第4話 初めてのギャンブル

 ひとまず門を通ることに成功した俺は街の異様さに唾を飲むこととなる。


 街中の至る所でギャンブルが行われているのだ。見た事のあるカード系や、端っこの方ではみすぼらしい格好の二人が殴り合いをさせられ、それを大勢の人が取り囲み金を投げあっている。


 街の奥からはゴングの音や、この世のものとは思えないドラゴンの咆哮のような音も聞こえてくる。


「すっげぇな……ここには法律ってもんはないのか?」


 やりたい放題やっている街の様子や見たことのない生き物を見て驚いていると、後ろからドスの効いた低い声が聞こえた。


「よぉ、見ねえ格好だなぁ。お前も闘技場に参加しに来たのか?」


 驚いた。とてつもない体格の大男がそこにはいた。現世なら間違いなく変質者で職務質問されていそうな格好だ。ワイルドとでも言っておこうか、ボディビル大会にでも出ようものなら間違いなく上位に残るだろう。


「あ、あぁそうだ。かなり外れの方から来た」


「おぉそうか。俺もさっき着いたばかりでよぉ、ちょっくら勝負といかねえか?」



 大男は、こいつならカモれそうだなと言わんばかりの表情で俺に勝負を持ち掛けてきた。


(ほぉ?この俺に勝負を挑むか。いいだろう、格の違いってものをみせてやろう。)


「あぁいいぜ。何で勝負する」


「そうだなぁ……移動するのも面倒だ。立ちながらでもできる簡単なものがいいよなぁ。……そうだ、ここに1枚のコインがある。これでコイントスといこうじゃないか」


 大男はその大きな手に似合わない小さな銀色のコインをチラリと見せてきた。片面には城の模様でもう片面には鳥のようなマークが描かれている。見たところ百円玉とかそういうものではないらしい。

 

 しかし子供だましのようなギャンブルだな。コイントスなんて運でしかない。コインを掴む瞬間を見れば運の要素もある程度は排除できる。


「それでいい。何か賭けるか?金か?」


「見たところ金をもっているようには見えねぇが…よし、500ペリス賭けよう」


(ん?ペリス?さっきの銀色のコインの名前か)


「あぁ……そうだな……。一万円札じゃダメか?」


「なんだその紙切れは! ハハッ、面白い。あんまり見ねえ代物だからそれでいい。それじゃいくぞ!」


 大男の剛腕が下から上に思い切り振り上げられる。

 遥か高くに投げられたコインは隣にあった店の屋根の高さまで上がり、クルクルと回転しながら落ちてきた。


 コイントスのコツはコインを目で追わないことだ。追ってしまうと下で受け止めた時に目が状況の変化についていけず、表と裏がわからなくなる。


 だから俺は大男の手を凝視する。ロックオンだ。


 大男は落ちてきたコインを目にも止まらぬ早さでパシィン!と手の甲で受け止めた。



「さぁ、裏と表、どっちだ?」



 (まずい。全く見えなかった。今の速さは人間か? プロボクサーより何倍も速いはやいジャブを打ちそうな手の動きだった。ていうかお前の体格でなんでそんな早く動けるんだ。大男といえばノロマが鉄板だろう!)



「……表だ」


 大男の手がゆっくりの退けられ、銀色のコインが姿を現した。見えたマークは鳥だった。この世界の通貨の裏表は分からないが、わかっている振りをしておくことにした。


「残念だったなぁ!裏でしたぁ!その一万円札とやらは頂くぜえ!」

 

 大男が大笑いしながら叫んだ。鳥のマークは裏だったようだ。



 いきなりのギャンブルで負けた。しかしコイントスは運だから仕方がない。見た目に反して思ったよりもスピードがあったから見落としてしまっただけだと自分を納得させた。


「いやぁしっかし兄ちゃん運がないねぇ? もっかいやっとくか? ん?」


 男は腹が立つ顔で俺を煽ってきた。ずいぶんと表情が豊かな大男だ。顔面の筋肉を自在に動かせるのだろうか。

 しかしここまで煽られて引き下がる訳にもいかねえ。俺は運勝負でも負けたくないんだよ。



「もちろんだ。三回勝負にしよう」


「お、いいねえそうこなくっちゃ!」



 再び大男の手の甲にコインがパシン! と受け止められると、裏表を聞いてきた。

 全て表にかけるつもりだった俺は、そう発言しようとすると脳裏に一つの映像が飛び込んできた。



――「表だ」

――「……残念でしたぁ! 正解は裏! さ、三回戦といくぜ~」



(な、なんだったんだ今のは……)


 俺が予想し、コインは再び鳥のマークで大男が高笑いする映像が見えた。俺の妄想だろうか、嫌な予感がした俺は表ではなく裏に賭けることにした。


「裏だ」


 俺がそう言うと大男は眉間にしわを寄せ、ゆっくりとコインの上に被せていた手をどけた。

 するとコインはさっきと同じ鳥の柄を見せていた。


「ふぅん……お前の勝ちの様だな」


 つまらなそうに低く唸ると、大男は再びコインを宙に投げた。

 再び選択の時になると、俺の脳裏に今度は城のマークのコイン、表が大男の手の甲にある様子が浮かんだ。


「表だ」


 ゆっくり手をどけるとそこには城のマークのコインがあった。


「うおおおお! まじかよおおお! お前さては運気ばっかりあげてやがるな!?」


 運気ばかり上げるという言葉の意味が理解できなかったが、俺は脳裏に浮かんだコインの絵柄の通りに賭けた。すると不思議なことに勝負に勝てた。


「くそ! つまんねぇ。お前の勝ちだよ、じゃあな」


 大男は俺に背を向け、せかせかと走り去ってしまった。


「あれ、そういえばお金は……」


 大男が賭けると言っていたペリスとやらは貰えずに、このギャンブルは終わってしまった。

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