それぞれの色。

 そして、晴れて四人同じ高校に入学。


 蒼ちゃんとマルオは同じクラスになれたが、拓海と俺はバラバラのクラスになった。元々文系が苦手なマルオは、二年になったら理系クラスを選択するつもりらしく、ゴリゴリの文系である蒼ちゃん・拓海・俺と同じクラスになれるチャンスは一年だけだと分かっていた為、蒼ちゃんと同じクラスになれたことを小躍りしながら喜んでいた。


 クラスはバラけてしまったが、高校に入っても俺らの仲はすこぶる良かった。


 四人共、『また蒼ちゃんが書いた脚本の作品を作りたい』という気持ちがあったから。けれども、今しかない高校生活も楽しみたい。


 なので俺は、高校に入っても大好きなサッカー部に入部。マルオも中学時代と変わらず美術部に入った。


 しかし、拓海はテニス部には入らず、『バイトがしたい』と帰宅部になった。そして、蒼ちゃんは……。


「え? 陸上部じゃないの?」


「だって、カッコ良くね?」


 蒼ちゃんが「シュッシュッ」と言いながら左手で空を切る。そう、彼は俺らが予想だにしなかったボクシング部へ入ったのだ。なので……。


「蒼ちゃん、その顔で出るの?」


 高校一年の夏休み。第三回・岳海蒼丸作品撮影会に、蒼ちゃんはボッコボコの顔で現れた。


「うん」


 当の本人は何も気にならない様子で、何なら鼻歌交じりにカメラをセットし出した。久々の撮影が嬉しいらしい。


「ねぇ。脚本、変更しないの? 蒼ちゃんの顔が大変なことになっている理由はどうするの?」


 脚本に一切手を加えようとしない蒼ちゃんに、拓海が首を捻った。


「変更なんかする必要ないっしょ。最初からこの顔で登場すれば、みんな『元々こういう顔の人間なんだな』て認識するっしょ」


 蒼ちゃんの強引な理論に、


「イヤ、しないよ」


 マルオが口をあんぐりさせた。そんなマルオをお構いなしに、


「俺の顔のことは置いておいて、これ見てよ‼ 春休みに撮ったヤツ、コンクールに出したらまた賞がもらえたんだよ‼ 優秀映像賞‼」


 蒼ちゃんは拓海とマルオと俺に、賞の詳細が表示されたタブレットを翳した。


「おぉッ‼」


 俺ら三人の興味が一気に蒼ちゃんの顔からタブレットに移り、タブレットに飛びつく。


 選評には『魅力的な小物をとても上手に使いこなし、映像の作り方も独特で目を惹く。これからが楽しみな若手クリエイティブグループ』と書かれていた。


「……魅力的な小物?」


 マルオが嬉しそうに評価文を人差し指でなぞった。


「これからも魅力的な小物造りをよろしくお願いします。マルオ先生‼」


 そんな蒼ちゃんが、マルオにお辞儀をすると、


「もう‼ やめてよ‼ 嬉しいから作っちゃうけども‼」


 マルオが満面の笑みを浮かべながら、蒼ちゃんの肩をパシンと叩いた。


 笑顔で喜び合うマルオと蒼ちゃんとは正反対に、拓海の表情は暗い。


 今回のコンクールでも、拓海への評価はなかったから。


「……俺、下手くそなのかな。演技」


 拓海が肩を落として溜息を吐いた。


「拓海が下手くそなら、俺らはどうなるんだよ。この四人の中でまともに演技が出来ているのは拓海だけじゃん。てか、拓海の演技が悪いなんてどこにも書いてないやん」


 落ち込む拓海の肩に手を置くと、


「良くも悪くも書かれないってことは、興味をそそらないってことだろ? 誰の目にも留まらないってことだろ、俺の演技は」


 拓海が唇を噛みしめながら俺の目を見た。


「俺は好きだよ、拓海の演技」


 拓海の言葉を、首を横に振りながら否定すると、


「俺も好き‼」


 マルオも俺の意見に同意した。


「拓海さぁ。俺が拓海を主役にするの、拓海の顔がいいからって理由だけだと思ってる?」


 蒼ちゃんは、俺の意見に乗らずに拓海に問いかけた。


「…………」


 無言で視線を蒼ちゃんの方に移す拓海。


「世の中にはさ、個性的な役者さんとか、魅力的な俳優さんがいっぱいいて、そういう人を見る度に『すげぇな。かっこいいな』って憧れたり尊敬したりするじゃん。拓海の演技って、凄く自然で灰汁が無くて、インパクトは弱いかもしれないけど、『俺、演技上手いっしょ』感がなくて、俺、本当に好きなんだよね。台詞もさ、俺が書いた脚本なのに、拓海が考えて喋ってるみたいに言うしさ。個性派を目指しても別にいいと思うけど、今の演技の仕方は捨てないで欲しいな。どうしたって癖のあるものの方が目立っちゃうから、自然なものは目に付き辛いよ。だから、見つけてもらうのに時間がかかるんだよ。だから焦ることも、自分を否定する必要もない」


 蒼ちゃんが「しーんぱーいないさー」と笑った。


「でも俺、岳海蒼丸の役に全然立ってないよね。もう少しでバイトの給料入るんだけどさ、物語上必要なものを買うのに充ててよ。マルオの小道具の予算に充当してもいいし」


 自分で稼いだお金を献上すると言い出した拓海に、


「イヤイヤイヤイヤイヤ‼ 拓海が働いて得たお金を何で俺らに使わせるの⁉ 拓海のお金なんだよ⁉ 拓海だけのもの‼ それに俺、廃材で小物作るのが好きなの‼ お金をかけずにクオリティー高めることに燃えるから」


 マルオが「もう。何言ってるの、拓海‼」と、両手をクロスさせ、×を作りながら拒否した。


「俺だって、岳海蒼丸の役に立ちたいんだよ」


 しかし拓海は「たいした金額じゃないんだからいいんだよ」と引き下がらない。


「だったらその金は、拓海がよりカッコ良くカメラに映る為に、拓海の外見を整える為に使いなよ。拓海がよりイケメンになって注目されれば、結果的に岳海蒼丸の為にもなるんだしさ」


 それでも俺も、拓海の好意を受け取るのは違うと思う為、マルオに賛同。蒼ちゃんがそんな俺の肩を抱き、


「がっくんの意見に賛成‼ 拓海が何もしてないからってお金出し始めたら、がっくんはどうなるんだよ。泣きの演技も出来ないのに、ぶっすんなんだよ⁉ がっくんを追い詰めるんじゃないよ、拓海‼」


 俺に「ねぇ、ぶっすん」と同意を求めながら「酷いぞ、拓海‼」と拓海を責めた。


「イヤイヤ。がっくんだって、そんなボッコボコな顔の蒼ちゃんに【ぶっすん】呼ばわりされたくないだろうよ」


 暗かった拓海の表情が、苦笑いと共に少し和らいだ。


「ホントだよ。鏡見てから言えよ、蒼ちゃん」


 目尻の下がった拓海にホッとして、俺も蒼ちゃんに物申す。


「そうだよ‼ がっくんだっていい味出してるじゃん‼」


 マルオも物凄く抽象的でザックリしたフォローを入れながら、俺の肩を持った。


「……いい味」


 何故かそれに拓海が反応してしまい、右手で口を覆いながら笑いを堪えた。


「何味?」


 追い打ちをかけるように蒼ちゃんが拓海の顔を覗き込むと、


『クククククッ』


 拓海と蒼ちゃんが目を合わせながら笑い出した。


「……マルオのせいだ。マルオのせいで、俺が笑われている」


 頬っぺたを膨らませながらマルオを睨むと、


「えぇー‼ 俺が悪いのー?」


 マルオが「そんな目で見ないでよー」と言いながら、両手で俺の目を覆った。


 いつも通りとっ散らかってしまう俺らの話を、


「とにかく‼ 拓海のバイト代は岳海蒼丸には持ち込まない‼ これからも仲良く楽しくやっていきましょう‼ ってことで、いい加減撮影しようよー」


 蒼ちゃんがカメラを片手に、うずうずしながら強引に纏めた。


「そうだね‼ ほら‼ 気持ち切り替えて、がっくん‼」


 マルオが俺の肩をポンポンと叩いた。


「え⁉ 俺⁉ 拓海じゃなくて⁉ ウダウダ言い出したの、拓海じゃん‼」


 拓海を指差すと、


「これが現実なんだよ、がっくん。イケメンはいつだって無罪なんだ」


 蒼ちゃんが俺の人差し指を握り、そのまま静かに俺の腕を下ろした。


「くっそぉぉぉおおお‼」


 世の中の理不尽さに反逆の意を込め、拓海に飛び掛かり、カッコ良く無造作風にセットされた拓海の髪をぐちゃぐちゃに捏ねた。


「何してんの、がっくん‼」


 が、すぐさまマルオに背後から羽交い絞めにされて引き剥がされ、


「イケメンを汚すなよ。画面を汚す気か⁉」


 蒼ちゃんには額をパシンと叩かれた。


「そんなボッコボコの顔で映ろうとしてる蒼ちゃんに言われたくないよ‼」


 蒼ちゃんのオデコを叩き返そうとする俺の手首を、


「イチイチ口答えすんなって。『蒼ちゃんの顔ボッコボコ』もさっき俺が既に言ったヤツだし。繰り返す意味ないっしょ。ホラ‼ 撮影、撮影‼」


 俺がぐちゃぐちゃにした髪を、サッと手櫛で整えただけでイケメンに復活した拓海が掴んだ。


「さっつえい♪ 撮影♪」「カメラ♪ カメラ♪」


 拓海の言葉を聞いて、マルオと蒼ちゃんは俺を構うことを辞め、撮影の準備に取り掛かる。


 全然納得していないのに、放ったらかしにされる俺。淋しい。悲しい。


「俺の臍、まだ絶賛曲がったままなのに撮影始めんな、ばかー‼」


 地団駄を踏みながら、俺も照明のセットに取り掛かると、


『子どもか』


 三人が俺を見て笑った。


 今回の撮影でこれ以降揉め事はなく、順調に撮れた。


 ただ、三人が掛ける俺への褒め言葉が、しつこいくらいに最後まで『がっくん、いい味出てるよ』だったのが俺の気を散らし続けたのだけれど。


 でも最高に楽しかったし、先回よりも良いものが出来上がった自信があった。……が。


「何がいけなかったんだろう」


 蒼ちゃんが「納得いかん」と言いながら、唇を尖らせて机に頬杖をついた。


 夏休みが終わり学校が始まると、俺ら四人は相変わらず休み時間になると蒼ちゃんとマルオがいる教室に集まり、蒼ちゃんの席を囲う。


「選評がないから、何がダメだったのかが分からないね」


 マルオが蒼ちゃんの机に置かれたタブレットをふくれ面をしながら眺める。


 夏休みに撮った作品を今回もコンクールに送ったのだが、四人共めちゃくちゃ自信があったのに、入賞さえしなかったのだ。


「言っちゃ悪いが、蒼ちゃんのせいだと思う」


 拓海が胸の前で腕を組む。


「悪いと思ってないだろ、拓海。はっきり名指しで批難しとるやんけ」


 そんな拓海に半笑いでツッコミを入れると、


「だって、おかしいじゃん‼ 俺、昨日大賞作品見たんだよ。どう考えても俺らの方が上だったもん‼ 脚本も、演出も‼」


 拓海はクスリともせずに、鼻息を荒げた。


「だったら、がっくんの演技の問題かもしれないじゃん。なんで俺のせいって決めつけるんだよ」


 蒼ちゃんが拓海に鼻息を吹き返した。


「またそうやって俺を巻き込むし」


 そんな蒼ちゃんの鼻の穴に指を突っ込み、鼻息の根を止める。


「蒼ちゃんの無意味にボコボコの顔での出演は、審査員に『ふざけている』って取られても仕方ないと思う」


 拓海は、蒼ちゃんがわざと逸らそうとした話には乗らなった。


「何それ。納得いかん。ねぇ、賞取れなかった作品、ネットで公開してもいい? コメント欄見たら、何が原因か分かるっしょ。今の時点で俺の責任にされるのは、流石に受け入れられない」


