第2話 恐怖! メシテロ!?


◆◆◆


――――

彼女は、語る。



「最近、里に居るみんなの元気がなかったの」





一人一人別人になっていくみたいに様子がおかしくって。


 ある日を境に、里にはまるで次元移動を繰り返すように、現れては消えてしまう身体になった人たちが急増していた。

それにより、次元が歪み続け、現在、現実との境にある壁にもヒビが入り始めていた。



『博士』は、それに誰より早く着目して……

まあ、いろいろあってサンプルとして、私を連れ帰った。



 やがて博士はこれが蔓延してきた理由を突き止めた。


それは、人間にある欲望と、宇宙からの何らかの信号により生まれるとされる寄生生物。


 細かく見ないとわからないくらいに、やつらは人々にうまく寄生しては操っている。 私やアリンの身体は、現実と、そうでない空間の境目に入るための研究で出来ている。


……んー。

簡単に言えば、寄生生物を少しずつ植え込まれて抗体をつけた身体なのかも。あなたもそう。


いくらかの人は耐えきれず亡くなったり暴走を起こしてしまった。

どうにか生きていても、いつどうなるかはわからない。



「私は、なぜ生き残ったの」

私は定食屋で、ずるる、とラーメンをすすりながら聞く。

「というか、そんな覚えがないけど」


そんな記憶みたいなのは見たけれど、なんか、実感がわかないし。 エチルが長い髪をお団子にしつつ、困った顔で言う。


「……そうね。あなたと私たちは、まだ捜査の途中だった」


もちろん、さきほどの話からもあるように犯人は寄生生物で、

そして人を探してたという意味だろう。



「花河とか、目久留木さんたちを探していたときか」


アリンが言う。アリンも細かくは覚えてないのかな。


「まさか、さらしあげるわけにもいかないからな。下手に保護しようにも

寄生されるリスクがあがるだけだし……責任問題がややこしくなるし」


ずるる、とアリンは醤油味の麺をすすった。

その日の夜は、雨が降り始めていたからか、私たち以外ほとんど客足が無い。

 私は、この食事の時間が終わるのが怖い。

部屋は手紙を残して飛び出したし、もう帰る場所が無いからだ。


 なるべく会話をしようという気持ち、そして彼女らについて知りたい気持ちもあり、私は彼女たちに私たちがなんなのかと、近くに見つけた定食屋に入りながら聞いた。

そして食べながら、冒頭の話をしてた。




「今は、協会、連盟の設立を目指してるって感じかな」


「何の?」


「寄生生物を、撤廃させる」

アリンがやけに真面目な声で言った。

エチルはそんな彼女をなんだか、意味ありげに、じろりと見つめた。

私は聞く。


「でも、町の一大事でしょうに。どうして極秘裏?」

あのバスを見ただろ、とアリンが言う。


「町を乗っとるために、

寄生された人たちの姿を財宝に変えてしまって売り飛ばすの」


「そのお金を町に捧げる。そうしたら、増えすぎた人口をお金に変えて減らせて、メリットなのよ。町はメリットを、わざわざ消さないわ」



エチルがやれやれとあきれるように呟いた。

信じられない話で、頭が追い付かない。

「寄生成物は、知能が人間で言うと3歳から5歳くらいあると言われているの」


エチルが、うどんに一味を大量にかけながら呟いた。


「でも、人が使う長い言葉や、難しい理論はあまり理解出来ていないみたい。

寄生されても、その人の魂自体を吸い出すところまでされてしまう人ばかりではないのはこのばらつきのようね」


「だったら、退治が簡単なんじゃ……」


私がいうと、アリンが首を振った。


「あらゆる手段で暴れるから、問題」


「私たちが敵なんだとあおって、善良な市民の中に紛れて誘導することもあった。

勘違いなのか意図的なのかに判断がつくまで、かかるから、実際寄生かどうかが、すぐにわからないのよね」




 店を出る頃には、ぽつぽつと雨が降りだしていた。

暮れ始めた空。

私は、帰る場所がないと思い出した。


いや、正確には捜索さえ願われなければ……まぁたぶん、ないだろうけど。

「そういや、大荷物だな」

あ、と気がつくようにアリンが私の肩にかかっていた鞄を見て言った。


「え?」


「確かに。どこかに泊まる予定?」


エチルがきょと、とした目で私を見てくる。


「えーっと。実はですねぇ」


こんな商品をご用意いたしたんですが、みたいなノリで、私は家を飛び出してきたことを二人に語った。


「なるほどね……」


エチルが頷く。


「事情はよくわからないけど、あなたが決心したんだから、よっぽどのことだったでしょう」


「そんなに、忍耐強く見えるかな!」


「なんで嬉しそうなんだよ」

アリンがあきれた声を出す。


「大抵の悩みには、お気楽そうに見えるのに、ってことだ」


「別にお気楽じゃないよ!むしろなげやり!」


「確かに」


エチルが、それは盲点だった、みたいなはっとした目で私を見た。




「うちに、来るか?」


アリンがやれやれという顔で言う。


「いいの?」


私はぱっと表情を輝かせた。現金なやつだと思われそうだなと焦って顔をシリアスにしていると、アリンはいいよと言った。

「どーせ、野宿なんかできなさそうだ。放っておけねえ」


「うっ……あ、ありがと」

まあ、こいつも同じ家だがとアリンは、エチルを指差した。


「私たちも、仲間を探してたのよ。魔法少女探してます、みたいなサイトとかつくって」


「魔法少女のサイト?」


「最近流行ってるの。そういうのを元に、魔法少女を出演させるのが」


ところで、私たちって魔法少女なのかな?

