第175話 新世代

洛陽ラクヨウではいまだに袁紹エンショウ袁術エンジュツらの兵が北宮を取り囲んでいるようです」

「え?まさかまだ陛下が脱出したことを知らないんですか??」


漢帝国の首都、洛陽城の北にある北邙山ホクボウさん

歴代皇帝のお墓のある由緒ある土地ですが、そこに皇帝陛下と民の大行列がいます。

洛陽に戻ろうとしている新帝の劉弁くんは民を大量にひきつれ、飲み食いさせながらの移動でどうしても時間がかかりますが、逆になかなかの威圧感はあると思います。


情報収集を行っていた賈詡カクさんが現状の報告を続けます。


「いえ、陛下の居場所は大々的に宣伝していますからさすがに知っていますでしょう。どうも我らの大行進については大宦官の張譲チョウジョウ趙忠チョウチュウが陛下を誘拐して謀反の兵をあげたことになっているようですが」

「あのお二人はもう実権はないんですけどねぇ」


皇帝陛下の行列の主力は河南郡の父老ちょうろうたちと民なので宦官の張譲さん、趙忠さんが指揮できません。

一応、太尉ぐんじだいじん曹嵩ソウスウさん率いる百官(のうち十官ぐらい)がいますが彼らも役所を捨てて逃げてきているので実権は無し。


そして皇帝陛下の身の回りのお世話をする宦官隊ですが、小黄門そばようにんの羊さんが動いて張譲派の人を外してしまいました。

趙忠さんはもともとが大長秋くないだいじんで、何皇太后のお世話が仕事なので陛下の周りに部下が少ない。


なので、張譲さんと趙忠さんは大宦官として皇帝陛下の側には立ってますが、今はお飾りです。


「ということで袁紹、袁術らは我らを迎え撃つのを優先し、北宮に籠っておられる劉校尉リュウビの部隊は攻めずに囲むだけにしているようです」

「信じられません、民の群れをなんの大義で攻撃するつもりなのか……」

「どうも、張譲と趙忠の悪評がひどすぎますな、外さないと攻撃の口実にされます」

「うーん」


まぁそれは薄々分かってはいましたが。このまま民を洛陽に突っ込ませても斬りあいになってしまうのでは人徳で降伏させよう作戦は失敗で、結局軍事力に頼ることに……

あ、軍事力と言えば。


「それはそうと、軍隊をつれている曹孟徳ソウソウさんは?」

「河東郡に駐屯しているようですが、正確な所在が分からず使者を送っても返ってきません」

「こっちに攻めてきてはないですよね?」

「その様子はありませんが、可能性はあります。曹操殿がここに軍を率いて到着すれば軍事力で圧倒し、何もかも思い通りに出来ましょうし」

「……もしかして使者を送っても無視している可能性は?」


私の言葉に賈詡さんが少し考えます。


「ふむ、その場合は完全に曹操殿はやる気ですな。つまり、張譲趙忠の傀儡の皇帝には従いたくないということです。

軍で攻め寄せて張譲趙忠を排除し、陛下をかついで政権を取るつもりでしょう」

「最悪じゃないですかー、よし。こうしましょう」


私は賈詡さんと次の手の相談をしました。



 ― ― ― ― ―



「何、曹操の居場所がわかったのか?!で、援軍に来れるのか?」


新帝の劉弁くんが大喜びで報告を聞きます。

しかし太尉の曹嵩さんは苦々しげに首を振りました。

「いえ、難しそうです」


お父様の曹嵩さんに頼んで曹一族から使者を出してもらって、ようやく曹操さんの返事を得ることができました。

やっぱり今までの使者は宦官の手先だと考えて無視していたようです。


「いったい今は何をしているのだ」

息子ソウソウは董卓軍の討伐に向かったのですが、董卓軍は解散してしまい、目標を見失ったところに并州ヘイしゅうそうとく丁原テイゲンの兵が襲い掛かってきたのです。

息子ソウソウは勅命をかかげて丁原に攻撃をやめるようにつたえましたが、丁原は袁紹、袁術らと結託しており、構わず攻撃してきたとのこと」

「……なんで誰もかれもがぼくの命令を軽んじるんだ!!!」


劉弁くんが怒っていますが、どうしようもないです。


「丁原は思わぬ大軍であり、勝てますが時間がかかりますとのことです」

「まぁ、もともと曹操は諦めてはいたけど……あれ?そういえば董卓はなんで解散??」


やっと劉弁くんが董卓パパのことを思い出してくれました。

今です!



