第78話 さらに皿
玄関の前に落ちていた皿を拾い上げて、月夜はその表面を見つめた。裏に返してそちらも見てみる。しかし、何の特徴も見つからなかった。幾分汚れてはいるが、陶器製のいたって通常の皿だ。たぶん、洋食に使われることが多いだろう。普段あまり食事をとらないので、その推測がどれくらい正しいのか月夜には分からなかったが。
「どうして、そんなものが落ちているんだ?」
足もとからフィルが声をかけてきた。
「誰かが落としたからだと思う」月夜は答える。
「そんなことを訊いているんじゃない」
「じゃあ、何を訊いているの?」
とりあえず、皿は室内に持ち帰ることにして、月夜はフィルと一緒に家の中に入った。手洗いを済ませ、部屋の鍵を開けて空気を入れ替える。二階に上がり、自分の部屋に入って、ブレザーを脱いで椅子に座った。
月夜は、自分は特別皿と関係のある生活を送っているわけではないが、何の関係もないわけでもないだろう、と考えた。というよりも、少なくともこの国の中で、皿と関係のない人間はいない。皆食事をし、その際には皿を使うのが一般的だ。
「ただし、玄関の前にそれが落ちているという状況は、そう目にするものではないだろう」フィルが口を開いた。彼は窓枠に行儀良く座っている。「クリスマスリースが落ちているというのなら、珍しくもないかもしれないが」
「何か、知っている?」月夜は尋ねた。
「何かって、何をだ?」
「この皿に関して」
「いや、何も知らないが」フィルはそっけなく答える。「知っていたら、真っ先に教えているだろう?」
「フィルが、隠し事をしないとも限らない」
「もちろん、限らないが、俺は素直だからな。そんなことはしないんじゃないか?」
「そうなの?」
「何か言いたいことでもありそうだな」
皿は机の上に置いておいて、月夜は今日の授業の復習を始めた。宿題がある科目はそれが復習扱いになる。
「その皿にミルクを入れて飲んだら、美味しいだろうな」
月夜が勉強している机の上に飛び移って、フィルが言った。
「その皿に入れなくても、ミルクは美味しいと思うよ」月夜は文字を書きながら答える。
「じゃあ、何に入れたら、一番美味しく感じられるかな」
「うーん、何に入れても、味は変わらないんじゃないかな」
「そんなことはないだろう。青色の皿にご飯をよそると、食欲が減衰するそうじゃないか」
「食欲と、味は、関係があるの?」
「まあ、ない奴にはないだろうね」フィルは答えた。
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