私はふと疑問に思ったが、聞かないことにしておいた。


「夢も希望もねーよな!」

アリンがいらいらした声音で言う。

この子は魔法少女にたいして夢や希望を描いていたんだろうか……


「大体、サイトなんかで来るやつが戦えるわけがねぇ!」


「ちょっと、アリン、なに熱くなってるのよ」


エチルが呆れる。


「だってぇ」


「私は、良いと思うわよ? 手段は気軽過ぎるけど」


このひとたち、やっぱりどこかしら思うとこがあるのだろうか。

うーん……

ツッコミを入れようか迷ったが、触らぬ神はたたらないだろう。

さわるから悪い。






「じゃー、お前、さっきの寄生体と戦ったときの現象について説明出来るか?」


いきなり、喧嘩腰のアリンに詰め寄られ、私は冷や汗をかいた。


「えーーっと、何を!?」

「変身から、お前の身に起きたこと。そしてそのスプーンがなぜ望みを叶えると思う?」


「戦ってもらいたいから、ですか……」


「だーっ、ちっがああう! あー、これだから!」


何が起きてるの、と、エチルを振り向くと苦笑いしていた。


「こうなると、熱いのよ、あの子。諦めて」


と口で伝えてくる。

えー。



「まず、変身だが。これは単に服が変わったわけじゃない!」


「そういえば髪質も変わってたね」


「なぜ髪まで変わるかわかるか」


「あにめとかで映えるから」


「制作者の気持ちになるなよ!」


アリン先生、熱い。

私はひええ、となりながらも純粋な生徒を心がける。道端で。


「髪質が変わるだけでもわかるように、ストレス度合い、身体の成分の配合率が変化しているんだ! つまり……お前は、いつもと違う状態になる」


「よくわかんないよアリン」


 アリンの額に、汗が滲み私には冷や汗が滲んでいた。

「ここで、生物のテストだ」

「なんでよーっ」


「私たちに近いのは、分裂、出芽、栄養生殖のどれだ?」


え……別れて違う個体ができてるというの?