 蒼ちゃんが、自分の鼻に刺さった俺の指を引き抜くと、特大の鼻息を放ちながら動画サイトへの投稿を提案した。


「俺は構わないよ。やっぱり原因知りたいし」


 マルオが蒼ちゃんの意見に頷いた。


「俺も全然いいよ。ネットに上げた方が色んな人に見てもらえるしね」


 拓海も賛成。なので、


「じゃあ、さっそくアカウント作るわ」


 蒼ちゃんがタブレットの画面を触りながら、岳海蒼丸のアカウントを作成し出した。


「イヤ、俺の意見も聞けよ‼」


 何故か俺には同意を求めない蒼ちゃんの手がからタブレットを奪い取る。


「賛成過半数だったからもういいかと。異議ありなん? がっくん」


 蒼ちゃんがチラリと俺を見た。


「イヤ、ないけども‼」


「ないんじゃん」


 俺の返事にマルオが笑う。


「俺だってメンバーだろうが‼ 聞かれないと淋しいだろうが‼」


「淋しがり屋でしゅねー、がっくんは。よしよし。機嫌治そうねー」


 マルオに言い返す俺の頭を、拓海が赤ちゃんをあやすかの様に撫でながら、俺の手に持たれたタブレットをすっと抜き取り「蒼ちゃん、パース」と言いながら蒼ちゃんに手渡した。


「赤ちゃん言葉で接するな‼」


 と、拓海の手を払い除けている間に、


「ホイ、投稿♪」


 パパッとアカウントを作り終えた蒼ちゃんが、サクっと動画投稿サイトに岳海蒼丸の作品をアップした。


「どんなコメントがくるのか楽しみなんだけど、ちょっと怖いね」


 マルオが不安を共有しようと俺らの顔を見渡した。


「酷評の嵐だったりしてね」


「辛ー」


 拓海と俺が目を合わせて苦笑い。

「アンチコメントで埋まってたら即刻削除しような。名もない俺らの作品を『デジタルタトゥーしてやろう』っていう暇人なんて、この世にいないだろうから、心配しなさんな」


 と蒼ちゃんが「大丈夫大丈夫」と俺らの肩をポンポンと撫でた。 


 作品の出来に自信があるとはいえども、俺らはまだ十六歳。世間の辛辣な言葉を受け止められるほど大人ではない。



 休み時間が終わり、それぞれの教室へ。


 俺のクラスの授業は英語。超苦手。いつも『世界共通語、日本語にならないかな』とありえない妄想をしながら、今日も先生が黒板にせっせと書き込むアルファベットを、ただ眺める。


 受験の時は入るだけ詰め込みたかった英単語も、今となっては脳が扉を開かない。北海道の冬か? という程の二重サッシをしっかりキッチリ締め切ってしまっている感じだ。なので、机の下でスマホを弄るべくポケットから取り出すと、


【すまん。落選、俺のせいだったらしい】


 蒼ちゃんからグループLINEが届いていた。


【やっぱりな】


 拓海がそれに反応。


【ねぇねぇ、最新のコメント欄見てみて。ちょっと面白い流れになってるよ】


 マルオからの返信もあり、岳海蒼丸の中に真面目に授業を受けている人間が誰一人としていないことが発覚。まぁ、分かっていたけれど。いつものことだけれど。


 マルオに促され、動画を投稿したサイトにアクセスし、コメント欄に目を通す。


 最初の方は【あのボッコボコの顔のヤツはなんなんだ】【しかも、ボコボコの原因は最後まで謎っていう】【謎のまま即死亡するしな】【アイツのせいで話が全く入ってこない】など、蒼ちゃんへの辛辣コメントで荒れていた。


 が、そのうち【確かにボコボコ顔のせいで初めは集中出来なかったけど、二回目見たら話は凄く面白いし、なんか泣けた】【分かる。実はめっちゃいい話。ボコボコ顔、インパクトあって逆にいいかも】【謎のボコボコ顔、ジワる】【てか、主役がイケメン】【ボコボコ顔が主役を際立たせる為だったとしたら健気。違う意味でも泣ける】と、高評価がアンチコメを上回っていた。


 高評価が嬉しくて、授業が終わった途端に教室を飛び出し、蒼ちゃんとマルオの教室へと走る。


「おかしいおかしい‼ なんで俺の引き立て役をする為に、蒼ちゃんが顔ボコボコにしたことになってんの⁉」


 教室の扉を開くと、既に拓海もいて、「絶対におかしい‼」と言いながらジタバタしていた。


「その感想書いたヤツ、凄い想像力だよな」


 蒼ちゃんが荒ぶる拓海を見ながら大笑い。


「なかなかその発想に辿り着かないよね。その人、その豊かな想像力で脚本書けばいいのにね。蒼ちゃんみたいに良い本書けそう」


 マルオも腹を抱えて笑った。


「なんだかんだ、インパクトって大事なんだなー」


 楽しそうな輪の中に俺も入りに行く。


「あ、がっくん。だよねー、やっぱインパクトだよねー。次はどんなカッコで出ようかなぁ」


 蒼ちゃんが近づいてきた俺の肩に腕を回した。


「イヤイヤイヤ。次は真剣に撮ろうや」


 拓海が、明らかに何かを企んでいる蒼ちゃん向かって大きく首を左右に振った。


「オイオイオイオイ。前回だって真剣にやってたよ。ただ、顔がボコボコだっただけで」


 蒼ちゃんが「前がふざけてたみたいに言うなよ」と拓海を軽く小突いた。


「だから、次は顔のコンディションを崩すことなく、普通に撮ろうって‼ インパクトで目立つのなんか一瞬だよ。そんなのすぐに消えちゃうよ。有名人だってそうだろ? イロモノは簡単に消えてくじゃん」


 拓海が蒼ちゃんを小突き返した。


「俺たちは有名人じゃないじゃん。誰も知らない無名の高校生だよ。消えるも何も、存在を知られてないじゃん。だから、どんな手を使っても目立たなきゃ。夢を叶える為には、どんなことをしても誰かの目に留まらなきゃ。カッコつけるのはそれからだよ」


 蒼ちゃんが真剣なトーンで拓海に言い返す。


 そうだ。忘れかけていたけれど、蒼ちゃんと拓海は、俺やマルオと違って本気で演劇の世界を目指している人たちだった。


 さっきの蒼ちゃんの「次はどんなカッコで出ようかな」は、ただ楽しく撮影がしたかったわけではなく、夢に近付く為の発言だったんだ。


「蒼ちゃんの言い分も分かるけど……」


 それでも過度の演出なしで撮りたい拓海の気持ちも分かる。


「…………」


 撮影が好きな気持ちは、四人共同じなのだと思う。だけど、蒼ちゃんや拓海の様に夢が定まっていないマルオと俺は、何となく口を出すことが出来なかった。


 そしてチャイムが鳴り、答えが見つからないままそれぞれの教室へまた戻る。


 次の撮影は冬休み。答えはそれまでに……。などと考えていたのはその日だけ。四人それぞれが、毎日部活だバイトだ遊びだでそこそこ忙しく、答えを考える暇もなかったかというと、そういうわけでもなく、忘れていたわけでもないが、そこまで深刻に捉えていなかった為、答えを出すことなく冬休みに突入した。


 撮影日前日、どうせ明日会うのに蒼ちゃんに「今から作戦会議しよう」と呼び出された。


 特に用事もなかったから「いいよ」と返事をして、ファミレスで待ち合わせ。


 野郎しかいない場所に行くだけなので、適当な服に適当な靴で家を出た。ファミレスに着くと、


「がっくん、こっちー」


 先に来ていた蒼ちゃんが俺に向かって手を振った。


「うえーい」


 小走りで蒼ちゃんがいるテーブルに近づくと、


「がっくん、お疲れー」


 マルオが蒼ちゃんの向かいの席に座っていた。


「お疲れー。拓海はまだ? トイレ行ってる?」


 壁側に寄せられていたメニューを手に取りながら、蒼ちゃんの隣に座る。


「拓海は呼んでない。あ、俺はAプレートね」


 蒼ちゃんが俺の手に持たれたメニューのAプレートの写真を指差した。


「何で?」


 蒼ちゃんの指を「Aプレートね。じゃねぇわ」と弾くと、


「それは良くないよ、蒼ちゃん」


 マルオも顔を顰めた。


「別に拓海をハブりたいわけじゃないって。拓海には当日知らせようと思ってさ。今言うと、アイツ絶対騒ぎ出すもん」


 蒼ちゃんが「俺がそんな陰険女子みたいなことすると思ってんのかよ。ボクシング部のこの俺がそんなネチネチしたことを……。心外。さっさと二人も注文決めてよ」とマルオと俺の髪の分け目を狙ってチョップを食らわせた。


「決めるの面倒だから、俺もAプレでいいや。てか、何を企んでるの? 蒼ちゃん」


 ろくにメニューを見ることなくマルオに手渡すと、


「俺もAプレでいいよ。拓海が騒ぎ出すことって何?」


 マルオも蒼ちゃんの話が気になる様で、俺に習って同じ物を選択。


 店員さんを呼んでAプレを三個頼むと、


「俺、次の作品もネットに投稿しようと思ってて……」


 蒼ちゃんが不敵な笑みを浮かべながら話し出した。


 蒼ちゃんの話に「どうする? どうしたい?」と三人で相談。


「俺はめっさ面白いと思うけど、拓海はねぇ……」


 蒼ちゃんは相変わらずおかしなことを考えるなぁと笑いつつ、拓海の同意が得られるとは思えず、テーブルに頬杖を着く。


「冬休みだし、そのくらい弾けたいかも。でも確かに拓海は怒りそう」


 マルオが苦笑いした。


「だーかーら、拓海には明日お知らせなわけだよ。拓海の気持ちは分かる。だから、拓海のことはそれなりに守る。ちょっとは俺らにも寄せてもらうけど。四人で岳海蒼丸だからね」


 蒼ちゃんがニヤリと笑ったところで、三人分のAプレが運ばれてきた。


『うまそー』


 拓海がいないところで三人で内緒話をしながらAプレを食うのは、なんか少し悪い気もするが、どうせアイツは今バイト中だし、そんなことより明日の拓海の反応が気になって、三人共ニヤニヤしながらAプレを平らげた。



 そして翌日。蒼ちゃんの家に四人集合すると、


「お前ら、示し合わせたな」


 拓海は、怒りを通り越してしまったのか、少し笑ってしまっていた。


「蒼ちゃん、どうして赤いの?」


 まずは蒼ちゃんから尋問する拓海。


「俺、赤が一番好きな色だから」


「ほう。で、がっくんの黄色は?」


 拓海が俺に目線を移す。


「バナナが好きだから」


「ふーん。マルオはなんで紫?」


 拓海が最後にマルオに細い目を向けた。


「彼女が【紫は高貴の色】って言ってたから」


「へぇー。……はぁ⁉ 何やってんだよ、お前ら‼ 何なんだよ、この頭は‼」


 拓海が蒼ちゃんとマルオと俺の頭を一人ずつぐしゃぐしゃに掻きまわした。


 そう、俺らは昨日の秘密会議で、『インパクト狙いで髪の毛を派手色に染めてみよう』と画策したのだ。拓海に黙ってやったのは、絶対に嫌がられ、文句を言われることが分かりきっていたから。


「今回の物語の登場人物が髪色派手でいる必要ある⁉ 平凡な高校生の話だろ⁉ どうせまた、髪の色について補足説明ないんだろ⁉ 何故か髪の毛が赤・黄・紫なんだろ⁉ てか、紫て‼ 色のチョイス‼」


 拓海が「赤と黄色はまだしも‼ まだしもじゃねぇけど、まだしも‼ 紫て‼」とマルオの髪の毛をくしゃくしゃにした。


「マルオの高貴色の頭に何してくれてんだ、拓海。てことでね、拓海だけ仲間外れになんかしたくないじゃん。俺ら、仲間じゃん。だから、ホレ。拓海の分。あ、拓海は全体染めはしなくていいから。唯一のイケメン担当だし。ポイントにちょっと入れるだけでOK」


 蒼ちゃんが「まぁまぁ、落ち着きなさいな」と宥めながら、拓海にヘアカラーを手渡した。


 蒼ちゃんからヘアカラーを受け取り、その箱を見て拓海の表情が更に険しくなった。


「なんで青なんだよ。みんな自分で色決めたのに、なんで俺だけ強制的に青なんだよ」


 拓海が「紫と若干色被ってるじゃん」と、蒼ちゃんにヘアカラーの箱を突き返しが、


「だって、拓海の名前【海】って字入ってるじゃん。海と言えば青じゃん」


 蒼ちゃんは手の指を隠すようにぎゅうっと握りしめ、ヘアカラーの返品を拒否。


「冬の日本海を見たことないのか⁉ 恐ろしく灰色だぞ‼ つか蒼ちゃんこそ青だろ。名前にモロ入ってるじゃん。普通、主役が赤だろ。戦隊モノだって、大概真ん中にいるヤツが赤いやん‼ なぁ⁉」


