


 ……真昼と知り合ったのはいつだろう?


 二人よりも先だっただろうか? あとだっただろうか?


 二度寝をするのは久し振りだった。月夜は毎日定刻に目を覚ます。たぶん、同じリズムで繰り返していたから、それが身体に刷り込まれているのだろう。目覚ましの喧しい鳴き声を聞きたくないという思いも、さもすれば心の奥底にあるかもしれない。けれど、彼女は別に目覚ましそのものが嫌いなのではない。眠っている人間を起こすというのは、動物に戻った人間に知性を呼び戻すようで、それはそれで良い。


「冷たい」


 月夜の胸の中でフィルが呟いた。彼は目を閉じている。


「何が?」


「お前の身体が」


「そうかな」


 月夜は自分の腕に触れてみる。けれど、もちろん自分で触っても分からない。


「布団の温度が、お前の体温と同程度になっている。そして、俺の方が体温が高いから、今度は俺から熱が奪われていく。微温湯と同じ原理だな。浸かりすぎると風邪を引く」


「風邪を引いたら、駄目なの?」


「駄目、の意味が明確でないな。普通は引きたくないものなんじゃないか」


 フィルは朝から雄弁だ。普段も大人しそうにしているが、実はもっと喋りたいことがあるのではないか、と考えたことがある。


 自分はどうだろう? 今はフィルがいるから、毎日彼と言葉を交わしているが、もし自分一人で暮らすことになったら、そう言葉を発することはなくなるのではないか。


「言葉を発さないのは、駄目なのか?」


 フィルの声が聞こえる。


「駄目ではないけど、口がある意味がどんどん薄くなる」


「じゃあ、いっそのことなくしてしまえばいい。その方がエネルギー効率も良いだろう」


「エネルギーに関わらない効率が、あるの?」

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