第6話 甘やかな時間と耳寄りな話
わたしはうっとりとイリヤさんの美貌を眺めた。
ひとつに束ねられたさらさらの銀髪。純粋な人族には見られない、神秘的な金色の瞳。形のよい、描いたような眉。彫刻家の理想を具現化したような端正な鼻梁と唇。
先端が黒毛に縁取られた銀色の耳と尻尾は、王族になって前よりも手入れをするようになったからつやつやだし、時々、思い出したように動く様がたまらなく可愛い。
美人は三日で飽きると言うけれど、わたしはイリヤさんの見た目を死ぬまで堪能できる自信がある。
そういえば、今の二人きりの状況は好機なのでは?
ほら、あの発情期になれない相談をする、またとない好機! やっぱり、相談するならイリヤさんしかいない。
「イ……」
「オデット、今日はお前のおかげで助かった」
わたしが声をかけようとすると、折り悪くイリヤさんの声と重なってしまった。気まずさと話の内容の意外さから、つい、声が裏返ってしまう。
「な、何がですか?」
イリヤさんはくすりと笑う。
「お前らしいな。ゴセックを諭して、俺の話を聞く気にさせてくれただろう?」
「え、あれはイリヤさんの代わりに言いたいことを言っただけで……」
「俺の代わりに?」
イリヤさんは面白そうにわたしの顔を覗き込んでくる。ち、近いですってば!
「可愛いことを言ってくれる」
イリヤさんは、真っ赤になって黙り込んでいるわたしの顎を持ち上げると、唇に軽く口づけを落とした。そのあとで、わたしの片頬をそっと撫で、耳元で囁く。
「お前は自分で思っているよりも、俺を助けてくれているんだ。もっと自信を持っていい。──早くお前を妻にしたい」
そ、その言葉には、もしかして、そっちの意味も含まれているのだろうか。つまり、イリヤさんは早くわたしに発情期になって欲しいということで……。
そうだとしても、今のわたしはイリヤさんと口づけをしてとてもドキドキする反面、それ以上を望む気持ちにはなれないでいる。もちろん、あえてそういうことをするなら、相手はイリヤさん以外に考えられない。
出自は羊飼いの娘とはいえ、今は上流階級の元聖女が婚前にそんなことをするわけにはいかない。
……まあ、イリヤさんなら仮にそういう流れになっても、うっかり子どもを作ってしまうなどということもないだろう。うーん、やっぱり相談してみるべきでは?
「……あの、イリヤさん」
「なんだ?」
優しく問われ、胸がさっきよりも高鳴る。
「わたし、は、はつ……」
「はつ?」
頭の芯まで熱くなって、沸騰しそうだ。イリヤさんの反応を想像するだけで、脳内が焼き焦げる。む、無理……!
「わたしの初恋はイリヤさんなのです!」
とっさに言い直すと、イリヤさんはきょとんとした。すぐにその表情がほほえみに変わってゆく。
「そうなのか。嬉しいぞ」
イリヤさんの手が背に回され、抱きしめられる。彼のまとう爽やかな香水の匂いに包まれた。
匂いに敏感なイリヤさんは香水が苦手だそうだ。でも、王族や貴族の嗜みだと聞かされ、それならば、と匂いのきつい動物性の香水ではなく植物性の香水をつけている。
彼本来の匂いと香水の匂いがしっくりと溶け合って、芳香を漂わせている。
イリヤさん、いい匂い……。
とろけるような気持ちで、イリヤさんの肩に額をぴったりと押し当てていると、彼をがっかりさせたくない、という思いが立ち上ってきた。
イリヤさんは優しいから、たとえ結婚後にわたしが発情期にならなくても、「気にするな」と言ってくれるだろう。でも、それではわたしの気が済まない。
今は言い出せなくても、いずれ時機を見て、必ず相談しよう。わたしは名実ともに、イリヤさんの「奥さん」になりたいのだから。
結い上げたわたしの髪を、乱れないようにそっと撫でていたイリヤさんが思い出したようにぽつりと口にした。
「そういえば、祖父が俺の新しい護衛を送ってくるらしい」
「国王陛下が? 神殿騎士団からですか?」
神殿騎士団とは、神聖リュピテール王国の宗教的な指導者も兼ねる国王陛下直属の騎士団のことだ。多分、外国では近衛騎士団や近衛兵団に相当するはずだ。
イリヤさんが小さく頷いたのが分かる。
「そうだ。うちに出向してくるという形になるらしい。ご苦労なことだ。まったく、祖父も過保護がすぎる……」
いつもわたしに対して過保護なイリヤさんが、それを言いますか。
わたしは小さく笑ってしまった。
国王陛下は、今は亡き愛娘の一粒種であるイリヤさんをとても大切にしておいでになる。
陛下は気の毒なお方で、
イリヤさんもそんな国王陛下の愛情に応えており、二人は見ているこちらがほほえましくなるような関係性だ。その国王陛下がわざわざお遣わしになるのだから、きっと実力があり、獣族への偏見もない人なのだろう。
「よいではありませんか。どんな方が来るのか、楽しみですね」
「相手は男だぞ。女ならともかく、お前の気がそちらに向かないか心配だ」
イリヤさんのぼやきに少し顔を上げると、彼はややツンとした顔をしていた。多分、心からのものではないにしろ、まだ目にしてもいない男性に嫉妬するなんて可愛い。わたしは身体を動かし、イリヤさんの顔を見上げた。
「大丈夫ですよ。わたしはイリヤさんしか見ていませんから。それに、護衛の方が女性だったら、わたしのほうが嫉妬してしまいそうです」
「心配するな。俺もお前以外の女に興味はない」
イリヤさんはわたしよりも綺麗な女の人をいくらでも
「もう、イリヤさんったら……」
わたしが頬を染めてうつむくと、イリヤさんはふふっと笑い、また抱きしめてきた。
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