第79話 make dinner for you
とりあえず、料理をすることにした。
月夜自身が食べるためではなかった。フィルにご馳走しようと思ったのだ。そして、それも、彼からそう要求されたからではなかった。どちらの思考が先にあったのか分からない。料理を作ろうと思ってから、フィルにご馳走しようと思ったのか、それとも、フィルに何かしてやりたいと思ってから、料理を作ろうと思ったのか……。
卵を割ってフライパンの上に落とす。綺麗な円形ができた。その隅にソーセージを三本転がし、暫くの間じうじう言わせておく。冷蔵庫からハンバーグを取り出し、別のフライパンの上にそれを載せた。これは焼くだけで良い。すでに味付けもされているので、あとから何をする必要もなかった。
「そんなにいらないんだぜ、月夜」
足もとでフィルが呟く。
「うん、でも、まあ、いいんじゃないかな」月夜は応じた。
「なんだ、その適当な返事は」
「今、料理中だから」月夜はフライパンを揺すりながら呟く。「もう少し、待っていてね」
フィルはやれやれというように首を軽く振って、キッチンから出ていった。月夜は構わずに料理を続ける。
料理をすれば、月夜にも美味しそうに見えるし、匂いを嗅いでも同様の感覚を抱く。でも、不思議と食べる気にはなれない。美味しそう、良い匂いだなと思ったとしても、それを口に入れたい、自分の中に取り込みたいとは思わない。単なる憧れにすぎないという感じだろうか。ステージ上に立つアイドルに向かって、サイリウムを振るのと似ているかもしれない。
人生は経験だ、と言う人がいる。
たぶん、そんなことを言う人は、大した経験をしていないのではないか。
といった、わけの分からない思考を展開。
次第に収束。
卵とソーセージが焼ける。
完成した料理を皿に盛り、それを持って月夜はフィルの所へ向かった。リビングに行ったがそこに彼はおらず、ウッドデッキに出ると柵の上に座っている姿が見えた。月夜は皿をウッドデッキの上に置く。フィルが後ろを振り返り、皿の前に立って月夜を見上げた。
「どうも」
フィルの言葉に、月夜は応じた。
「どうぞ」
日が暮れかけていた。青色だった空が、端の方から徐々に淡い色と化し、それから順々に深い色彩へと移っていく。フィルの背後にある山が、主線を太くしてくっきりと見えるようになっていた。
小夜はどうしているだろう?
今はこちらにいるだろうか?
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