まって、じゃあ私の核はどこへ。

落ち着いて頭を整理することにした。


まず、『分裂』は、あいつら寄生体みたいに二つにわかれたら、違うイキモノができること。


それから、『出芽』は、身体の一部から芽が出来て、それが分離する。


栄養生殖……なんだっけぇ。えっと。確か。じゃがいもだ。

「魔力みたいなエネルギーが身体を満たすと、まず、通常の人間はどうなる」

「普通の人間が、そのまま満たしたら、死んじゃうよね?」


人間の身体というのは、エネルギーを作るけど、魔法みたいな強い電気とか、炎にそのままの身体が耐えるわけがないし。

 そこまでの力が体内にあって満たされてたら、生きるにはなにかと効率が悪いだろう。


「まず、第一にこれを満たす必要が生じる」


「できるの?」


「私たちは、ね」


エチルが、横から冷ややかな笑みを浮かべた。


「そっか、それで、さっきの違う個体の話になるんだね」


私が言うと、エチルが寂しそうに頷いた。


「はっきり言うと、生身の人間に魔力をそのままつくるエネルギーは、あり得たとしても長生きしないのがほとんどなの」


「それじゃあ」


「本来、不可能よ」


「もしかして……」


「『体内に、魔法を使える生物を寄生させている』これが、私たちの身体の答えだよ」


「そっか、そう、なるよね……」


エネルギーを受けいれられる生物を体内で飼う。

って、まさか。


「それ!」


「あぁ。そうだ」


「魔力を持つ個体を自分と切り離す分裂はバツだ。一部に膨らみを作り、それが分離していく出芽といいたいところだが……

まあ細かくは略すけど、あの力は人為的な、接木に似ていてな。

生物とあたしたちを繋いでる。


栄養器管の一部から分離発育し、その間の身体器官への影響を……


まあ。


ミラクルに誤魔化してるんだ」


「か、かなりワンダーな説明だね。でも、個体は」


「それは、違うイキモノだから、あり得ないよ」


アリンが、あまりに真顔で言うからだろう。

私はひゅっと息がつまる想いがした。


その生物というのも、身体に根は張っているが、力を使ったあとは萎えるらしい。


「一時的な栄養を与えて私たちを接続するだけなんだよ、これは」


 その際に、半分くらいは私たちは寄生生物の何かが流れているらしい。

深くは聞かなかった。


「それって、私、たち」


「ええ。私たちしか居ない。あいつらと戦うのは」


エチルが困った顔で笑って、いきましょうと手を引いた。

私はただ黙って頷いた。二人の悲しそうなあの顔が、忘れられそうにない。


夜空の星たちを眺めていると、エチルがびっくりしたかと聞いた。


「ううん……私も、なんとなく、そんな気がしていたんだ」


私は、なるべく明るい声を出した。


「でも、若い子にはよくあるって、先生たちはみんな笑うだけだった」




「今日は夕飯作れなかったんでー。出前をとります!」

「いいえ、コンビニにしましょう」



 しばらく歩いた丘の上に、寂れたアパートがあった。

その一室でエチルとアリンがもめている。私は、彼女らを見つめながらほほえましい気持ちで居た。


「どっちになるの?」


エチルが、私を勢いよく見て言う。


「アリンはどうせピザにするわ。しかもLサイズデラックス!」


「高くつくね……」


「コンビニの安めのおかずにしましょう」


「なんでコンビニ?」


「今は夜中よ!」


そうか、しまってる。


「んだよ、せっかく新入りもいるんだから豪勢にいこうぜええっ!」


アリンはテンション高い。

「私、ピザも好き」


「だろっ?」


わはは、と楽しそうな笑顔を見るとついうなずきたくなる。




「アリンはいつもそうやって、悪気を持って高いご飯にしたがる! 昨日も食べたし! というか今朝も食べてたし、私の奢りで」


エチルが怒る。

アリンが胸を張った。


「悪気がある方がマシだ!」


「確かに」


自分のやることを理解できてないって、まずいよね。


「っていうか、エチルの奢りなんだね」


「悪気はなかったんだ!」

「悪気がある方がマシだっつった口がほざくなぁあ!」


謎の争いが勃発しているなかで、私はそっとスプーンを握った。

これだけは変身が解けてもなぜかまだ、消えなかったのだ。


「ご飯……」


なにも出ない。

がくっとうなだれた。









 やがて適当に買ってきたお弁当を食べていると二人から、自力で全部こなすとストレスがかかるから、という話を聞かされた。

なんの話かっていうと、寄生生物の話だ。


「心が弱い生き物で、本来なら、地球環境でまともな発育ができないくらいに弱いらしい」


アリンが、口にご飯つぶをつけながら淡々と呟いている。


「会話をするのも、目を合わせるのも、とても負荷がかかる行為だ。

本来の彼らは、人間以上に、それにより死に至る」

「それじゃあ別に、脅威でもないじゃない」


「彼らが思い付いたのは、ココロを保つための秘策……それが、人間の身体を借りてなりきることだった」


「と、いうのが、博士の説明よ」


エチルがウインクする。誰だよ、博士って。


テレビでは、鹿川綾人とかいう人が殺される事件がやっていた。

興味は無かったが、聞こえてくる死因は、不明。または突然死。

だけど、殺害。という言葉が使われるニュースだ。

「綾人って人が、寄生生物なんじゃないか?」


アリンが私と逆の、しかし似たことをのべた。


「確かに、この鹿川綾人さん、怪しい……」


二人が何を怪しむのかわからないまま、私は、エビフライをかじる。

 二人は、この家で暮らして居るんだろうか?

別に家があり、そこに私のように、お父さんお母さんが居るのだろうか。なんとなく、そんなことを考えた。


 私はずっと一人で生きてやるというやる気があった。

けど、実際そうはいかない。

家族にも、進学先にさえ、あの場所はだめとかあれにしなさいとか口を出される。

いや、それは聞き流したっていいと思ってた。


問題は、どんなにやりたいことがあっても、周りからは、やる気が無いと見なされること。

親の成績や性格と同じだと見なされること。


私が努力しようが「あの家の子だから」、だめなのだ。





誰が悪いわけでもないかもしれないけど、

私はいつも期待されたことが無かった。

誰からも、そういう存在としては認識されなかった。


 子どもはバカなくらいがちょうどいい、という親たちにしてみれば、

私が抱えたある夢は

「かわいくないもの」であり、「子どもらしくない」。

だからこそ、あそこから逃げ出した。


頭を、全身を、自由に使って羽を伸ばしたい。


例えば、大きな図書館にしかない分厚くて難しい本……お店じゃ、高いし珍しいしそう買えないような資料なんて、沢山読んでみたかった。

自由に発表して、自由につくって。



子どもらしくない、ことを、したい。


「あなたはまだ子どもだから、わかんないわよ」 と、いかがわしいわけでもないのに取り上げるなんて、ひどい。


あの日だってそう。

大人に口を出されるもんか、としばらくかくしてこっそり読んでいた本が運悪く見つかって。


父さんが強く叱った。

だから、ついカッときちゃった。


「いい加減にして。子どもらしく子どもらしくって、うんざりよ。

私は、あなたじゃない。あなたも、私じゃない。

親だからって、家族も、他人なんだよ。


わかる?