「陛下!!かしんのトウタクはここにございます!」

そこに董卓パパが白衣に身を包んで飛び出してきました。そのまま劉弁君の前に跪いて頭を下げます。

皇帝の側にいる張譲さん、趙忠さんがぎょっとした顔で董卓パパを見つめます。



「……董卓、何をしていた!あとその恰好はなに??」

「ははっ!!陛下がお怒りと聞き、すぐさまその場で軍を解散、それがしは罰をうけるべく罪人の服装で参った次第!!」


劉弁くんは董卓パパの弁明をきいて一瞬ぽかんとしていましたが、すぐに言葉を継ぎました。


「……だったらなんで怒られるようなことをするんだ!」

「ははっ!!臣にもなぜ怒られたのかわかりません。なぜならば、陛下のご命令で兵を率いて上洛せよと!」

「はぁ?」


劉弁くんが間の抜けた声を出すのと同時に董卓パパが懐にいれた偽勅命を劉弁くんに差しだします。


「あ?!」

「ああっ?!」


張譲さんと趙忠さんがそれを見て思わず声を上げます。


「何進伯父さんを討てだなんて誰だこんな命令を作ったのは、ぼくは知らないぞ!?……張譲の手紙が添えてある?!!」


劉弁くんが張譲さんを睨みつけます


「張譲!!!!!なんだこれは!」

「ははっ!こ、これは陛下を守るためにやむを得ず!!大将軍何進は帝位を伺おうとして今回の謀反を起こしました、この下僕わたしはそれを察知して先手を打ったまでですべては陛下を守るため……」

「なんで一言も相談がないんだ!!!!!!」

「申し訳ございません!!!!!万死に値します!」


さすがに張譲さんも歴戦の宦官ですのですらすらと言い訳をしますが、劉弁くんが激怒しているのを見て上着を脱いで靴を脱いでひれ伏します。


「ど、どうか死罪にしていただき、我が財産を賊の討伐にお使いください!」

「陛下!張譲は愚かなことをしましたが、すべては陛下のため。この下僕も同罪にて財産をすべて献上いたします!」


そこに趙忠さんが割って入ってさらに土下座します。


「う、まぁ、そこまでは言ってないけど……」

あっさりと罪を認めて罰をくれと叫ぶ二人に気勢がそがれたのか落ち着き始めた劉弁くん。


いや。上手いですね。さすがに大宦官。普段から顔見知りの世話になっている人が罪を全面的に認めて罰してくれと叫んだときに「じゃあ死ね」と言える人は少ないです。

劉弁くんは根は善良ですからなおさらです。


いやいや、このままなぁなぁで終わると困るんですが……



そこに進み出たのが小羊くんでした。

「陛下、張常侍チョウジョウ趙常侍チョウチュウもお陛下のためを思ってのこととはいえ陛下にご相談を忘れるとはいささかお疲れのようです。どうでしょう、しばらくお休みを命じて反省させては」

「そうだな、よし、任せた」

「よし、陛下のご命令ですです。お二人を別室へ」


張譲さんと趙忠さんは小羊くんを睨みつけますが、黙って連行されていきました。

そしてそのまま羊くん派の宦官たちに監禁され、張譲さん趙忠さん派閥の宦官たちもまとめて謹慎となりました。



おお、どうなるかと思いましたが、これで曹操さんも来れないし、張譲さん、趙忠さんを排除したということで袁紹達の攻撃回避ができますね。


そして、劉弁くんの隣に立っている小羊くんがニコニコと笑っていました。



……あれ?上手く行った……?大宦官が代替わりしただけでは??




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