 今度はマルオと俺に同意を求める拓海。


「俺が赤好きなの知ってるだろ。赤は二人もいらないのー‼」

 

蒼ちゃんの言う通り、確かに蒼ちゃんは赤が異常に好きだ。スマホのケースもタブレットのケースも赤だし、スニーカーにもリュックにも赤が入っている。更にいうと、授業のノートを赤ペンで書いたりするから、借りた時にどこが大事なのかが分からないことが多々あるくらいに、蒼ちゃんは赤好きだった。


「もう今更何を言ってもどうにもならないよ、拓海。蒼ちゃんの頭はもう赤くなっちゃってるし、ここにあるヘアカラーは青だけだし」


 マルオがポンと拓海の右肩に手を置いたので、


「そういうことだよ。諦めような、拓海」


 俺は拓海の左肩に手を乗せた。そして、


「お風呂貸すから、好きな様に染めて来なさい」


 蒼ちゃんは後ろから拓海の背中を押した。


「お前ら全員敵か⁉」


 髪を染めたくない拓海は「風呂など借りん‼」と言って、その場に留まろうと足を踏ん張らせる。が、


「仲間だから、一緒に染めようって‼」


 蒼ちゃんが拓海の背後から拓海の両脇に自分の腕を通すと、


『せーの‼』


 マルオが拓海の右足を、俺が拓海の左足を持ち上げ、三人で拓海を風呂場へ強制連行。


「仲間って一体……」


 染髪以外の選択肢がないことを悟った拓海が呟く。


『仲間、最高‼』


 仲間が何かが分からなくなってしまった拓海に、蒼ちゃんとマルオと俺とで声を合わせて教えてやると、


「そうですね‼」


 拓海がやけくそな返事をして、「フッ」と笑った。


 拓海はいつもそう。俺らにどんなに弄られても、俺らがどんなに怒らせても、最後は笑って折れてくれる。


 そんな拓海に、俺らはいつも甘えてしまう。俺ら三人は、拓海のことが大好きなんだ。


 大好きな拓海を風呂場放り込み、蒼ちゃんとマルオと俺は蒼ちゃんの部屋で、今日撮影をする台本を読みながら待機。


「このセリフ、言いづらすぎて覚えられないんだけど」


 と台本に赤線を引きながら蒼ちゃんに見せるが、


「変えてやりたいのは山々なんだけど、そのセリフは俺のお気に入りだから、何とかして」


 蒼ちゃんは「がんばれ、がっくん」と取り合ってくれず。そんな俺の横では、


「今回も蒼ちゃん死んじゃうから、今度こそは泣きたい」


 マルオが瞬きを我慢しながら泣く練習をしていた。そんなことをしていると、


「染めて来たぞ‼」


 拓海が蒼ちゃんの部屋のドアを勢い良く開け、戻ってきた。


『おぉ‼』


 拓海の頭を見て、待機組の三人がパチパチパチと拍手。


「結構上手くいってね⁉」


 拓海が自分の髪を人差し指に絡めながら、ニカッと笑った。


 拓海の髪は、内側だけ青に染まっていて、パッと見は黒髪なのにたまにチラチラ顔を出す青が凄くオシャレだった。


「凄い‼ 美容室に行ったみたいに上手に出来てる‼」


 マルオが拓海に近付き、「器用だねー」と拓海の髪を触った。


「さすがイケメン‼」「染めて正解‼」


 蒼ちゃんと俺も拓海を囲んで「凄い凄い‼」と騒ぐと、


「まぁ、話の内容には全く関係ない青だけどな」


 と、拓海がまんざらでもない顔をしながら頭を掻いた。


「まぁ、そう言いなさんなって。拓海の髪も染め上がったところで、そろそろ撮影しに行こうぜー‼」


 蒼ちゃんは、ポンポンと拓海の頭を撫でると、カメラを手に取り部屋を出て行った。


「待ってよ、蒼ちゃん‼」


 台本やら小道具やら何やらを急いで持ち上げ、拓海とマルオと俺とで蒼ちゃんの後を追った。


 四人共、派手な頭をしながらも撮影は超真剣。


 ああでもない、こうでもない。ここはこうしたらどうだろう? などと四人で力を合わせて今回も冬休み中にキッチリ撮影を終わらせた。


 そしてそれを蒼ちゃんが編集してサイトに投稿。


【コイツら、今度は四人でふざけ出したぞ】

【真面目にやれ 】

【笑わせたくてやってるの? 全然面白くないんだけど】


 コメント欄は前回以上に荒れた。


「だから俺は反対したんだ」


 昼休み、タブレットを見つめながら拓海がやる気なく焼きそばパンを齧った。


「拓海、口の中見えてる。口閉じて咀嚼して。イケメンが汚いことしないで」


 蒼ちゃんがホットドックを咥えながら、拓海の口を摘まんだ。


「ちょっとやり過ぎだったのかもね」


 苦笑いを浮かべるマルオに、


「悪ふざけが過ぎたな」


 同調する俺。


「イヤ、ここから流れを変えるよ」


 そんな俺たちに、蒼ちゃんが不敵な笑みを向けた。


「今回は先回みたいな流れにはならないって。前回の評価は奇跡的なラッキーだっただけなのに、三人が勘違いするからー」


 蒼ちゃんに乗ろうとしない拓海は、面倒くさそうに焼きそばパンを未だにくちゃくちゃ言わせながら食べていた。


「まじで汚ぇ、拓海。こんなこともあろうかと、姉ちゃんからタブレットを借りてきましたー‼」


 蒼ちゃんは拓海に白い目を向けると、「じゃじゃーん‼」と言いながら自分のリュックから可愛いカバーに入ったタブレットを取り出した。


「ん? どういうこと? 何の為に花さんのタブレット持って来たの?」


 マルオが首を傾げながら俺を見るから、俺も頭を傾げ返した。


 そんな俺らにニヤリと何か企んでいる笑顔を見せた蒼ちゃんが、タブレットに何かを打ち込み出した。


「裏アカ特定されると面倒だからね。姉ちゃんのアカウントのパス知らんから、タブレットごと拝借だよねー。てことで、はい、送信」


 そしてそれをどこかに送り終わった後に、打ち込んだ文章を俺らに見せる蒼ちゃん。


「これは……完全にインチキですね」


 口をあんぐり開けて蒼ちゃんを見る俺。


「やりやがったー」


 額に手を当て、天を仰ぐ拓海。


「禁断の手、使っちゃったよー」


 マルオは「うわー」と言いながら送信済みの文章を再度読み返した。


【髪色くらいでそんなにごちゃごちゃ言わなくても良くないですか? 心が狭すぎませんか? 私は頭の色ごときで気が散るほど集中力は欠如していないので、すんなり拝見出来ましたよ】


 蒼ちゃんは、花さんのアカウントから一視聴者になりすまして、岳海蒼丸の動画のコメント欄に書き込みをしてしまっていた。そんな蒼ちゃん自演のコメントに、


【直した方が良いっていうアドバイスしてやってるだけ。まぁ、先回も同じようなコメントされてたのに全然直さなかったヤツらだから、改善する気がないんだろうけど】


 アンチが反応。蒼ちゃんの気持ちを逆撫でした。


「……はぁ? 何言ってんの、コイツ」


 こめかみに血管を浮き出させた蒼ちゃんが、タブレットを高速フリック。


「放っておけって」


 拓海がタブレットの上に自分の手を置き、蒼ちゃんの文字入力を妨害。


「だってコイツ、何様よ?」


 蒼ちゃんが、食べ終わったホットドックの棒を突き刺す仕草をして、拓海の手を払った。


「言い返すだけコメント欄が荒れるっつーの」「そうそう。危ないから凶器は捨てようね、蒼ちゃん」


 なので、俺がタブレットを、マルオがホットドックの棒を没収。


 因みにどんな文句を言いたかったんだろう? と、蒼ちゃんが返信しようとしていた文章に黒目を走らせる。


「…………」


 俺の脳裏に良からぬ考えが過ってしまった。


 もし、蒼ちゃんのこのコメントを送信したとして、アンチが更に酷い言葉で攻撃してきたとしたら、蒼ちゃんは何て反論するのだろうと。


 二年前、初めて蒼ちゃんの書いた文章を読んだ時、読書家でもない俺が夢中になって一気読みした。


 俺は、根本的に蒼ちゃんが書く文章が好きだ。それが悪口であっても読みたいと思ってしまうくらい好きだということに、今気付いた。


「……送信」


 だから、SENDボタンを人差し指で叩いてしまった。


「はいー⁉」「何してんの、がっくん‼」


 俺のビックリ行動に、拓海とマルオが同時に俺の方を見た。


「ちょっと、この先の言い合いに興味が出てきてもうた」


 拓海とマルオに「イヒヒ」と笑って見せると、


「がっくん、ナイスー‼」


 蒼ちゃんはニンマリ笑って俺に親指を立て、


「……まぁ、分からんでもないけど」「確かにねぇ」


 拓海とマルオはしょっぱい顔をしながら笑った。


「で、何てコメントしたの?」


 マルオが俺の手からタブレットを抜き取ると、マルオの肩越しに拓海がそれを覗き込んだ。


【アドバイスって、岳海蒼丸の誰かから頼まれたんですか? 頼まれてもないのであれば、それって余計なお世話じゃないですか? ただの個人の意見と価値観の押し付けですよね? コメント欄で言いたいことを言うのは自由だと思いますが、彼らがあなたの意見に賛同するしないも自由ですよね? あなたのアドバイスにはどんな価値があって、どれほど貴重なご意見なのでしょうか?】


 そこには、蒼ちゃんの煽りに煽りまくった文面が打ち込まれていた。


「悪口を敬語且つ質問調に返して、ケンカ腰ではないことを装う小癪さ」


 拓海が「蒼ちゃん、姑に立ち向かう嫁みたい」と笑うと、


「嫌味全開」


 マルオも「あはは」と肩を揺らせた。


「イヤ、これもうケンカやん。売られたケンカ、在庫分も爆買いしてるやん」


 俺も一緒になって笑うと、


「もう、俺を怒らせるんじゃないよ」


 蒼ちゃんも白い歯を見せた。


 四人でケタケタ笑っていると、蒼ちゃんのコメントに返信がついた。


【自演乙】


 相手に勘付かれてしまったらしい。


「速攻でバレとるやないか」


 拓海が拳で蒼ちゃんの肩を小突いた。


「イヤ、バレてるわけないやん。まぁ、任せなさい。俺の悪口は無限」


 蒼ちゃんがまたタブレットのキーを連打した。


 蒼ちゃんは、普段から脚本を書いたり編集したりでパソコンやタブレットを使いまくっている為、他人の三倍は操作が早い。


「どやさ」


 タブレットを俺らに翳しながら、瞬息で作った文章を見せる蒼ちゃん。それを見て、


「俺、蒼ちゃんに口喧嘩で勝てる気しないわ」


 と引きながら笑うと、


「俺、理系だから瞬殺されるわ」


 マルオが俺に頷いた。


【いますよね、言い負けるとすぐに『自演だろ』って逃げる人。仮に私が本人だったとしたら『スルースキルないのかよ』って捨て台詞吐いて逃走するタイプの方ですか? ブロックとか削除とかされた日には、別アカ作って粘着したりする人ですか?】


「ほーらよッ♪」


 蒼ちゃんが軽快に人差し指でタブレットの画面をタップした。


 昼休みが終わっても、蒼ちゃんの返信にリプが付くことはなかった。


 更に、蒼ちゃんの自演嫌味爆発コメント以降、アンチコメが劇的に減った。


 というのも、俺らが五・六時間目の授業受けている間、コメント欄は俺らの動画の肯定派とアンチが結構派手にやりあって、アンチが何かを書き込む度に肯定派の方々が蒼ちゃんの言葉を引用して『いちいちいちいち細かいな。小さい人間だな』などと勝手に叩いてくれたのだ。


「読み通りの展開になったな」


 翌日の昼休み、いつも通り岳海蒼丸で集まると、蒼ちゃんがコンビニで買ってきた納豆手巻き寿司の海苔をぐちゃぐちゃにしながら、タブレットのコメント欄を読んでは口角を上げた。


