第15話 聞こえない音

 放課後になった頃から雨が降り始めた。


 傘を持ってきていないとか、部活動が室内に変更になるとかで、生徒は多様に燥いでいたが、月夜にはあまり関係のないことだった。まだ学校に残る予定だし、部活動には所属していない。夜になっても降り続けるとなると少々困るが、折り畳み傘を持ってきていたから、飛沫で濡れる可能性があるという点を除けば、被害は最小限に留めらるといえそうだった。


 授業が終わっても、暫くの間は教室に残る者がいる。どこの部活にも所属しておらず、帰っても何もすることがない生徒たちが、集まって何やら話をしている。高校での生活が始まってまだ数日しか経っていなかったが、そうした些細な集団の形成にも、すでに一定の秩序が現れつつあった。


 月夜は、その秩序の中で、常、あるいは、常に近い値で、一人でいるという立場を獲得した。意識的に獲得したのではない。自然に与えられたといった方が正しい。でも、彼女はそうして得た立場について、特に何の不満も抱いていなかった。不満という概念を持ち込もうという発想すらない。なるほど、いつも通りだ、と感じたにすぎない。


 自分が一人でいることが多いことは、月夜は客観的に理解していた。自分の現状を分析することは、したくなくても、ある程度はしておいた方が良い、というのが彼女のスタンスで、だから、自分が今どのような状況に置かれているかということは、少なくとも彼女は、日頃から確認しているつもりだった。けれど、彼女にはどこか抜けている部分があるようで、ときどきそうした確認を怠ってしまうことがある。そのように彼女を評価したのはフィルだ。彼は彼女の傍にいて、唯一、彼女を、本当の意味で、客観的に評価してくれる。


 雨の音。


 本のページを捲る音。


 今、彼女の周囲にあって、彼女が意識している音は、それらの二種だけだった。自分の鼓動は耳には入らない。それはもともと自分の内にある。でも、意識しようと思えば、たちまち聞こえるようになる。いや、聞こえるのではない。感じるといった方が正しい。


「今日の授業さ、意味分からなかった」


「ね、ほんとに。もうさ、私、高校やめちゃおうかな」


「え、早くない? 始まったばかりで、何言ってるんだよ」


 生徒たちの話し声は、今は月夜には聞こえない。


 本当は聞こえている。


 でも、彼女には聞こえなかった。

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