同じ家に居たって、

血が通ったって、


あなたとまわりは、それぞれ異なるのよ。

邪魔しないでよ!」


親の遺伝子が私の全てと言いたいような感じに腹が立って、つい、そのまま思ったことをいった。それからは、ずっとすれ違ったままだ。


「んぉ、どうした、暗い顔してるぜ?」



ふと、アリンが私をのぞきこんだ。


「あ、うん」



お弁当を食べていた手が止まる。


「ねぇ、アリン、エチル」

「なに?」


「なにかしら」


私は、聞いてみようと思った。


「あのね」


ごく、っと唾を飲み込む。そして。



「あ、あの、壁に貼ってあるのはなにかしら!」



聞きたいこと、からそれたことを聞いた。

目の前の壁には、呪文と絵が一体化した……というか、有名な文書を思わせるような、紙が貼られていたのだ。


「左から、右、下から上にかけて言語になっているわ」


エチルが、ああそんなこと、って感じで言う。


「わりと簡単だぜ、コツさえ掴めば読めるだろ」


えぇ……

私は、できないと思った。こんなの作者にしかわからないよ。



そんなときだった。

私たちはなにかのけはい、を感じた。

気配って不思議なもので、見えなくてもわかんなくても、なんか、急に『そのこと』を感じて意識が集中しちゃうわけ。


「なに……」


窓の外になにか、いるのがわかる。

恐る恐る外に出ると、どこかから、しんみりした『前奏曲7番イ長調』のピアノが流れてきた。


そして……空から大量に降り注いでくる『何か』が見えるぞ?


「ね、アリン」


私がアリンを振り返ると「リセも、感じるか」と聞かれた。頷く。エチルに至ってはさっさと弁当の片付けをしてくれてる。

「飯ぬきになんなくてよかったものの、乙女の休息を邪魔しやがるぜ……」


 アリンがそういいながらも胸ポケットからスプーンを引き抜く。

戦闘準備だ。

私も同じようにした。

アリンは変身した。


なのに、私は……変わってない。


「え。なんでっ!?」


エチルが、ゴミ袋をきゅっと束ねながら言う。


「まだ、覚醒したばかりで慣れてないのね。しばらくは、緊急のときだけは私かアリンが変身させてあげる」


そしてさっ、とスプーンを振られて私は変身していた。


「わ。ありがとう、これって、他人の解除もできるの?」


「解除だけは無理だよ」


アリンが横から答えてくれる。



三人で外に出て、降ってきたものの正体に驚いた。誰かが食べたいと言った、食べ物がその人に降っている。


近くのアパートには、ハンバーグが局地的に降っていたし、すぐそばの公園を歩くカップルは、なんかが入ったどんぶりに命を狙われてる。


「うわっほい! ピザだでかい!!」


アリンが、はしゃぎながら外に向かってく。

いやいや、待ってよ!?

私がモノクルをつけた目で、観察したら、やっぱり。


「もろに寄生生物じゃん!」


うにょうにょした、黒い呪文みたいな生物が、絡み付いていた。

エチルが身体を震わせる。

「恐ろしい。

これこそ、飯テロだわ……」






 突如、私たちの前に現れた飯テロ生物。

蛸のときは、切ったりしたけど。


「これ、どうすんのよぉ!ー」


食べ物に注射するの?

会話できるの?

そうこうしてるうちに、カップルのそばに、どんぶりが落ちてきて、パリーン!!


