第174話 そこに陛下がいるから

孟津モウシンに陛下がおわす」


噂はまたたくまに帝都洛陽ラクヨウのある河南尹カナンぐん全域に広まりました。

広めたんですが。


なお、私は分かりやすいので孟津の港と呼んでいますが、孟津の「津」は渡し場という意味なので港です。

孟の港という方が正しいですね。言いづらいので孟津の港って言いますけど。


というわけで、こんにちわ、まじめにそろそろ産まれそうな悪役の令嬢臨月人妻の董青です。

袁紹エンショウらの武装蜂起のせいで呂布リョフやら張遼チョウリョウに襲われるわ、董卓トウタクパパは曹操ソウソウさんに討伐されそうになるわで大変です。


さらには新皇帝の劉弁くんが大宦官の張譲チョウジョウさんや趙忠チョウチュウさんに騙されて拉致られるものですから、ようやっと孟津の港で追いつくことができました。



さて、皇帝がいますよと噂をながした結果、洛陽近辺の邑々むらむらから続々と父老ちょうろうたちが玉杖シルバーパスをつき、むら若衆わかいもんに酒肉を持たせて挨拶に訪れます。

中には父老を牛に乗せて表れて、その牛をそのまま陛下に捧げた邑もありました。


新帝の劉弁くんは何十人かまとめてではありますが、都度挨拶をうけ、そして褒美として絹や銭を与えます。

多くの民から敬われ、天下を平穏にするように懇願されて、少しずつ劉弁くんが前向きになってきたようです。


ちなみにその褒美として与えている銭や絹は大商人の呂伯奢リョハクシャさんが用意したものです。

そして財源は曹一族に貸し付けている私の一億銭ですね。


「急に銭や絹を用意しろなどと、そもそも教団のほうが金持ちでしょうに」


急に呼び出された呂さんがぶつぶつ仰っていますが、教団うちは殆どの財産を為替決済にしちゃってるので、

直ぐに動かせる現物ってあまりないんですよね。


まぁ、急場をしのげば各支部からの支援物資が届きますし、為替の現銭化もすすめられるのでちょっとだけ貸してもらいましょう。

せいぜい富豪一戸分ぐらいですし。


「これだけ借りて、せいぜいとか言えるのは巫女どのぐらいでしょう」


そうですかね。

まぁちょっとした手土産を持ってくれば皇帝に拝謁できて褒美の銭がたっぷり貰えると聞いてあちこちの邑から引きも切らずに集まってきてますから予定通りです。


呂伯奢さんが溜息をついていますが、それよりも大事なことがあります。


曹操さんです。


 ― ― ― ― ―



いちおう新帝の劉弁くん派閥に属する曹操さんですが、いまは西園軍しんえいたいの主力を率いて河東郡カトウぐんにいます。


兵を率いて上洛しようとした董卓パパを討伐するために派遣されたのです。

董卓パパにはなんとかギリギリで公明さんだんなさまの説得が間に合って軍を解散してもらえましたが、一歩遅かったら大変な戦いになるところでした。


張譲さんと趙忠さんはまだ曹操さんが宦官派だと思い込んでいるので、曹操さんとの合流をひたすら主張されてます。


もちろん曹操さん率いている実戦部隊と合流できるのは大きな強みなのですが、同時に曹操さんに主導権を握られてしまう懸念もあります。

できるだけ誰かが独裁者にならないように、父老たち民の代表に皇帝を支持させて、その民をひきつれて洛陽に帰還することで皇帝の力を高めたいんですよね。


なので、万が一曹操さんが戻ってきてもいいように、曹操さんを抑えるための切り札を用意しました。



呂伯奢さんと一緒にいるのは怯えているお爺さんが1人。


「わ、わしは何も知らん!知らんぞ?!」

「まぁまぁ、落ち着いてください太尉ぐんじだいじん閣下」


三公首相級の一つ、太尉を務める曹嵩ソウスウ閣下、つまり曹操さんのお父様です。


袁紹らの挙兵に怯えて真っ先に逃げ出し、知り合いの呂伯奢さんのところに逃げ込んでいた所を確保しました。

曹操さんはああ見えて、お父さんを非常に大事にしています。


三国志ではお父さんを殺されたことにブチ切れて徐州をまるごと虐殺してまわったぐらいです。

曹操さんは宦官の孫と呼ばれているのをすごく気にしていましたので、実の血縁の父親がすごく大事だったのでしょう。


なのでもちろん脅したりそういうことは厳禁です、丁重にお迎えして陛下の隣に座っておいてもらいます。

曹嵩さん個人は能力や野心がない人なので皇帝の隣に置いていても独裁する心配はありません。




「おお!曹嵩ではないか!」

「陛下がご無事で何よりでございます!」


新帝の劉弁くんは部下が戻ってきて嬉しいようです。

曹嵩さんをねぎらっています。


「うむ、この調子で百官が揃えばよいのだが……」

「陛下がご無事と聞けば、皆大急ぎで馳せ参じましょう」


なるほど、それもそうですね。

というわけで曹嵩さんを看板に、文武百官に孟津の朝廷に参加せよと触れをだすことにしました。

洛陽の乱を逃れた官僚たちが三々五々と孟津に集まってきます。


これで見た目はかなり整ってきました。


そろそろ出発しますか。




賈詡さんと羊さんから劉弁くんに進言してもらいます。


「うむ、曹操の行方がわからんのは心配だが、これだけの民がいれば問題なかろう」

すっかり気が大きくなった劉弁くんが洛陽への行進を指示しました。



曹嵩さん率いる官僚部隊に、張譲趙忠さんたちの宦官部隊。

さらに近隣の邑の父老に民たちが追従します。


威風堂々、民たちが献上した旗を掲げ、車馬を連ねて洛陽へ向かいます。

その隊列の見事なこと。


数里数kmにおよぶ人の群れが街道を進み、道沿いには周辺の邑人たちが詰めかけ、皇帝の車をみかけては万歳を叫びます。

そして集まった人たちのために酒や食料が並んだ休憩所を設けて自由に飲み食いできるようにしています。


すべて呂伯奢さんに借りた銭で用意してもらいましたが、民の圧倒的な支持がある皇帝の進撃に相応しい光景でしょう。

民が支持しているのは酒肉かもしれませんが、とりあえず問題はありません。



北邙山ホクボウさん、山とはいっても丘のようなものですがを越え、ついに洛陽の城壁が見えるところにやってきました。

そのころ、新帝劉弁に従う民は数万に膨れ上がっていました。これぞ人徳でしょう!


私は民たちに振る舞う酒肉をひたすら各地から運ばせながらにっこりと微笑みました。


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