「不器用か。てか、読んでたわけじゃないだろうが。たまたま願い通りになっただけだろうが」


 蒼ちゃんに「フィルム剥いでご飯転がすだけなのに、何でこうなるよ?」とツッコミを入れながら、拓海がたまごサンドに齧り付いた。


「しかしさ、俺、ちょっと分かんないんだけどさ、肯定派もアンチもどんな感じでコメントすんのかな? 心持ちっていうの? コメント欄の意見ってさ、俺らにだけ向けたメッセージを書き込む人って極少数じゃん。【私はこう思うの。みんなもそうだよね⁉】みたいなテンションの人、多くね? 俺さ、俺らが作った作品を沢山の人に見て欲しいって欲はあるんだけど、自分の考えを知らない多くの人に聞いてほしいって考えたこともないからさ。『俺はこう思うなぁ』って頭の中だけで終わる。もしくは家族とか、がっくん、拓海、マルオに話すくらいで、文字にしてやろうって気がないっていうか。てか、マルオの弁当めっちゃ美味そうやん」


 蒼ちゃんが、上手に海苔を着られていない手巻き寿司を頬張りながら、羨ましそうにマルオの弁当を覗いた。


「めっちゃ美味しいよ。彼女が作ってくれたの。ていうか、蒼ちゃんの【みんな、岳海蒼丸の作品見て‼】ってテンションと、コメント書き込む人のそれが一緒なんじゃん? ねぇ、がっくんのお弁当も美味しそうだよ」


 マルオが蒼ちゃんと拓海に「見てよ」と俺の弁当を指差した。


「えぇー。一緒なん? つか、いいなぁー。彼女のお手製弁当。てか、ホントだ。がっくんの弁当、めっさ美味そうな西京焼きが入ってる」


 俺の弁当の中身を確認した蒼ちゃんが、薄っすら笑うと、


「がっくんの彼女、なかなか渋いね」


 拓海もニヤニヤ笑いやがった。


「オカンの手作りだわ。安定して美味いわ。刺すぞ」


 だから、箸を逆手に持ち、蒼ちゃんと拓海と、巻き添えにしてマルオにまで襲い掛かる。


「ごめんて。そうやって母親の味方するがっくん、なんか好きだわ」


 蒼ちゃんが両手を合わせながら『なんか、好き』とか言うから、ふいに耳が赤くなってしまったところを、


「照れるなし」


 拓海に見られて笑われ、


「がっくん、かわいいな」


 マルオに愛でられる始末。そして、


「つか、俺とコメント書き込む人のテンションが一緒とは思えないんだけど。だって俺、作品を見て欲しい以外の自己顕示欲とか承認欲求とかそんなにないしな」


 俺がまだ恥ずかしがっている真っ最中だというのに、蒼ちゃんにアッサリ話を戻された。


「まぁ、分からんでもないわ。俺、引っ込み思案な人間って、絶滅してると思ってるし。女にさ『私、内気で言いたいことも言えないタイプなんだ』とか言われてもさ、このご時世SNSしてないヤツなんかいないじゃん。そいつのアカウント探してSNS見るとさ、ガンガン発信してたりするもんね。表で黙って裏でつぶやきまくりって、まじ萎むわ」


 拓海が蒼ちゃんの話に頷いた。


「見栄を張るなよ。そもそもそんなに大きくないだろ。萎む余地あんのかよ。拓海のなんて、なめこみたいなモンだろ」


 が、蒼ちゃんは自力で戻した話を、また散らかしてしまう。


「小さくてヌメヌメ」


 それが面白くて、マルオも被せてしまうから、


「今も大事に包み込まれている」


 俺も乗っかって、拓海が着ていたパーカーのフードを拓海の頭に被せると、きゅうっと思いっきり紐を引っ張ってやった。


「それはがっくんだろ、童貞が」


 顔の大半をフードに覆われた拓海が、何故か俺だけにど突き掛かってきた。明らかにチェリーである俺だけを狙った卑劣な犯行。許せない。因みに未だに蒼ちゃんがノーチェリーなのかは未確認。自分だけチェリーであることが確定してしまうのは、やっぱりキツくて聞けない。


「ていうかさ、そりゃあ、自己顕示欲とか承認欲求ってあると思うんだけどさ、みんなもっと気軽にSNSやってるんじゃない? なんかちょっとしたことを言いたい。でも友達に電話するまでもない。だからSNSに投稿。みたいな」


 俺が拓海に結構な仕打ちを受けているというのに、マルオが散らかった話を本題に戻した。


「友達に話すまでもない話を、知らない誰かに話したいことなんてある? 自己顕示欲がもう手に負えない状態やん、それ。末期やん」


 蒼ちゃんも「ごめんだけど、全然共感出来ないよ、マルオ」と俺の状態に興味も示さない。酷い。


「アレじゃん? 世界と繋がりたいってヤツじゃん?」


 俺と絡むのに飽きたのか、俺からパッと手を放し蒼ちゃんとマルオの会話に加わる拓海。酷い酷い。


「世界と繋がって、それから?」


 誰も相手にしてくれなくなってしまった為、俺も会話に混ざる。


「それな、がっくん。そもそも何の為に世界と繋がるの? ボランティアの呼びかけとか、お勧めの共有とか、何かの発見とか、情報交換とか、そういう善意で繋がるのは有意義だと思うんだけどさ、取るに足らない話とか、悪意のコメントとかで共感を得てどうしたいの? 例えばさ、芸能人の箸の持ち方がおかしかっただけで【育ちが悪い】とか【お里が知れる】とか叩かれてるの、よく見るじゃん。グロテスクなものとかさ、性的表現が過剰なヤツの放送への批判は当然だと思うんだけどさ。PTSDとか正しい知識がないと病気のリスクがあるわけだからさ。だけど、多少のマナー違反って別に見たところでこっちに被害はないじゃん。ちょっと不快になるかもだけど。『芸能人には影響力があるんだから、子どもが真似をする』とか変な正義感翳すヤツもいるけどさ、躾くらい自分でやれよって思わん? 芸能人より圧倒的に身近な親の方が影響力弱かったら、そっちの方が問題だろって思うわ。しかも、『じゃあ、子どもが真似するといけないので、殺人事件のドラマを作るのもダメなのか?』って言われたら、それは違うんでしょ、どうせ。何その匙加減。つか、たいした問題じゃないことにいちいちクレーム付ける人って、『私には寛容さが全くありません』って自ら公表している様なもんじゃん。お前、羞恥心をどこに置き忘れて来たんだよっていっつも思う。俺には無理だもん。恥ずかしくて絶対に出来ない。ダサいじゃん。ダサすぎるやん‼ 悪意とか、他愛もないことを呟かなきゃ気が済まない心境が理解出来ない」


 蒼ちゃんが「まじで意味分からん」と言いながら、それこそ海苔が意味の分からないくっ付き方をしている手巻き寿司を口に運んだ。


「確かに悪質なコメントをわざわざして、それに共感して欲しいっていう気持ちは理解しがたいけど、取るに足らないことをつぶやいちゃう人の気持ちは何となく分かるけどな。俺、今はめちゃめちゃ楽しいんだけど、岳海蒼丸でつるむ前まで、結構毎日つまんなかったのね。しょうもないことを呟いて、それに誰かが反応してくれると、なんか安心するんだよ。蒼ちゃんには分かんないかもしれないけど、そう人もいるんだよ。学校でいじめに遭ってる子とかなら尚更そうなんじゃない? たわいもない話、誰にも出来ないんだからSNSでするしかないじゃん。案外、心の拠り所になったりするんだよ、SNSって」


 蒼ちゃんに諭すように話すマルオ。しかし、


「イジメられっ子の逃げ場でもあるけど、イジメの悪口を言い合う格好の巣窟でもあるけどな」


 拓海が実も蓋もないことを言い、


「マルオみたいな考え方のヤツ以外は、自己顕示欲と承認欲求の塊だけどな。構ってよ‼ 注目浴びたいの‼ 的な」


 俺も救い様がないことを口にした。マルオが諭さなければならなかったのは、蒼ちゃんだけはなかったのだ。


「もう‼ がっくん‼ 拓海‼ 折角俺、いい感じに落としどころに落とせたと思ったのに‼」


 マルオが拓海と俺に軽く肩パンを入れた。


「オチが甘いよ、マルオー」


 その様子を見た蒼ちゃんが、自分が提議した話題だというのに他人事の様に笑った。


「まぁ詰まる所、みんな淋しいし、自分の好きなものにも嫌いなことにも同意して欲しいし、コメンテーターでも評論家でも何でもないのに、言いたいことはどうしても言いたいし、黙っていられないし、自分の思考が全てで否定されると癇に障る独りよがりな自己中で、他人の不幸は蜜の味だし、悪口は娯楽だし、隙あらば叩きたいし、隙が無くとも難癖付けて叩きつけたいんだよ。つか、クレーマーの意識さえないんじゃん? そういう人は。『注意してあげている私、素晴らしい』みたいな。恥ずかしいなんて気持ち、微塵もないと思うよ。自分が正義なわけだから」


 そして、最終的に拓海が絶望的な言葉で締め括ってしまった。


「何それ。そうなるともうお手上げやん。てか、やっぱそんなモンだよな。実際、芸能人の結婚の話題は一日で終わるのに、不倫の話は何週間も引っ張って、みんな嬉々として書き込みまくりだもんねー。てことで、それを踏まえてみんなに確認したいんだけど」


 蒼ちゃんが海苔の開けた名ばかりの手巻き寿司を容器に置いて、急に改まった。


「……え? 何?」


 拓海とマルオと俺とで『何事?』と顔を見合わせる。


「作品をネットに投稿するときさ、『アンチばっかりだったらすぐ削除しよう』って言ったじゃん、俺。確かに批判もされたけど、面白いって言ってくれる人もいて、それが凄く嬉しくて、俺はこれからももっともっと色んな人に見てもらいたいから、どんどん投稿していきたいと思ってるのね。でもさ、それは俺だけの気持ちじゃん。みんなはどう思ってるかなーと思って。嫌だったらハッキリ言ってね。俺たちの間に遠慮はまじで無用。この活動をしていく以上、アンチは絶対ついてくる。顔を出したくないって思うのも自然な考えだと思うし、活動を強制する気はないからさ。……強制はしないけど、辞めて欲しくもないんだけどね」


 蒼ちゃんが上目遣いで俺らを見た。


「何、最後の『強制はしないけど辞めるな』っていう矛盾。てか、俺は全然構わないよ」


 拓海が「心配すんなって」と蒼ちゃんの肩に腕を回した。


「拓海は出会った時から『役者になるんで』ってしゃあしゃあと言っていた男だからな。アンチとかどうでもいいタイプだろ。だから拓海には聞いてない。がっくんとマルオへの確認」


 蒼ちゃんが、勝手に肩組された拓海の腕を振り解いた。


「オイオイオイオイ。蒼ちゃんなんか『監督兼脚本家兼演出家になる』ってほざいてたじゃねぇか」


 拓海が「何だよ、しゃあしゃあって‼」と再度蒼ちゃんに絡みついた。


「違いますー。『監督兼脚本家兼演出家兼編集』ですぅー」


 蒼ちゃんが「そこんトコ、間違えないでー」と拓海のオデコを人差し指で突っついた。


「厚かましいな、オイ」


 拓海が蒼ちゃんの指を握り、自分の額から離す。


「てか、ちょっと黙ってよ、拓海。俺、がっくんとマルオの気持ちが聞きたいのに」


 今度は拓海の口に手のひらを押し当てた蒼ちゃんが、マルオと俺の顔を見た。


「確かにアンチコメントは悲しいし傷つくけど、俺もやっぱり一人でも多くの人に俺たちの作品を見て欲しい。だって、凄く面白いもん。蒼ちゃんが書く話は。拓海の演技も凄く上手だし、俺が作った道具とかも見てもらえたら嬉しいし、がっくんも……頑張ってるし‼」