また落ちてくる。

ああ、また落ちてきた。さらに落ちていく。

飯テロがどんどんと落ちてきてる。


「エチル、アリン」


私が呼び掛けようとしたけど、アリンはすでにピザと戦っていた。


くわせろーとかいって、包帯で捕獲しようとしてるし。

忙しそうだ。


「アリン! それ食べちゃだめだよ。寄生されちゃうかもしれない!」

「え?」


アリンが、くるっと回転して着地したのちに戻ってきて、私に聞き返す。

「それ、寄生生物なの! みんなに食事させるふりをして、私たちをのっとる気よ」


アリンが なんだってー!という顔をする

エチルは冷静に「こうやって降ってくるのがまずおかしいでしょ」とつっこんでいる。



「なら、こいつら……どうすりゃいいんだよ」


アリンが私と同じく、悩ましい表情になった。

最初と違い、寄生生物そのものの姿じゃなく、人が食べるものになりすましているのが怖い。


「ピザは、普通のピザっぽいぜ」


「……うーん、どうにかして、食べ物からあいつらだけを集めなくちゃね」

まだまだ、どこかで

『前奏曲7番イ長調』のピアノが流れてる。



 みんなに、眠くなる催眠をかけていたエチルの腕が、私を捕まえた。


「……えっと、何」


「私に考えがあるわ」



エチルがそう言ってスプーンを振ると、そこから美味しそうなハンバーガーとショートケーキがひとつずつ、現れて、手のひらにのった。


「あ。やっぱり、出来た!この力は食品などの物品になることは本来出来ないんだけど……


食用と思わずに出せば、出てくるみたい」


まぁ、食べられないし、食べようとしたら消えちゃうけどとエチルはつけたした。

どうやら犯罪防止らしい。魔法少女にまで魔法ルールは厳しめになってきてるのか。


「今、これを食べたいと思った人のところへ!」



エチルがスプーンを軽く叩いて唱えると、少しして、カップルの近くに居たおじいさんおばあさんの方にいったのを見た。


……が、見向きもせず、寄生生物の方の食べ物ばかり目にしてる。


「なるほどな。願った人の精神自体とダイレクトに繋がる精神物質を出してるのかもしれねぇ」


経験者といわんばかりに、アリンが呟く。

そう、ピザが食べたいって一番言ってたのはアリンだ。


 冷静に考えればこのスプーンさんと同じように、性質を引き出す物質かもしれないってことだ。

私は考える。


アリンとエチルも悩んでいた。


 その間に、メロンやトマトなどが、落ちてくる。落ちてきてどこかに向かう。



こうして、私たちが悩むあいだ、落ちてばかりだ。


このまま落ち続けては……

『前奏曲7番イ長調』のピアノは、まるで煽るようにも聞こえてくる。




「スプーンさん……」

私は、手に握りしめたスプーンさんを見つめる。これじゃ落ち物パズルだよ。

エチルが私の肩を叩いた。





「モノクルを使って」


 私は言われた通り、モノクルを使う。


 エチルの力でみんな眠っているんだけど、意識だけは働いてるから、そこに食べ物が、落ちて、落ちて、落ちて、危ない。

 そこに急に地面が斜めに歪んで、落下した食べ物が、するすると滑り始めた。


意思に逆らって、遠くへ滑って落ちていく食物寄生生物たちは、一点へと向かって行く。


どれだけ降ろうと試みても滑り落ちるだけ。

うまく寄生が出来ない生物たちは、次にどうするのだろう。

と。


「はぁっ、アリン……」


いきなり、弱々しい声を出しながらエチルが短剣で自らの腕の皮膚を切った。


血がぼたぼたと落ちてくる。落ちてくる。


「え、ちょっと、なにして!」


私が慌てている横で、ふらっとアリンがそちらに向かっていく。


そのときだった。



一ヶ所に集まった寄生生物(食べ物になりきれない)が、いっせいに、エチルの姿に変わる。

アリンがよだれを拭う。

「おい! これややこしくしたんじゃねーのか」


アリンが我に返る。

本当に血が吸いたいのかアリン……






「アリンは、『あの身体』になってから生き血を啜りたくなるみたいなの」


エチルが言いながら、腕から流れ落ちる血を眺める。

アリンは何やら目が輝いていた。



……でも、そうか。


「話が通じるなら別だわ!」

 目を閉じて、スプーンさんに祈った。

望むものは、あなたの気持ち……


私がそうしているうちに、エチルとアリンが、あの謎空間の扉を開いていた。




 アリンがいつのまにか手にしている巨大注射器が、エチルの偽物をひとりずつ吸い込んでいく。

私はすぐにモノクルのモードを切り替えた。



幾何学模様みたいな、呪文の言葉の固まった筆記体、みたいなやつが、液体の中に浮いてる。

しかも『前奏曲7番イ長調』のピアノをかなでていた。


「うわ、こいつら、音まで聞こえる」


アリンが少し引いた顔をする。


「このままの形で、形質を調べられないかな」


私はなんとなく聞いてみる。


「博士にこのまま提出したら何か面白いことがわかるかもしれないわね」


エチルはそう言って、どこかにでんわをかけた。





 気持ちを知りたいと願うだけでは、あの『まぼろし』は出てこなかった。

やはり異次元コーヒーカップみたいなのが無いとだめなのかと思ってきょろきょろしていると、エチルと目が合う。


彼女がスプーンで線を描くと、大きなあのコーヒーカップが現れた。


「この中身はね、コーヒーじゃなくて、黒い黒い寄生生物の身体にある液体なの」


「え……」


「濾過しきれなかった、不純物の、溶液」


溶液は、液体の均一な混合物。たしか塩が溶質で水が溶媒だったな……

この辺り、理科でも苦手だった覚えがある。


「だからね、なんていうのかな、これはきっと、弔い、ではないけど……

あなたに、想いを見せてくれるというのならば、救って欲しいからでしょうかね。私には」



私には、だけを言ってエチルは、話を切った。

アリンが「お前の役目は一旦中断だ」と言ったから、私も二人について行く。

「だったら、この、異空間は!」


「念のためだ。


寝ている人に、寄生しようとするかもしれないからな」


アリンは冷静に言う。


「それに……」


そこまで言い、彼女も言葉を切る。

スプーンを、ちらっと見たのを私は見逃さなかった。








「ちょっとまってて」


 アリンが携帯電話で、博士の家に電話をかける。


「おいっすたー!」


と話すと、スピーカーモードにしてくれた向こうから、バーチャルアイドルみたいな機械音声。


「おいっすたー! みなのもの、元気かにゃーあ!

どうした我がアリンよ」



「元気っすよ我が博士」


アリンがかけたわりにめんどくさそうに返事をする。


「そうかそうか、ちゅっちゅっ」


「おえ……、あ、博士。あんさ、あたしらの仲間が増えたぜ」


「ほーう? 仲間っちゃかー……どーれっかなー? だーれっかなー?」


「電話の向こうからきょろきょろして、見えるわけないだろ、博士」


ほい、とピンクいろの可愛い端末を渡され、私は慌てて耳に当ててみる。

「ひゃっ、はじめまして博士……」


「クエケケケ!!!」


高笑いをされた……お、おお?


