第16話 やまない雨、来訪する黒猫

 夜になっても雨はやまなかった。そのせいで、いつ帰るのか、月夜は決め兼ねていた。いつ帰っても良いが、折り畳み傘を濡らしたくないような気がしていた。けれど、傘とは濡れることを本分にしているのだから、こういうときに使わない限り、ほかに役目はないことも理解している。


 そして、エネルギー効率的に考えれば、雨がやむタイミングという、未定のものを当てにするよりも、バスの発車時刻という、定まったものを当てにすべきだということにも気がついていた。


 思考し、判断して、結論は出ているのに、行動に移せないということが、月夜はときどきある。大抵の場合は、最善策を採用してその通りに動くが、ときどき理論ではない何かが邪魔をして、彼女の行動に制限をかける。


 別に不快でも何でもなかった。むしろ面白いとさえ感じていた。自分の知らないものが、自分の内側に存在しているのだ。それが何か知りたい気もするし、大切にとっておきたいようにも思える。


 窓が揺れる。


 月夜は顔を上げる。


 そろそろ来るかもしれない、と予想している自分がどこかにいた。


 そして、その通りの結果になって、安堵している自分も。


 安堵?


 やはり、自分も他者を必要としているのだろうか……。


 硝子の表面をかりかりと爪で引っ掻くフィルを室内に入れ、月夜はすぐに窓を閉めた。やはり雨はまだ降っている。そして、その中を歩いてきたフィルは全身がびしょ濡れで、水を吸収しないリノリウムの床に、彼の立つ一帯にだけ湖が形成された。


 月夜は鞄からタオルを取り出して、それで彼の身体を拭く。タオルは小さくて、すぐに飽和してしまったから、一度廊下に出て流しで水を排出し、もう一度拭かなくてはならなかった。


 一通り水を排除し終えて、フィルはぶるぶると身体を震えさせる。そのまま月夜の胸へ飛び込むと、自分から彼女の腕の中に収まってしまった。


「まだ、少し濡れている」反射的に抱き締めてしまったのを少し反省しながら、月夜は言った。


「月夜の体温で、すぐに乾くさ」


「私は、体温が低いよ。むしろ、フィルの方が高いんじゃない?」


「まあまあ」


「何が、まあまあ?」


「さっき、外に誰かいるような気がしたんだ」


「外って、どこ?」月夜は歩いて自分の席に戻り、椅子に座る。


「学校の敷地」


「誰かって、誰?」


 月夜の言葉を聞いて、フィルは面白そうにけらけらと笑った。


「その言い方は、意味を成さない」

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