 マルオも賛成の意を表したが……引っかかる。非常に引っかかる。


「がっくんも……頑張ってるもんな‼」


「うん。頑張ってる頑張ってる」


 蒼ちゃんと拓海への褒め言葉はスラスラ出てきたのに、俺へ掛ける言葉が見つからず、無理矢理捻り出したマルオの言葉に、蒼ちゃんと拓海がケタケタ笑った。


「暗に無能をディスってくるなし」


 マルオに肩パンを入れると、


「で? がっくんは? どうしたい?」


 蒼ちゃんが「暴力はやめなさい」と俺の拳を握って下ろした。


「別に俺の意見なんか聞かなくても、多数決でもう決まりやん。反対したところで意味ないやん」


 蒼ちゃんに握られた拳をするりと抜き取り、弁当を持ち上げ食事を再開。


「大事な事案は四人の意見が一致しない限りやらない。四人全員が納得しないものはやらない。四人が同じ方向を見ていなきゃ意味がないから」


 俺は口いっぱいにご飯を詰め込んでいるのに、蒼ちゃんは手巻き寿司を手に取ろうともせずに俺の目を見た。


 拓海とマルオも食事の手を止めて、俺の方を向いている。


 なんか、嬉しかった。俺だけ岳海蒼丸に何も貢献出来ていないのに、それでも必要とされている気がして、嬉しかった。


 ペットボトルのお茶に手を伸ばし、口の中のものを流し込む。


「次はどんな髪にしようかな」


 三人にニヤリと笑って見せると、蒼ちゃんとマルオはハイタッチをし、


「次もやんのかよー」


 拓海は呆れながら笑った。


 本当にこの四人でいるのは楽しい。飽きない。


 毎日毎日四人でアホなことをしながら、俺らは無事に二年になった。


 クラス替えではマルオだけ理系クラスに行き、俺は一般文系クラス、頭の良い蒼ちゃんと拓海は同じ特進文系クラスになった。


 ウチの学校は、理系から文系への転科、その逆。若しくは特進の授業について行けずに一般クラスへ下がる生徒。稀にその反対が少数いるが、その他は二年から三年へとそのままクラスが持ち上がる。


 つまり、もう俺ら四人が同じクラスになる可能性は限りなく低い。


 高校に入り、誰とも同じクラスになれなかった俺とは違い、一年ではマルオ、二・三年では拓海と同じクラスになれた蒼ちゃんを『蒼ちゃんは何か持ってるんだよな』と、羨ましいとかではなく『やっぱりな』という謎の納得をした。


 そしてやってきました。二年の夏休み。また岳海蒼丸の撮影が開始される。


 例によって、前日に拓海を抜いて作戦会議。


「どうやって拓海を驚かそうか」「それは拓海も笑うわ」


 などと、最早視聴者そっちのけで拓海をいかに楽しませるかに焦点を合わせ出す、蒼ちゃんとマルオと俺。


 早く拓海に自分の頭を見せたいし、蒼ちゃんとマルオの出来栄えも気になって、明日になるのをワクワクしながら待った。


 当日になり、ウキウキしながら集合場所に蒼ちゃんの家に。


 蒼ちゃんの部屋のドアを開けると、既に拓海とマルオが到着していた。


 拓海が俺の頭に視線を送り、


「やっぱりがっくんもか。イヤ、分かってたけどね」


 怒る気にもならなかったのか、「お前らはまた……」と言って笑った。そして、


「一人ずつ聞くわ。まず蒼ちゃんね。蒼ちゃんって、子犬を助けて死ぬ心優しい生徒会長の役だよね。赤髪パンチっておかしくね?」


 拓海が「怖いわ」と言いながら、まず蒼ちゃんの髪型を指摘。


「いつも行ってる美容室じゃなくて、わざわざ理容室行ってきたからなー」


 蒼ちゃんが「凄いだろ。ロールされた髪がキッチリ犇めき合ってるだろ。触ってもいいよ」と俺たちに自分の頭を差し出した。


 マルオと俺は「凄い凄い」と蒼ちゃんの頭を撫で回したが、拓海は触りもせず、


「次。がっくん。シャバに出てきた更生中の板前なの?」


 黄色の角刈り頭の俺の髪に目をやった。


「俺も理容室に行ったんだよ。蒼ちゃんに会わなかったね。どこの店に行ったん?」


 蒼ちゃんに「剃り込み、凄くね?」とこめかみ付近を見せると「まじじゃん。やばー」と蒼ちゃんが笑った。が、やはり拓海は乗って来ず。


「はい、最後。マルオ。……どうしたんだよ」


 拓海がマルオの頭のインパクトに腹を抱えて笑った。


「イヤ。本当はアフロにする予定だったんだけどね。圧倒的に髪の長さが足りなくて……」


 マルオが紫色に染まった縮れ毛頭をポリポリと掻いた。


「イヤ、やる前に美容師さんに言われただろ。『この長さじゃアフロにならないよ』って」


 拓海が「ヒィヒィ」と笑いながら、「どう考えても短いわ」とマルオの髪を指で摘まんだ。


「マルオの頭に紫の陰毛が突き刺さってる」


 マルオの奇行に俺も笑うと、


「モザイク編集、結構だるいんだからなー。マルオ、出番多いのにー」


 蒼ちゃんも一緒になって爆笑。


「でも、インパクト大でしょ」


 みんなが笑ったことに満足そうに、マルオがドヤった笑顔を見せた。


 今回の撮影も楽しかった。意見をぶつけ合いながらいっぱい笑った。


 そして出来上がった作品を、いつものサイトに投稿。


 コメント欄にはやはり賛否両論が飛び交った。


 しかし、またも蒼ちゃんが花さんのアカウントを使って嫌味コメントを送信し、【アンチコメを書くヤツ=小さい人間】の図を作り上げ、燃え上がるコメント欄を鎮火させた。


 単純な俺らは、高評価が増えると味をしめてしまう。


 冬休みの撮影時には、蒼ちゃんは赤髪テリテリ七三に、俺は黄色のドレッドにして、拓海に「がっくん、頭からうんこぶら下がってるよ」と言われ、マルオは、


「マルオ、最強すぎる‼」


 紫色のウィッグを三つ編みにして被って現れ、みんなに絶賛された。


「イヤもう、髪型のバリエーションが全く浮かばなくて……」


 と言うマルオにみんなで、


「そっちの方が浮かばんわ」


 とツッコミを入れたのは言うまでもない。四人の中で一番穏やかで良識のあるマルオは、たまに爆発的に面白いことをしてくる。だから俺らはマルオのことが大好きなんだ。


 そんなマルオに負けじと、蒼ちゃんが白Tにマジックで【くるみ命】と手書きして着だした。


 この意味不明なTシャツは、動画投稿時もコメント欄の話題になった。


【くるみって誰?】【食べ物のくるみじゃないの?】【蒼ちゃんの彼女じゃない?】【蒼ちゃん推しなのに、なんかショック】


 などと、謎の人物【くるみさん】に視聴者は困惑。しかし、蒼ちゃんは当然の様に正解を教えたりはしなかった。が、


「うわー。当てた人がいるー」


 昼休み、今日も四人で昼飯を食っていると、蒼ちゃんがタブレットに覆い被さる様に倒れ込んだ。


 コメント欄には、【くるみって、がっくんの【く】とマルオの【る】と拓海の【み】じゃない?】と書かれていた。


「まぁまぁ。でも、見てよ。みんなの奇抜な頭とくるみTのおかげで、視聴回数が前回の倍だよ」


 マルオが「よしよし」と蒼ちゃんの背中を摩って宥める。


「ホントだー。何気に過去の動画の再生回数も伸びてるやん」


 俺も「見ろって、蒼ちゃん」と、蒼ちゃんの背中を撫でる。


「地味にsubscribeも増えてるから」


 少し元気を取り戻した蒼ちゃんが、「ここも見ろ」とチャンネル登録者数を指差した。


「おぉッ‼」「そろそろ俺らも、道を歩いていたら知らない人に声掛けられたりするのか⁉」


 蒼ちゃんの指先に記された人数を見て、マルオと盛り上がっていると、


「折角いい波には乗れているのに、また一年は作品作れなくなるな。俺ら、受験生だから」


 拓海が一気にマルオと蒼ちゃんと俺のテンションをぶち下げた。


 中でも、マルオの表情は一際暗い。


「みんなは進路、どうするの? 作品作りが出来なくなるのは一年だけなの? 高校卒業したら岳海蒼丸はどうなるの?」


 マルオが不安そうな目をしながら、蒼ちゃんと拓海と俺を見た。


「俺は東京の大学に行く。大学に行きながらオーディションを受けまくる。もちろん岳海蒼丸の作品作りもやる。こっちに戻って作る時間なんかいっぱいあるよ。大学の方が休み多いんだから。マルオはどうするの?」


 拓海が「心配すんなって」とマルオの頭をクシャクシャと撫でた。


「俺は、工学部に行くことは決めてるんだけど、大学をどこにしようか迷ってる感じ。がっくんは?」


 中学の頃からぶれない進路を口にしたマルオが、俺に話を振った。


「俺はまださっぱり考えてない」


 そして俺も、中学の頃から全く変わらず、将来について何も考えていなかった。


「イヤ、そんなことだろうとは思ってたけどさぁ」「ダメじゃん、がっくん」


 拓海とマルオが俺に盛大に呆れる。


 二人に言われなくても、将来をちゃんと考えなければいけないことなど分かっている。でも、拓海やマルオや蒼ちゃんみたいに、自分のやりたいこと・なりたいものが分からないんだ。どうすれば見つかるのかも分からない。三人は、どうやって見つけたのだろう。


 ただ、はっきり分かっているのは、『俺も岳海蒼丸の活動は続けたい』ということだ。


 岳海蒼丸の名付け親である蒼ちゃんが、まだ進路について話していないなと思い、『次は蒼ちゃんの番ですよ』的な視線を蒼ちゃんに送る。


 まぁ、聞かずとも蒼ちゃんが東京に行くだろうことは分かっているけれど。


「あのさ」


 俺の視線に気付いた蒼ちゃんが口を開いた。


「みんなで東京に行かないか?」


 蒼ちゃんが、拓海とマルオと俺の顔を見渡した。


「実は今日の授業中にこんなDMが来たんだよ。調べてみたんだけど、多分本物」


 蒼ちゃんが自分のスマホを俺らに差し出した。


「……Sプロダクション」


 拓海が興奮気味に、食い入る様に蒼ちゃんのスマホの画面に並ぶ文字を凝視した。


「拓海は知ってると思うんだけど、まぁまぁ名前が通っている芸能事務所なんだよ、そこ。事務所の人がネットで俺らの作品を見てくれたみたいでさ。一度会って話がしたいって」


 蒼ちゃんが、芸能界にそんなに興味のないマルオと俺に説明。


 蒼ちゃんの話に「へぇー」「ふーん」などと相槌を打っているマルオと俺の横で、


「で、いつ会う約束なん⁉」


 拓海は目を輝かせながら、飛びつく様に蒼ちゃんの肩を掴んだ。


「拓海はちょっと静かにしてて。拓海の気持ちは聞かなくても分かってるから。がっくんとマルオはどうしたい? 乗り気じゃないなら、無理に俺らに合わせる必要ないから。進路に関わることだから、真剣に考えて」


 蒼ちゃんが、「落ち着きなさい」と肩の上にある拓海の手を退けると、マルオと俺に真面目なトーンで話し掛けた。


「事務所に入れば、岳海蒼丸の作品がもっとたくさんの人の目に留まるチャンスがあるってことだよね? それは凄く良いことだと思う。俺はこれからも岳海蒼丸で作品を作りたいし、多くの人に見て欲しい。……でも、進学はしたい。建築の勉強はしたいんだ。欲張りで我儘なことを言っているのは分かってるんだけど……」


 マルオが床に視線を落として肩を窄めた。


「別に欲張りでも我儘でもなくない? そんなことを言ったら蒼ちゃんなんかどうなるの? 俳優兼カメラマン兼……何だっけ?」


 申し訳なさそうにするマルオを、蒼ちゃんを引き合いに出して肯定しようとしてみたが、欲張りすぎる蒼ちゃんが結局何者になりたいのか分からなくなってしまった。


「初っ端から全部違うやん、がっくん。俺がなるのは、監督兼脚本家兼演出家兼編集‼」


 蒼ちゃんは、「勝手に俺の将来を変えてくれるな」と俺に水平チョップを喰らわせると、


「それは心配しなくても大丈夫だよ、マルオ。先方には、今までのスタンスを変えたくない旨は伝えようと思ってる。俺も大学進学するつもりだし。俺、監督兼脚本家兼演出家兼編集には絶対になるけど、成功するかどうか分かんないもんね。勉強して、何かしらの資格取って、『コケても生きて行かれるから‼』って親を安心させたいしね」