「我が、が抜けてるよんよん」


「失礼しました、改めて初めまして我が博士」


また、強烈なしゃべり方のひと来たなあと私はぼんやり思う。堅苦しいよりいいか。

「んー。初めまして、3番目のお嬢さん。

お目にかかりたいとこだけど、私には使命があってなー! んまあ、なんだ、いきなり、こんな、巻き込まれてびっくりだしょ?」


「ええ。びっくりしました」


「きみたちの出生など、到底きみにも、まだ実感ないとは思う。ただ、なんていうか『あいつら』がいる以上は、どうとも言えぬのだちょん」


「はい……」


話したいことがあるとアリンに受話器をもってかれ、私は代わりにエチルに微笑みかけた。


「なんか、元気いっぱいな人だね!」


「そうなの……同じ家にすんでたらおちおち眠ってられなくってね」


なにか思い出したのか、エチルがフフフフ、と笑う。


「それで今は、二人で暮らしてるの」


「な、なるほろ……」


「博士が、私たちの進展を聞いてきたぜー」


アリンがよこから話しかけてきた。

進展?


「『ふしだらな! 二人暮らしなどけしからんわ! 』 だとさー!」


「『死ね』って返しといて」

うふふ、とエチルが微笑む。

博士なんでしょ? いいのか。


「……いんだよ。愛があるから」

「そうよ、愛があるから」

二人がにこにこ笑って言い合う。お……おう。

愛は偉大だ。


「一応聞くけどさ……どうやって生活をしてるの?」

「博士のありがたい支援とーあと、バイトかな」


「ふうん、そうなんだ」


「私でもできるお酒を飲ませて会話する仕事があるって聞いたのに、こんな田舎じゃそもそもろくに無いのよね……」


いや、年齢でまず引っ掛かるって。

 昔、その仕事をしていた親戚が言っていた言葉を思い出す。

「貧しいから学校も行かずこんな仕事につくしかなかったのよ」

その通りなんだろうけれど、あわれむものとは思わなかった。


『人』が好きでないと向かないし、そもそも都会だから、選ばなければド田舎よりは仕事自体はあっただろうって気がして。

人を好きになる才能はあったのだから、私は、恵まれてると思う。


それさえも無い人に残るのは、なんだっていうんだ。



……と。

「博士」

アリンの、いつの間にか、刺すような真剣な声。

「今から、サンプルを転送したい」


博士のがやがやしていた声が、ぴたり、と止み、急に「なんだ?」と真面目なトーンになった。「『私たち』に準ずるものかもしれねぇ」


アリンが、悲痛な、絞り出すような声で呟いた。ぶち、と音がして携帯の電源が落ちる。

それからしばらくして再起動した。


「ハァ、もうこの会社の携帯買わねぇ……」


改めて通話が、博士に繋ぎ直される。


「携帯会社はだいたい 裏組織が買収しているからにゃ。なんかまずかったんじゃろて。ハハハ! テレビをつけてみろ、携帯会社を強く批判する番組なんか一個もないでな」

……確かに。

聞いたことないなと私はうなずいてしまった。


「個人の携帯まで勝手に切っていーのか

よ!」



「まー、まー、あんまり騒ぐなだちょん。宇宙が引っくり返ってこの作品が万が一アニメ化したときにゃこの台詞は消されるだろうけど、いくらほぼ無いかのうせーといえどもだな」


「とりあえずっっ! サンプル送る! 博士、なにで送ればいい?」


アリンが強引に話を戻す。エチルが手にしていた注射器からは、あの曲が流れる。


『前奏曲7番イ長調』


「しょ、ショパン……? なんだか曲が聞こえるが」


博士が、慌てた声をあげる。

 アリンが淡々と言う。

「そう。音を奏でる。

それに求められる形……食べ物に、変化できるんだ」


起こったことを話すと、博士は真面目そうな声で、考えこんだ。



「むむ、確かに、食べ物限定とはいえ、きみたちに与えたスプーンと性質がにているちょん」


そうか。アリンが気にしてたのはこの寄生生物がまるで私たちの身体みたいだってこと……


エチルが強い口調で言う。

「今までは、こんな性質を持ったなんて聞いたことなかったわ……」


博士も、気になっていたようだった。


「確かに、単純行動しかしないはずの彼らがなぜ……私も別の知性を感じるにゃ。誰かが手を貸しているのやもしれん」



 「私たち、がアレになる可能性があるの?」


私は恐る恐る聞いた。

エチルが顔をうつむかせた。

「わか、らない……」


「郵便局から、あとでいう住所に送ってくれだちょん」


博士がアリンに話しかけていて、アリンは住所についての話を逃さないように聞いていた。


「郵便でいいのか? こいつまだ、生きてるけど、うっかり寄生なんてことになったら」


「むむ、あいつらは、『容器』に入っている間は動かないはずだちょん。だが可愛い娘っ子たちになにか万一があるかもしれん。よぉし、大博士!!! デデーン!!の家に来なさい!」


 博士って、デデーン!! って名前なの?

