第176話 (閑話)無理をした
「陛下の
「降れ!」
新皇帝の行列が洛陽の北門に到着した。
皇帝の車列には万を超える庶民が従っており、城門が開くとともに万歳の声がとどろき渡った。
名士官僚たちは若い新皇帝は宦官派の
もちろん袁紹らがそう主張している。
しかし大群衆を引き連れて帰還した新皇帝は偽勅を見抜いて大宦官の張譲・趙忠らを𠮟りつけて謹慎させた。
前将軍の董卓も処刑する寸前まで行ったらしい。若くして英明の気質がおありだ……。
まるで見てきたような記事が河伯新聞の号外で配られ、たちまち洛陽城内に新帝の帰還を待ち望む空気が出来上がってしまった。
そこに「首謀者以外は降れば無罪」というお触れである。
この時代でも法律は法律であり、反乱は死罪やその他の刑という厳格な運用がされている。
しかし実際の反乱に際しては事態の収拾を優先してよくこういうお触れがだされた。
内乱に参加した者を全員死刑というと死に物狂いで抵抗するため事態が長期化していまう。
これが「首謀者以外は降れば無罪」であれば、内乱勢力は櫛の歯が抜けるように四散してしまいがちである。
もちろん、「誰が首謀者」であるかは皇帝が後から決めたりするのであるが。
いずれにせよ、実際に皇帝が大群衆を率いて帰還した。
これにより文武百官たちや
「騙されるな!宦官の罠だ!」
袁紹、袁術らは最後まで宦官の偽報だと主張しつづけ、少数の支持者と共に洛陽の南宮に立てこもってしまった。
彼らの上司である大将軍の何進は、南宮を抜け出して新皇帝の下に赴こうとして袁紹に捕まり、軟禁されてしまう。
「宮殿を傷つけないよう上手く降らせよ」
包囲されていた北宮から解放された劉備の部隊が逆に南宮の袁紹らを包囲するも、激しい抵抗に会い攻め落とすことができない。
「玄徳兄ぃ。賊が宮殿に籠ってるんだから、火でもかけてまとめて焼いちまえばいいんじゃねえか?」
「おお、名案だなぁ益徳。ココが洛陽のど真ん中で燃え広がらないならそうするがなぁ?」
劉備が義弟の進言を却下する。
皇帝の伯父である何進がつかまっている上に洛陽のど真ん中で無理に攻めて火でもついたら大ごとだ。
― ― ― ― ― ―
新皇帝の帰還により一気に情勢がひっくり返った。
文武百官も洛陽の兵もほとんどが新皇帝の下に帰参し、各地の州牧、太守から改めて新皇帝に指示を願う使者が集まりつつある。
さらに不安要因だった并州刺史の丁原の兵も、曹操の率いる西園軍に撃破され、丁原も捕縛されたとの知らせが届いた。
「これもすべては青のおかげだ」
新皇帝である劉弁は北宮に入ると、満足げに周りを見渡した。
宮殿の大広間には文武百官と少数の宦官、女官が並んでいる。
董青はというと少し疲れたような表情をして広間の隅で賈詡と何やら話し込んでいる。
今まで何をやっても思い通りにならなかったが、今や大宦官も外戚もおらず、すべての命令が撃てば響くように実施される。
あとは袁紹らを誅罰するだけである。これも董卓の娘と再会してから急にすべてが好転したように思える。
劉弁は手元の上奏文に目をやった。
”漢家が安定していない理由を幼少の皇帝が続いているせいにする人が居ますが、それは間違っています”
”資格がない人間が政治を担当するのがおかしいのです”
”外戚は皇帝の親戚ですが、皇族でもなく、知恵や徳や武威もないのに朝廷の重職にあります”
”宦官は皇帝の召使ですが、学問もなく行政の経験もないのに政治を左右しています”
”外戚には血縁に応じた名誉を与え、宦官には奉仕に応じた褒賞を与え、どちらも政治から遠ざけるべきです”
”学問があり、行政の経験を積んだものたちに順番に朝廷の重職を担当させれば、皇帝を良く輔弼して漢家は安泰でしょう”
董青が賈詡と相談して書いたという文章だ。
まさしく今困っていることの解決策がこれではないだろうか。
”少数の重臣が独裁してもまずいので、任期と定年を設定して人材を常に入れ替えるのが良いです”
”また国家公務員試験を創設して人材を幅広く募集しましょう”
”国の費用で行政の大学を作って法律や行政手続きを教えて、成績優秀者を試験で採用するのです”
”いまの官吏採用方式では服喪が立派だとか礼儀正しいとか、政治に関係のない資質ばかり。実際は縁故で選ばれているようなものです”
”服喪は人の感情として個人で私的にやればいいので、公務とは切り離すべきです”
ここまで読んで、新皇帝の劉弁は決心した。
やはり、皇后にしよう。
妊婦だろうがなんだろうが構うものか。
青は自分の聞きたいこと、知りたいことを知り、やりたいことをやってくれる。
もはや放したくない。
そう思いながら劉弁が董青の方を向くと、賈詡が小走りにかけよってきた。
「陛下、やはり袁紹らを助命いたしませぬか。このままでは南宮で戦闘が起きて火災の恐れが」
「……それは嫌だ!」
さすがにここまで話が大きくなったら、誰かに責任を取らせないといけない。
伯父の何進を成敗するつもりはないので、袁紹・袁術を首謀者として処刑するつもりでいた。
前にも同じ進言を受けたが劉弁に助命するつもりはなかった。
もう包囲したのであるからそのうち降伏するか仲間割れで殺し合う……
そのつもりでいた。
そこに伝令が駆け込む。
「たいへんです!南宮で火が!!袁紹らが自ら宮殿に火を放ちました!風向きが北なので北宮も危険です!」
「なんだとっ?!」
「陛下!ひとまず中庭のほうへ!」
劉弁は部下に促され移動すると広間に詰めている面々が色めき立ち、中庭におしかけていく。
「ああもう!なんでこうなるんですかー!!」
ふと見ると董青が地団駄を踏んで怒っている。
そして董青も女官たちに促されて、重そうな足取りで中庭に向かう。
高床から降りるときに
よろめいて。
「あっ」
「きゃああ?!」
倒れて、大量の血を流した。
「青っ?!!」
「
董青は遠くなる意識の中で、劉弁と賈詡の叫び声を聞いていた。
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