第100話 邂逅
リビングで朝食をとった。本当は食べるつもりはなかったが、なんとなく食べてしまった。食べたといっても食パン一枚だけだが、普段食べない人間からすれば、食べるのと食べないのでは天地の差と言っても良かった。
学校に行くまでまだ少し時間がある。月夜はフィルを抱いた格好でソファに座っていた。別に何をするわけでもない。少し前まで勉強をしていたが、そのときどんなことを学んだのか、もう忘れてしまった。少なくとも、意識に上らせることはできない。けれど、次に同じ参考書を開いたときには、前回学んだ内容をすぐに思い出せる。常時思い出せるようになる必要はない。道を覚えるように、ある地点に至ったときに、次にどちらの方向に進めば良いのかさえ分かれば良い。
「大層な理屈だ」
フィルは、月夜の腕の中が好きみたいだった。小夜の腕の中も好きかもしれない。何かに閉塞されているのが良いのだろうか。
「大層は、何を修飾しているの?」月夜は質問する。
「理屈」
「大層というのは、物事の性質を程度づける言葉だから、理屈をそのまま程度づけると、意味に齟齬が生じるのでは?」
「でも、何が言いたいのか分かるだろう? もし意味に齟齬が生じているのなら、それでも意味伝達が成立することに齟齬が生じるんじゃないか?」
フィルの指摘は適確だ。つまり、ここでは意味に齟齬が生じているのではない。「大層な理屈」という構造は間違えではないのだ。仮に「大層」と「理屈」の間に何かが省略されているとすれば、それは省略すべくして省略された。また、「大層」が「理屈」のような言葉を修飾するとき、単に物事の性質を程度づけるという機能以外が獲得される可能性もある。
面白い話題だったが、時間になったので家を出ることにした。戸締まりをし、靴を履いて、鞄と一緒に玄関の外に出る。
ドアを開けて一歩踏み出したとき、固い何かを踏んだ感触があった。
いつもの癖で、鍵を取り出しながらだったから、ドアの向こうを見ていなかった。
固いローファーの靴底から伝わる奇怪な信号の発信源を探るために、月夜は足を持ち上げる。
白い陶器の破片。
皿がピザのように割れていた。
割れた皿の隣に、無傷の皿がもう一枚落ちている。
いや、一枚ではない。
二枚、三枚、四枚……。
顔を上げると、黒いはずの道路が白く染まりきっているのが分かった。
「これじゃ、駄目なの?」
すぐ傍から声。
栗色の髪が、明るくなり始めた空の中で眩しく揺れていた。
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