アリンに聞いてみよう。

「ねえねえ、博士って」


「効果音だ」


とりあえず博士の家に行くことになった。

のだがそのとき急に、あたりが目映く輝きだした。

「うわっ」


とアリン


「な、なにー」

と私。


「あらあら」

とエチルは驚いた。

 




――それがなん年前だったかなんてわかんない。

気付いたら家族はばらばらで、あたしもぐしゃぐしゃ。


 楽しかった頃のあたしなら『ああいう』の、バカじゃないかと思っていたし、わざわざ余計に傷を作るなんてって考えてたのにな。


 『現実』は違った。

ストレスが極限に達したら、皮膚の方から、切れるんだ。

身体を切るようになる前から、逆剥けから沢山血が出るようになったり、口から血が出たりする。

身体が、血を流して欲しがるんだ。


――あたしもやっぱりそう。

数年ごとに、血を吐きやすくなり、あちこちが逆剥けになって血が出たり、転んだ痛さもなかなかわからなくなった。


きっと、人間は脳内に、自力で血を流せるようなプログラムされてるんだろう。

だから。数年前のあたしは、あの『自傷』が、あわれで愚かなアピールではなくて、本当に自然の摂理、ごく当然な人間の行動原理だったのだということを知った。


 体感しなければ、わからないだろう。

追い詰められ、涙さえ枯れたときに、血は、自ら流れたがる。

無意味に流しているわけではなく、皮膚自身から切れていく。


ぴりりと、指先の逆剥けのような切れ目から始まり、爪は、ぼこぼこに横線を乱れさせる。


だんだんそれが目に付きだした頃、あたしはとうとう、それほどまでに身体が切望するのだという理由で、皮膚を切った。


「……これが、あたしの血」


ぽた、ぽた、と落ちていく赤を見て、感激していた。


本を読むより明らかな、スッと頭に入り込む、言葉が出来る以前の、原始的な知識の体験だった。 切ろう、なんて明るい思い付きどころか、あんなの馬鹿げてると思ってたあたしでさえ……



意思じゃなくて身体の方から、流れたがるんだって、知ることができた。あれは仕方ないのだ。


始めて腕を切りつけた日。特別な遊びを知ったみたいな、うきうきした気持ちになった。


「おはよう、母さん」



 朝。

血を垂らした腕をハンカチで巻きながら、あたしは母さんに声をかけた。

正確には母さんは仕事だから、電話の向こうに。他愛ない話をして、そのあと

「おはよう、父さん」


父さんは、ジョウハツしてるから、窓の奥、空の向こうに。



それと……


「姉ちゃん、また学校に行かないの?」


 姉ちゃんは、引きこもっている。


「私を生んだのがいけない! あのババアが悪い!」

ドアの向こうから聞こえる典型的な台詞。


「う~ん…… 姉ちゃん、そんなこと言ったって、いつまでも親のせいにしてる場合じゃないぞ」


あたしは、というと、姉ちゃんが引きこもるからと、先生と親と世間の板挟みだ。母さんたちは、仕事があるからどうしようもないけど……

 姉ちゃんが引きこもるだけで、なぜあたしが、周りからあれこれ言われなくてはならないんだろうか?


引きこもるのはいい。

ただし、迷惑をかけるな。

それが母さんたちが言ったこと。

別に間違っちゃいない……


「あたしもう学校行くけどー」


「とっとと行けよぉっ! 私なんか、私なんか!」


変な絶叫を聞きながら、母さんが「食べなさいね」の紙と一緒にテーブルに置いていた『二人ぶん』の皿の『一人ぶん』のトーストを口にくわえる。


 姉ちゃんは『二人ぶん』が、そしてあの紙の言葉が見えないのだろうか?


生んだのが悪いとしたって、あたしには関係ない。だって、悪いからなんだというんだ?

じゃあ死んじゃえばいい。


 あたしは焼き加減が微妙なトーストをかじりながらいつもの靴を履いた。

「成長しないなぁ~」


じんじんと痛む腕からは、まだ血が伝っている。

 10万のパソコン買ってもらったら勉強する、

とか言ったくせに、

さっさと折れてネトゲと逆ギレしてる姉の気持ちなど、あたしにはわからないよ。

え?

あたしの不満の理由?