 マルオの肩にポンと手を乗せた。


「俺も進学しなきゃなぁ。事務所に入ること自体は多分、オカンもオトンも反対しないと思うけど、『保険は絶対に掛けろ』って言われるだろうからなぁ」


 高校受験を思い出し、遠い目をしながら「進学しようにも頭の調子がなぁ。どこに行けばいいの。どこなら入れてくれるの、俺のこと」と呟く俺の隣で、


「俺、やっぱ大学行くの辞める。事務所に入れるなら大学には行かない。一刻も早く役者になりたい」


 特進クラスの拓海が突然、進学しないと言い始めた。


「拓海ー。俺たちの話、聞いてなかったのかよ。今、役者一本に絞るのはどうかと思う。拓海には華があるし才能もあると思う。もちろん応援だってする。でもさ、売れるかどうかは博打だよ。何の保証もない。もしダメだった時の拓海の人生の責任を、誰が負うの?」


 マルオを宥めたばかりの蒼ちゃんが、「早まりなさんな」と今度は拓海の説得に掛かる。


「蒼ちゃんに俺の人生の責任を取れなんて言わんし。蒼ちゃんの言ってることは正しいと思うよ。でも、それは蒼ちゃんの価値観だろ。蒼ちゃん言ってたじゃん。『価値観を押し付けるな』って。保険のない人生が不幸だなんて、俺は思わない。後がないから頑張れることだってあるんじゃないの?」


 だけど、拓海は蒼ちゃんの話に同意しなかった。


「拓海に何を話しても『それは蒼ちゃんの価値観』って言われるだろうけど、やっぱ嫌なんだよ、俺は。拓海には成功して欲しい。てか、マルオもがっくんも上手く行って欲しい。でも、願えば、努力すれば必ずしも叶うものでもないだろ。もし、もしも良い結果が得られなかった時、三人が倒れてしまうのは絶対に嫌なんだよ。後がないから頑張れることもあると思うよ。でも、後があったって頑張れるだろ? 拓海は」


 それでも蒼ちゃんは拓海に訴え続ける。


「でも蒼ちゃん。時間は無限じゃないんだよ。チャンスだって何度も巡っては来ないんだよ。今しかないと思うんだよ」


「…………」


 拓海の切なる想いに、蒼ちゃんは言葉を消した。


「事務所との打合せ、いつなの?」


 進学どころか高校さえ中退してしまいそうな勢いの拓海が、「早く会いに行こう」と蒼ちゃんを急かす。


「まだ決まってないよ。今日DM貰ったばっかだし。つか、俺ら17だよ。保護者の同意が絶対条件。拓海、親を説得出来るの?」


 蒼ちゃんは、夢に突っ走ろうとしている拓海を心配そうに見つめた。


「出来るよ。てか、するよ。俺の人生だよ。誰にも邪魔させない」


 さっさと家に帰って家族に話したい様子の拓海が、鼻息を荒げた。


「提案って、【邪魔】なの?」


 蒼ちゃんが寂しげな表情を見せた。


「それ、アンチの言い分と一緒だよ。蒼ちゃん」


 最早聞く耳を持たない拓海。


「一緒じゃないだろ。俺は拓海を不快にさせたいわけじゃない。悪意も敵意もない。重箱の隅を突く様な話をしてるわけでも、揚げ足を取っているわけでもないだろ。重要な話だろ。拓海の将来の話じゃん‼ 拓海の人生の話じゃん‼」


 蒼ちゃんも声を荒げ出す。


「一緒だよ‼ 邪魔だよ‼ 俺の人生に口出しすんなよ‼ 余計なお世話なんだ

よ‼」


 拓海が立ち上がり、ひとりでどこかに行ってしまった。


「拓海の気持ちも解るんだよなぁ」


 拓海が去って行った方向を眺めながら呟く俺に、


「でも、蒼ちゃんの言うことも尤もなんだよね」


 マルオが「どっちの肩も持てちゃうから、どちらかの味方にはなれないよね」と頷いた。


「拓海は俺の下心を見抜いたから怒ったのかも」


 蒼ちゃんが「何気に鋭いからな、拓海は」と自分の頭をクシャっと掻いた。


「ん?」「下心?」


 素直なマルオと能天気な俺は、蒼ちゃんの言う【下心】が何なのか分からず、顔を見合わせた。


「俺さっき、『拓海のことを想って風』に話したけど、本当は全部自分の為。俺、自分が作った話を形にしたくてみんなを巻き込んでさ、事務所にまで一緒に入ろうとしてるわけじゃん。何かあったところで三人が俺を責めるような人間じゃないことは分かってるけど、それでもどうしたって責任を感じるじゃん。それを回避したいっていう俺の気持ちを、拓海は察したんだと思う」


 蒼ちゃんが「意地汚いとは思うけど、それでもやっぱ嫌なんだ。俺が手を貸してどうにかなる範囲ならいいけど、俺の力なんかたかが知れてるし」と、さっきまで拓海が座っていた場所に視線を落とした。


「蒼ちゃんは優しいねぇ。俺たちのことをそんな風に考えてくれてたんだねぇ。誰も蒼ちゃんのことを意地汚いなんて思ってないよ。拓海だって、自分の気持ちを譲れないだけで、蒼ちゃんは自分を心配して言ってくれてるんだって、ちゃんと分かってると思うよ。拓海は頭の悪い人間じゃないもん。ねぇ、がっくん」


 マルオが俺に同意を求めながら、宥める様に蒼ちゃんの背中を摩った。


「うん。確かに髪色奇抜にさせられたり、散々巻き込まれてる感はあるけど、でもそれは楽しいからみんな蒼ちゃんに乗っかってるわけで、嫌ならやらないしな。巻き込まれたくて自発的に岳海蒼丸にいるわけだし。それにさっきチラっと調べたらさ、Sプロって姉ちゃんの好きな俳優が所属してるんだ。姉ちゃんに話したらどんな顔するのか楽しみで楽しみで、早く家に帰りたい」


 スマホにSプロ所属タレント一覧を映し出し、「因みにこの人ね」と指を差しながら蒼ちゃんとマルオに見せると、


「おぉー‼ ビッグネーム‼」


 マルオは拍手し、


「まじか⁉」


 蒼ちゃんは目を見開いた。


「え? 蒼ちゃん、知らなかったの?」


 マルオが、驚く蒼ちゃんに驚いていた。


「普通、一番最初に所属タレント確認しない?」


 俺も蒼ちゃんにツッコむ。


「えぇー。見なくね? 事業内容とか提携会社とかしか目通ししてないわ」


 表に出るのが嫌いなわけではないとは思うが、どっちかというと裏方志望の蒼ちゃんは、どんな有名人が所属しているかなど興味ないらしい。


「やっぱ、変わってるわ。蒼ちゃんは」


 目の付け所の違う蒼ちゃんに感心する俺に、


「流石だよね」


 マルオがコクコクと首を縦に振った。


「変人扱いすんな。つか、今日家族に話したら結果教えてね。てことで、もうそろそろ昼休みが終わるから一旦解散‼」


 蒼ちゃんを笑うマルオと俺の頭を軽く叩くと、「次、移動教室だった」と言いながら蒼ちゃんがスクっと立ち上がった。


「昼休み、短すぎるだろ」


 しかし、授業など受けたくない勉強嫌いの俺の腰は重い。


「はい、行きますよ」「さっさと立て」


 そんな俺の両腕を、マルオと蒼ちゃんが持ち上げ、無理矢理立たせられ、引きずられ、歩かされた。


 こんな平々凡々な俺らが、芸能事務所に所属……。全く想像が出来ない。


 その夜、帰宅しSプロから『会ってみたい』って言われてると家族に話すと、歓喜した母と姉に抱き付かれ、保険大好きな父には『大学にさえ行ってくれれば、あとは好きにしたらいい』と言われた。


 母と姉と抱き合ったのは、多分小学校の低学年以来だと思う。


 岳海蒼丸にいると、度々この様なミラクルが起きるから面白い。


【ウチは問題なくOKだった】


 と岳海蒼丸のグループLINEにメッセージを送ると、


【俺の親も賛成してくれた。彼女も喜んでくれた】


 それにマルオが反応し、全く以て不要な彼女の心情まで報告してきた。


【俺らに彼女自慢するとはいい度胸だ、マルオよ。もちろん俺ん家も大丈夫】


 だからすかさず蒼ちゃんにツッコまれた。


 ……が、その後二時間経っても拓海だけは返信がないどころか、既読にさえならなかった。


 拓海、進学しないとか言ってたから、親と揉めてるのかなぁと心配しながらも、風呂に入って、アイス食って、部屋のベッドでゴロゴロしていると、フローリングに適当に転がせていたスマホが光った。


【拓海が家出したまま帰って来ないらしい。俺、ちょっと探してくるから、拓海から何か連絡が来たら教えて】


 蒼ちゃんからのグループLINEだった。


【俺も探す】


 マルオが即座に返信。


【俺も行く】


 寝間着のジャージで、半乾きの髪のまま家を飛び出した。


 どこを探せばいいのか分からず、取りあえず拓海のバイト先のコンビニに行くと、蒼ちゃんとマルオも来ていた。考えることはみんな同じだったらしい。


「中に入って探したけどいなかった」


 蒼ちゃんが俺の顔を見て、左右に首を振った。


「と、なると女の家かぁ……」


 未だ彼女が出来たことのないフレッシュチェリーな俺の口が、「チッ」と無意識に舌打ちをした。


「拓海の女って、誰?」


 マルオが「クラスの子?」と蒼ちゃんに尋ねるが、


「拓海の女って、どれ?」


 拓海と同じクラスの蒼ちゃんは、クラスの女子の顔を脳内に浮かばせると、そこにハテナマークも同時出現させてしまった。


 予想通りではあるが、拓海はクラスでモテモテらしい。


「これだから、ちょっと顔が良い男は厄介なんだ」


 拓海のことは心配ながらも、やっぱり羨ましい俺は舌打ちの次は貧乏揺すりまで初めてしまう始末。


「イヤ、女のところにいるとは限らないでしょうよ」


 俺の足を「揺らしなさんな」と止めるマルオの隣で、蒼ちゃんのスマホが鳴った。


 ポケットからスマホを取り出し、画面を確認した蒼ちゃんが「姉ちゃんだ。ちょっとごめん、出るわ」と律儀に俺らに断りを入れると、スマホを耳に当てた。


「……そっか。良かった。すぐ戻るね」


 花さんと短い会話をして電話を切ると、蒼ちゃんがしょっぱい顔をして俺たちを見た。


「拓海のことだから、女のところじゃなかったら、俺らが出会った中学に忍び込んで、あの時と同じ席に座って黄昏れてるっていうベタなことをするかと思いきや……俺ん家に来てるらしい。なんでウチやねん」


 呆れながらも、ホッとした顔を見せる蒼ちゃん。


「やりそー。拓海、そういうのやりたがりそー。俳優志望だし。でもまぁ、見つかって良かったじゃん」


 笑いながら蒼ちゃんに頷くと、


「そうだよ。それに今は学校のセキュリティ厳しいから、漫画とかドラマみたいに簡単に入れないからね」


 マルオも胸を撫で下ろした。


「とりあえず、ウチに行きますか」


 蒼ちゃんがマルオと俺の肩に腕を回した。


「行きますか。拓海、人騒がせな奴め」


 と、俺も蒼ちゃんの肩に腕を絡ませ返す。


「ねぇ、ウチらこんなテンションなのに、拓海泣いてたらどうする?」


 一応俺らと肩組みをしたものの、優し過ぎるのか、心配症なのか、マルオは「もう少し明るさ抑えめで行かない?」と、拓海を慮った。が、


「あ、おかえりー」


 蒼ちゃんの家に行き、リビングに入ると、マルオの気など知るはずもない拓海が、花さんに作ってもらったであろうおにぎりを、元気良くほっぺたに蓄えていた。


「おかえりて。お前ん家じゃねぇわ。俺ん家だわ」


 蒼ちゃんがパンパンに膨らむ拓海の頬を指で押した。 


「卵焼きとウインナー、多めに焼いておいたから、蒼ちゃんの部屋に持って行ってみんなで摘まんで」


 花さんが、卵焼きとウインナーが入った皿と、ペットボトルのお茶と、四人分の箸を乗せたトレーを蒼ちゃんに渡した。


「ありがとうございます。なんか、すみません。お姉さん」


 蒼ちゃんが言う前に、拓海が花さんにお礼をしてしまうから、


「だから、拓海のお姉さんじゃない。蒼ちゃんの姉‼」


 拓海の後頭部を軽く突いてやった。


「やめてよ、がっくん。食事中に頭揺らさないで」


 俺の手を払いながら、モリモリおにぎりを食べる続ける拓海を目にし、


「……落ち込んでないやん。食欲旺盛じゃん」


 マルオは「イヤ、元気で 何よりなんだけどさ」と、しょっぱい顔で笑った。


「つか、何でわざわざケンカ中の俺ん家に来て、メシ食ってるんだよ。普通、がっくんかマルオの家に行かね?」


 蒼ちゃんが「残りのおにぎりは俺の部屋で食え。移動するぞ」と、拓海の前に置かれたおにぎりの皿をトレーに乗せた。


「ケンカなんかしてないじゃん。意見が合わなかっただけじゃん、俺ら」


 拓海がキョトンとしながら立ち上がる。


「はぁ⁉ 俺のこと『邪魔だ‼』って言ったくせに」


 蒼ちゃんもキョトン返す。


「……あぁ。言ったわ。それは俺が悪いわ。まじゴメン。考えなしに言ってしまったわ。だってさぁ、誰も俺に同意してくれないんだもん。親に話したら、蒼ちゃんと全く同じこと言われたわ。で、キレて財布もスマホも持たずに飛び出してしまったわ。ホント、良くない。短気なの、良くないわ。分かってるのになー。直らないんだよなー、俺の気の短さ。それに、岳海蒼丸の集合場所って言ったら、蒼ちゃん家じゃん? ここに来たらみんないるかなぁと思ったら、蒼ちゃんすらいなかった」