――さきほどまでの一連をクラスに相談したらいじめられているのだ。

先生も含めての批難の嵐。

『世界よ、これがリアル日本だ』

ってカンジ。「引きこもったことあんのかよ?」

というやつまで庇護する不思議ワールドである。


 そんな教室に、意気揚々と乗り込むのにはもう慣れた。


「あぁ~ら。アリン、おはよう!」


高橋なんとかが、わざとぶつかって来たのをめんどくさいのでスルーして席に着く。


「かわいそうなお姉さまの様子はどうかしら」


……あたしは、パソコン買えとか請求したことないぞ。

 やっべ、つい考え事をしてた。

ハッとして顔を上げて聞き返す。


「ん、バカハシさん何か言ったー?」


「ばっ……!?」


あ、本音が。


「本当に! 教育がなってないんじゃなくって!?」

まだホームルームまで時間あるな……。あたしは時計を確認しながら机に頬杖をつく。

後ろの方でひそひそと声がしていた。


・いじめられるやつは心が優しい

・言いたいことが言えない

・我慢している

・気をつけてやればいいのに



あたしが言われないことばっかりだなぁ。

そしてお前ら、『この』あたしによく言うな。――あぁ。

このように、 気づかれないし、心優しいあたしだからいじめられんのか。

そしてそれを口にしたら余計いじめられる、と。

ここ、テストに出るよー。


鞄を手に教室から出て、あたしは廊下を歩く。

行き先は保健室。

腕が、さすがにハンカチじゃきつくなったからだ。


――なんで腕を切ってるかなんて理由はない。

最初に伸べたように、身体がだんだんと、

『そう変化する』それをあたしは目撃してきてる。

 保健室に行く。

中は運動会とか体育の後じゃない限りは大抵静かだ。


 さて先生は、と辺りを見渡していたらちょうど中に居た白い子とぶつかってしまった。

「あ、お客さ……きゃっ!」

 みたいな感じな声をあげながらそいつが硬直する。


「あ、わりい」


「う、うぅ……」


頭を押さえながらぷるぷる震えていたが、そいつはすぐにがばりと顔をあげた。


「あら、巣亭亜さん!」


ただ今いじめられっ子中のやつに、こんな明るく話しかけてくるやつはそういない。


「おぉ」



だからちょっとびっくりだ。

「あんたは……えとぉ……」


「私?私はEthyl・芽知留。みんなからはエチルって呼ばれてるわよ」


少し舌足らずな話し方で少女が答える。


「はぁ……」


「それより、熱? 怪我? 仮眠? 早退?」


「エチルにはかんけーないっ」


腕を切ったことなんか、エチルに言ってどうなる。

「少しはあると思うけどな」


エチルは少し拗ねたような表情を見せた。


「はい、座って!

私も暇だから、手当てしてあげる!」


そして強引にあたしの腕を引き、近くの椅子に座らせる。




 それから少しずつ、エチルとは知りあうようになった。

そのくらいからだ。

あたしは謎の発作に見舞われるようになった。 血がほしい。

 血が……!

身体がいうことを聞かずバクバクと心臓が暴れる。

 それが授業中でも、ご飯のときでも、構わず現れるようになったのだ。あたしはもちろん吸血鬼でもヒルでもないから、血吸いなどしない。


頭がぼーっとしてくるといつもあたしは血のにおいを欲して、階下に行き身体中を切りつける。


 なんだこれ、やばいやつじゃんか。

そう思いはするのに、血が、無くちゃ……血、が。

頭はそれしか浮かばない。

――授業中、人が居ないのは必然的に下の階だ。階段をヒョイッと飛び越えていく。あたしは身軽な方だしせっかちなので、よくこうやって窓や階段から飛び降りる。


……死なない程度に。


スタッ、と着地出来ると結構気持ちがいい。

おとなしく段が降りられないのかって?

降りようと思えば降りるが、隣の手すりを滑る方がわくわくしてしまうし、数段くらいなら逆に足が絡まりそうだから飛ぶのが早い。


 体操選手とか超楽しそうに見えてしまうくらいなんだが、残念ながら身体は柔らかくはない。


 ピョン、ピョン、と階段を降りていくと最後の踊り場に階下に……人が居た。


「ちっ。飛べないじゃねーか」


白銀髪の子。

Ethyl メチル だっけ?芽、知、留。

外国から来たのかな。


「あら~、すごい、身軽!」


「あたしの理想は、昔見た活劇みたいにくるくる回ってからスタッ! なんだがな」


なんかバカにされた気分になりつつ、照れ隠しに低い声で言う。





「でも、充分すごかったよ!」

彼女は、にっこりと笑顔を見せた。


「あたしは急いでんだよ」

そう。急いでいる。

昇降口の隅とかに行き、血を流さないと落ち着けない。

 その日、その時間はちょうど授業中だったもんだから、あたしたちはサボりとなってしまう。


「エチルは、サボり?」


彼女は寂しそうに笑った。いちいち笑うやつ。


「そんなとこね」





「あなた、身体がおかしくならない?」


 通り過ぎようとしてたあたしの耳が、その言葉を拾い上げた。

――は?


「私はなるのよ。病院じゃ、思春期特有とか言ってるけど」


「おかしくってなんだ」


「そうね。健康で正常値な範囲で元気になりすぎる、とか。今みたいに、身軽になりすぎる、とか」


「っ……」


まるで自分のことを言われたようだった。


あまりにも、正常。

なのに、あまりにも、血が欲しかった。

病気? 障害? ちがう。そうじゃない。

そんなんじゃない。



それは。



「「まるで、自分のなかに、既に 何かが存在するみたいな」」


エチルとあたしは同時に口を開く。


「エチルも、まさか」


「私も、そう。血はほしくないけど、たまに時間が止まったみたいに感じられるの。うまくいえないけど」


「時間?」


エチルは頷きつつも言った。




「私の時間は壊れた」




 そのときは意味がよくわからなかったけど……ただ、とても悲しい目をしていた。

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