 拓海が「すまんすまん」と両手を合わせた。


「拓海のそういうトコ、好きだけど。俺は。でも、心配させんなよ。電話も繋がらないから結構焦ったんだからな。つか、拓海を短気だと思ったことないけど。何しても笑って流してくれるじゃん。今回はさ、どうしても周りの意見を飲めなかっただけだろ? まぁ、だとしても、俺も拓海の親と同じことをもう一度言うんだけど」


 蒼ちゃんが『フッ』と息を漏らして笑うと、「とりあえず、俺の部屋に行こうって」と肘で拓海の腕を突いた。


「みんな、ごめんな」


 拓海は歩こうとせずに、マルオと俺にも手を合わせた。


「本当いい性格してるよ、拓海は。さすがイケメンだわ」


 拓海の潔さに俺も噴き出しながら「歩け歩け」と拓海の背中を押と、


「俺、割とネチネチしてるタイプだから、拓海が羨ましいわ」


 マルオも笑いながら、俺らの後を歩いた。


「マルオはネチネチっていうより、ちょっとだけクヨクヨしがちなだけだろ」


 蒼ちゃんが立ち止まり、クルっと振り返るとマルオを見た。拓海と俺の足も自然に止まり、


「うんうん。俺もマルオをネチっこいと思ったことない」「俺も全くない」


 二人でマルオの言い分を否定すると、


「泣きそうになるからやめてー。ありがとうねー。みんな優しいよねー」


 マルオは耳を赤くして下を向くと、顔を隠しながら両手を広げ、俺ら三人を纏めて後ろから押した。


「何で泣こうとするん?」


 わけが分からず、マルオの顔を覗こうとする俺の頭に、


「なんでこの流れで分からんかな。文脈で読み解けよ。本を読め」


 蒼ちゃんが「いいから歩け」とチョップを入れ、蒼ちゃんの隣では、


「泣きたいのは俺だろうよー」


 拓海が思い通りに行かない現実を嘆いた。


 そんな拓海の願いを叶えるべく、蒼ちゃんの部屋で話し合うことに。


「そんなに大学って大事?」


 拓海が再びおにぎりに手を伸ばし、噛り付いた。


「経済的に問題がないなら、行っておいた方が良いと俺は思う。【安定】って言葉、拓海は好きじゃないかもしれないけど、【安心】って大事だと思う。何か知識があれば、資格があれば、それが安心に繋がって、保証のない道でも思いっきり進める気、しない?」


 蒼ちゃんが諦めずに拓海の説得を試みる。


「蒼ちゃんの言うことも親の気持ちも、理解は出来るんだよ、俺だって。でもさ、後悔したくないんだよ。やれる時に出来るはずだったことが出来なくなるのは、我慢出来ないよ。納得出来ない」


 拓海も拓海で蒼ちゃんに共感を求めた。


「……じゃあさ」


「蒼ちゃーん。拓海くんのお父さんが拓海くんを迎えに来たよー」


 蒼ちゃんが何かを話そうとした時、ドアの向こうから花さんがノックをしながら蒼ちゃんを呼んだ。


「え⁉ 何で⁉ 誰か俺ん家に電話した⁉」


 拓海が蒼ちゃんとマルオと俺の顔を見渡す。


『してないしてない‼』


 三人共首を左右に振って否定。


「……と、言うことは……」


 蒼ちゃんが眉を顰めながら、部屋のドアを開いた。


「姉ちゃんが拓海の家に電話したの?」


「うん。拓海くんのご家族が心配してるだろうなと思って」


 蒼ちゃんの問いかけに、『良いことしました』的な満面の笑みを浮かべながら答える花さん。


「……そっか」


 小さな溜息を吐いた『ふぅ』と蒼ちゃんが、「ゴメン」と両手を擦り合わせながら振り向いた。


 事情を知らない花さんを責めるわけにもいかない俺らは、「いいよいいよ」と苦笑いするしかない。


「……とりあえず、リビングに戻ろうか」


 蒼ちゃんが「結局何も解決してないけど」と、眉毛を中央に押し寄せたせいで、激しく波打つ眉間を摩った。


「……行きたくねー」


 頭を掻き毟りながらしぶしぶ立ち上がる拓海を、


「大丈夫大丈夫」「今度はキレずに話し合おうな」


 とマルオと俺とで宥めながら、四人で蒼ちゃんの部屋を出た。


 リビングに戻ると、拓海のお父さんが険しい顔をしながら、蒼ちゃんの両親と向かい合わせでソファに座っていた。拓海のお父さんは俺らに気付くと、


「今ほど蒼汰くんのご両親ともお話したんだけどね、今は拓海にとって大事な時期なんだ。作品作りは楽しくて仕方ないのかもしれない。今後絶対にやるなとは言わない。でも、今は拓海を巻き添えにしないで欲しい」


 俺らに強めの口調で釘を刺し、


「遅くに他人様の家に迷惑を掛けるんじゃない」


 と拓海の手首を掴んで引っ張った。


「放せよ‼ 何だよ、その言い方‼ 巻き添えって何だよ‼ 俺の大事な仲間を悪者みたいに言ってくれるなよ‼」


 拓海が父親を睨みつけながら、思い切り手を振り払う。


「別にいいから‼ 俺らは何言われても構わないから‼」「そうだよ‼ 大丈夫だから‼」


 俺とマルオで「落ち着け、拓海」と、拓海の背中を撫でる。しかし、蒼ちゃんは俺らに目をやることなく、拓海のお父さんを見つめていた。


「……もし」


 そして、ゆっくり口を開く蒼ちゃん。


「もし、拓海が大学に行くと決意したなら、拓海の夢を応援してくれますか? 事務所に所属することを承諾してくれますか?」


 蒼ちゃんが、刺さりそうなほど真っ直ぐな視線を拓海のお父さんに送る。


「……そうだね。ちゃんと勉強して、万が一の時に役に立ちそうな資格の一つでも取ってくれたら、文句を言うつもりはない」


 蒼ちゃんの眼差しに少しだけ動揺を見つつ、拓海のお父さんが頷いた。


 拓海のお父さんは、頭ごなしに俺らの活動に反対しているわけではないらしい。


「ねぇ、拓海。進学しようよ。拓海のお父さん、拓海の夢に反対しているわけじゃないじゃん」


 マルオが拓海の腕を掴んで揺する。


「勉強している隙に、チャンスが逃げて行ったらどうするの? 勉強しながらじゃ無理なんだよ」


 拓海がマルオに切ない表情を向けると、拓海の気持ちを解っているマルオは、苦しそうな顔をしながら、何も言えずにただ掴んでいた拓海の腕を摩った。


「……進学は、今じゃなくても出来ますよね? 何歳からでも出来ますよね? 夢に向かって頑張ってみてから考えても良いのではないでしょうか? 通信教育で勉強するっていう手もあるかと……」


 拓海と拓海のお父さんが納得できる妥協点はないかと、四人の中で一番頭の悪い俺も、何かないかと案を絞り出してぶつけてみる。


「そうだね。齢を取ってから学校に通ったりする人も確かにいるよね。そういう人は本当に素晴らしいと思うよ。でも、そんな人間は限りなく少ない。何でか分かる? 若ければね、周りと同じ環境に流されて勉強が出来てしまうんだよ。でもね、齢を重ねてしまうとね、『今更……』って躊躇してしまう人間がほとんどなんだよ。若者の中に入って行くにも勇気が必要だったりね。それに、大人になれば環境だって変わる。若い時ほど自由に使える時間が圧倒的に少なくなる。勉強する時間を確保することが難しくなる。勉強に打ち込んでいる大人はね、若い学生に比べて勉強に対する熱意と意識が高いんだ。拓海が大人になった時、そんな意識が持てると思う? 君たちなら持てる? 勉強は若いうちにした方が、間違いなく負担が軽い」


 拓海のお父さんの話に納得出来ない部分は一つもなく、拓海のお父さんが拓海を想って話していることが分かり過ぎるほど理解出来てしまうから、言い返す言葉などあるはずもなく、拓海を庇うことも出来ない。俺もまた、口を閉ざしてしまうと、


「……拓海も、僕たちと一緒に大学に行きます」


 蒼ちゃんが拓海の気持ちを無視して、拓海のお父さんに折れてしまった。


「何言ってるんだよ‼ 蒼ちゃんに俺の将来を決める権利なんかないだろ‼ やっぱり蒼ちゃんは、俺の味方じゃないんだな‼」


 拓海が蒼ちゃんの胸倉に掴みかかった。


「味方だよ‼ 俺ら三人とも拓海の味方だよ‼」


 蒼ちゃんが胸倉にある拓海の手を握った。


「じゃあ、何で⁉」


 蒼ちゃんに裏切られて悲しいのか、怒っているのか。泣きそうにも見える目をしている拓海をじっと見た後、蒼ちゃんは拓海のお父さんに視線を移した。


「僕は正直、初めから拓海のお父さんと同意見でした。でも、僕らにとっても拓海は大切で、大好きな仲間です。拓海を応援したいです。拓海に廻ってきたチャンスは、全部掴みに行って欲しいです。……だから、大学は四年では卒業出来ないかもしれません。八年掛けてでも卒業しますから、どうか拓海の夢を、見守っては頂けないでしょうか」


 蒼ちゃんが、拓海のお父さんに向かって深々と頭を下げ、腰を折り曲げた。


 何とかして拓海の夢を守りたい俺も、「八年あれば、何とかなるよな? 卒業出来るだろ?」と拓海に問いかけた後、拓海の返事を待たずに、


「お願いします。お願いします」


 と、蒼ちゃんに続いて拓海のお父さんに懇願。


「拓海の夢と、僕たちの活動を、どうかどうかご了承ください。お願いします」


 マルオも必死に拓海のお父さんに訴えた。頭を下ろしたままの俺らに、


「……何で俺のことでみんなが俺の親に頭下げてんだよ。俺を使って青春ドラマ風を味わうな、ばか」


 憎まれ口を叩いた後、拓海も父親に向かって頭を振り下ろした。


「みんなと一緒に入学しても、みんなと同時に卒業は出来ないと思う。それでも、ちゃんと勉強する。時間が掛かっても卒業する。約束する。だから、三人と一緒に事務所に入らせてください。お願いします」


 拓海の前髪は長いから、目は隠れて見えなかったけれど、拓海の足元にポタポタと水滴が落ちていて、それに気付いたマルオまで肩を揺らせ始めてしまうから、俺の目頭まで熱くなってきてしまうし、蒼ちゃんも鼻を啜り出してしまった。


「夢はね、例え破れてしまったとしても、自立が出来る術のある者が追って良いものだと、私は思ってる」


 顔を下に向けたままの俺らの頭上に、拓海のお父さんの言葉が降ってくる。


「夢に向かって信念を持って一途に努力するのは、素晴らしいと思う。でもね、周りの意見に耳を傾けられなくなるほど視野を狭めてはいけない。勉強をするって、無駄なことではないだろう? でも拓海は勉強する時間が足枷になると考えていた。拓海は昔から、少し頑固なところがあってね、たまに物事を柔軟に考えることが出来なくなる時があるんだ。そんな時は、容赦なく拓海を叱ってやってほしい。拓海は良い友達に恵まれた。これからも拓海のことを宜しくね。私は岳海蒼丸のファンだから、四人のことを応援するよ」


「……え」


 拓海のお父さんの言葉に、四人一斉に顔を上げた。


「実はネットに上がっている作品は全部見てるんだ。親の欲目かもしれないけど、凄く良く出来ていると思った」


 拓海のお父さんが俺たちの目を見ながら、ニコリと笑った。


「俺らの作品、見てたんだ……」


 拓海が目を丸くしながら呟く。


「知らなかったの?」


「何でだろうな。有名になりたい。大勢の人に見て欲しいって思うのに、親に見られるのは何か恥ずかしくて、ネットに上げてることは黙ってた」


 俺の問い掛けに、拓海は気恥ずかしそうにしながら頷いた。


「分かるよ。俺も彼女から作品の感想言われるの、嬉しいけどこそばゆいもん」


 拓海の肩を「うんうん」と同調しながらポンポンと叩くマルオに、


「ここでイチイチ彼女自慢を挟むな、マルオ」


 蒼ちゃんが「次言ったら前から攻撃するからな」とマルオのケツをペチンと平手打ちした。そして、


「よし‼ とりあえず、受験頑張ろうぜ‼ 大学受かって、事務所にも入って、岳海蒼丸の活動を本格化しよう‼ てことで、各々帰宅‼」


 蒼ちゃんが「泣き顔で帰ると家族が心配するだろうから、しっかり顔拭いてから帰りなさい」と俺らにボックスティッシュを差し出した。


 みんなで一斉にティッシュを取り出し、目を擦ったり鼻をかんだりしている時に拓海が、


「みんなありがとうね」


 なんてポツリと零すから、何故だかみんなの涙腺が崩壊し、何の涙か分からないものが止めどなく出てきてしまって、ティッシュ一箱じゃ追いつかない。


「八年猶予が貰えたんだ。しっかりチャンス、モノにしろよな」


 蒼ちゃんが拓海に肩パンを喰らわす。


「当然じゃ」


 拓海が目を細めて笑った。


 蒼ちゃんに『帰れ』と言われたのに、なかなかみんな泣き止めずにいると、


「……蒼ちゃん、『泊まりたいなー』って言ったら、迷惑?」


 マルオが女子の様な上目使いで蒼ちゃんに伺いを立てた。


「泊まりたいなー」「これからのこと、もう少し語り合いたいなー」


 マルオに続き、拓海と俺も気色の悪い上目使いで蒼ちゃんに迫る。


「その目、やめろ。男にされると厳しいわ。着替えは俺のを貸すし、布団も用意出来るけど、敷くのは各自でやるならいいよ。流石に親に三人分の布団のセッティングをさせたくない」


 蒼ちゃんが俺らの視線を手で振り払いながら避ける。


「そんなの当たり前じゃん」


 拓海が「イエーイ」と両手を上げると、


「俺、スウェットで来たから着替えいらーん」


 俺も一緒になって騒ぐ。


「さてさて、お布団はどちらに敷きましょうかね」


 拓海と俺の様子を横目に、ニコニコしながらお泊りの準備を始めようとするマルオの頭頂部に、


「仲居さんか。俺の部屋以外に選択肢ないわ。どこで寝る気だよ」


 蒼ちゃんがチョップしながらツッコんだ。


「てことで父ちゃんはひとりでご帰宅です」


 拓海が父親に向かってヒラヒラと掌をはためかせると、


「お前はもう……。他人様の厄介にばかりなって。騒がしくするなよ。静かに静かーに大人しくしてるんだぞ。これ以上迷惑を掛けるような真似は許さんぞ」


 眉を八の字にした拓海のお父さんが、その掌に軽めのグーパンを喰らわせた。


「拓海、ウチに泊めてもいいんですか? 連れ戻しに来たんじゃないんですか?」


 すっかり仲直りした様に見える拓海親子に蒼ちゃんが近づく。


「私が拓海を大学に行かせたいのはね、将来の安心の為もそうだけど、こんな風に仲間と楽しい時間を少しでも長く楽しんで欲しいからなんだ。社会人になると、なかなか難しくなってしまうから」


 拓海のお父さんは、蒼ちゃんに笑顔で頷くと「拓海がうるさくしたらガムテで口塞いでいいからね」とマルオと俺に笑いかけ、「拓海がご厄介になります。よろしくお願いします」と蒼ちゃんの両親に頭を下げると、ひとりで家に帰って行った。


「めっちゃいいお父さんじゃん」


「拓海の親だけあって、イケメンだしな」


 マルオに「うんうん」と同意すると、


「俺、自分の父親を【悪い】とも【不細工】とも言ったことないけど。カッコ良くて未だにモテるから割と自慢」


 拓海が、きっと父親がここに居たら恥ずかしくて言えなかっただろう言葉を口にしながら胸を張った。


「俺、拓海の家の近くで、拓海のお父さんが近所のおばさんから『実家から大根がたくさん送られてきたのでお裾分けですぅー』って色目使われてて、それを見た拓海のお母さんが臍曲げちゃって、ちょっと揉めてたの見たことあるわ」


 だから、蒼ちゃんが拓海のお父さんのモテエピソードを話すと、


「気を引くためのアイテムが大根‼」


 マルオが『ブフォ』と変な鼻息を吐きながら笑った。


「一本丸ごと漬けて沢庵にして持って来たらもっと面白かったのに」


 マルオに乗っかる俺に、


「それを『ピクルスですぅ』って言い張って押し付けるっていう」


 更に蒼ちゃんが被せる。


「ピクルスって漬物って意味だから間違ってないじゃん。まぁ、沢庵をピクルスって言われたらなんかイラっとするけどな。つか、もうウチの話はいいから、蒼ちゃんの部屋に布団持って行こうよ」


 自分の親の話でふざけ続けられるのがウザかったらしく、拓海が「移動するぞ」と俺らを促した。


 蒼ちゃんから布団を借り、みんなでそれを持って蒼ちゃんの部屋へ。


 蒼ちゃんはベッドで寝るかと思いきや、蒼ちゃんまで床に布団を敷き始めた。


「淋しがり屋かよ」


 と蒼ちゃんにツッコむと、


「急にひとりでフラーと作業しにいなくなったりするくせにね」


 俺の言葉にマルオが「ふふふ」と笑った。


「俺、真ん中ー」


 開き直った蒼ちゃんが、真ん中に敷かれた布団に潜り込む。


「写真とか動画の撮影は絶対端っこ陣取るくせに、こういう時だけなんなんだよ。俺も真ん中ー」


 真ん中が定位置である拓海も当然中央に。蒼ちゃんと拓海にはじき出されたマルオと俺が端の布団で寝ることになった。


 そして話すことはやはり進路について。


「受験ウザイ。勉強だるーい」


 岳海蒼丸イチのバカである俺が、枕に顔を埋めて嘆く。


「分かる。だから俺は推薦狙い」


 拓海が「よしよし」と俺の頭を撫でた。


「さっすが特進」


 蒼ちゃんの奥から太鼓を持つマルオに、


「イヤ、マルオだって理系で上位やん」


 拓海が褒め返すから、


「どうせ俺は一般クラスの中の下だよ。どうするんだよ、大学‼」


 苛立ち余って、拓海の頭の下から枕を引き抜き、それをマルオに向かって投げるという奇行に出てしまった。


「大丈夫だ、がっくん。俺に考えがある」


 蒼ちゃんがマルオを背中で護りながら、「落ち着きなさい」と俺を宥める。


「考えって何」


 拓海が布団から出て、蒼ちゃんの話を聞こうと胡坐をかくから、マルオと俺も蒼ちゃんの近くに座り直した。


「俺たちの作品って、賞も獲ってるしサイトの動画再生回数も結構多い方じゃん。それに、事務所にも所属しちゃうわけじゃん。言わば、芸能人じゃん」


 蒼ちゃんが俺らの顔を見渡した。


「自ら言うんだ、『芸能人』って」「まだほとんどの人が俺らのことなんか知らないけどな」「自称芸能人」


 蒼ちゃんの話に、マルオと拓海と俺とで総ツッコミ。


「コレ、AO入試の推し材料になると思わん?」


 が、蒼ちゃんは気にせず話を続ける。


「弱い弱い」「無理無理」「ならんならん」


 またしてもマルオと拓海と俺とが総出でツッコむ。


「そうかなぁ。日本は俄然少子化よ? 大学は生徒の取り合いじゃん。大学なんて、半数は推薦入学者じゃん。倍率高めの大学を外せばイケるんじゃね?」


 しかし蒼ちゃんはまだイケると言い続ける。


「つまり、AOでFラン大学に行けと?」


 蒼ちゃんの言いたいことを悟り、蒼ちゃんを白い目で見ると、


「そうは言ってない。『AOで行けるところに行く手もあるぜ』っていう……」


 蒼ちゃんが、俺の視線に目を合わせない様にしながら言い訳をした。


「俺の頭でAOで行ける倍率低めの大学って、Fランじゃん‼」


 今度は近くに転がっていた蒼ちゃんの枕を蒼ちゃんに投げつけた。


 蒼ちゃんに腹が立っているわけではない。Fラン大学にしか行けないくらいの頭しかない自分が悪いのだから。でもイラっとした。迫りくる受験にイライラした。


「俺はもう少しいい大学に行きたいから、指定校が無理なら公募推薦狙うわ」


 進学したくないと騒いでいたくせに、受験が余裕な拓海はAO入試は受けないらしい。


「俺も一応推薦は狙うけど、ダメなら一般で試験受ける。がっくんも勉強頑張ろう

よ‼」


 頭の良いマルオもFラン大学はお断り。


「するよ、勉強‼ 俺が勉強しないでどうやって大学に行くんだよ‼ 嫌だー‼ 受験、嫌ー‼」


 頭が悪いくせにFラン大学は行きたくない、我儘極まりない俺は発狂。


「叫ぶな、がっくん。ウチの親が近所の人に怒られるだろうが‼ 取りあえず、受験は頑張るとして、今後の岳海蒼丸について語ろうぜ」


 蒼ちゃんがのたうち回る俺に、さっき俺に投げられた枕を押しつけた。


 蒼ちゃんが変えた話題に、みんなの瞳が輝く。


 大学はもちろん大事。でも、俺らにとっては岳海蒼丸の方がもっと大事だった。


「映像作品もいいけど、舞台もやりたいよね」


「舞台だったら、マルオの道具作りの腕が光るしね」


「台詞覚えるの、大変だけどね」


「でも、四人だけの舞台とか、やってみたいかも」


 など、四人の口からは夢と希望が絶え間なく零れた。


 四人で枕を並べるのも楽しくて、修学旅行気分で寝るのを忘れて喋り、ふざけ、笑い続けた。


 そんな楽しい時間は光の如く高速で過ぎ去り、俺らは高三になった。

受験生に、なってしまった。


 高校受験と同様に、大学受験が終わるまで岳海蒼丸の活動はおあずけ。


 四人共塾に通い、受験モードに。


 勉強嫌いの俺にとっては苦痛で苦痛で仕方がない受験地獄を一番に抜けたのは、宣言通りに指定校推薦を勝ち取った拓海だった。


 そして、後に続いて蒼ちゃんが大学を決めた。拓海と同じ大学に、なんとAO入試で受かったのだ。


 しかし、芸術学部の拓海と文学部の蒼ちゃんはキャンパスが違うらしい。


 そして、トントントンとリズム良く公募推薦でマルオまで受かった。まさかの拓海と蒼ちゃんと同じ大学だった。


 工学部のマルオは、蒼ちゃんとキャンパスも一緒らしく、喜びを爆発させていた。


 そして俺はというと……。


「がっくんの大学、聞いたことないな」


「それ、東京?」


「実在する?」


 拓海と蒼ちゃんとマルオが首を傾げる、見たことも聞いたこともない大学に受かった。


 推薦でアッサリ合格していく三人に焦ってしまい、蒼ちゃんの案に沿ってAO入試を試みて、来年から開校する、Fランかどうかも分からない未知の大学に決めてしまった。


 俺だけ別の大学になってしまったが、淋しいと思わなかった。


 なぜなら、来年からは事務所が借り上げてくれた家に、岳海蒼丸でルームシェアをすることが決まっていたから。


 誰も知らない大学の生活と、岳海蒼丸での活動が待ち遠しくて、胸が高鳴ってどうしようもない。


 楽しかった高校を卒業するのは、淋しいさよりもワクワクの方が何倍も大きかった。

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