第173話 天の命を受ける
天。というものがあります。
上帝とか天帝ともいいますが、この概念はよく分かりません。
人格のある神のようには思えず、ただ存在する者として扱われています。
天には称号しかなく、姓もなく、家族も見られないです。
かの
天はしゃべりません。
孔子先生も言いました。「天が何か言うわけない。でも四季は巡り、万物は生ずる。天が何か言うことはない」と。
ただ、在るだけです。
そんな天ですが、歴代の王朝の王や皇帝のみが祭ることができ、それにより天下を支配する天の子、つまり天子として君臨することができます。
皇帝の権威は天から受け、その権利を諸侯や郡県の長に再分配することで封建の制度がなっているのです。
なので、皇帝の仕事が悪いと天は災害を起こし、仕事が良いと美しい天気や珍しい動物を遣わして褒めます。
それだけです。
ただ、王朝が代わるときだけは、天は意思を示し、天下を統一したものに天命を下します。
なので、歴代の皇帝が持つ伝国の玉璽には「
でも、天命があったかどうかなんてどうやってわかるのでしょう。
そもそも天命がなく滅ぶ英雄と天命を受けて皇帝になる英雄の違いは?
天が誰かを選んで天下を任せるのではなく、結果的には勝ち残った英雄に後付けで天命があったとしてるのでは。
そうだとしても、どうやったら勝ち残れるのか。もちろん強いだけではダメです。
強ければいいなら三国志で董卓パパが勝ってましたからね。
やっぱりそこは民だと思うんですよ。
― ― ― ― ―
「何なのですか、この者どもは!!!」
「散らせなさい!!」
大宦官の張譲さんと趙忠さんが大声でわめいていますが、何の効果もありません。
ここは帝都洛陽の北。黄河沿いの孟津の港。
新皇帝の劉弁くんと、その取り巻きの宦官たちが曹操さんの援軍を待っているところでした。
その所に急に幾千幾万もの民が現れ、仮の宮の前に詰めかけたのです。
張譲さんや趙忠さんの取り巻きの宦官たちも、孟津関の
「張譲、趙忠……」
新帝の劉弁くんが後ろからおろおろと大宦官に声をかけますが、張譲も趙忠もいかんともできません。
宦官は官位や職位を持っている人には強いです、どう動かせばいいか知っています。
しかし、民を直接動かす方法は知りません。
兵の動かし方も知りません。
唯一の少数の武装した下っ端宦官は弁くんを守るので精一杯です。
民は何かするわけではなく、ただ、集まってきて、弁くんを取り巻いています。
その民の中から長い杖をついたお爺ちゃんたちがゾロゾロと進み出ました。
お爺ちゃんたちが口々に呟きます。
「おお……帝。帝はいずこに……」
「ええい、下賤のものが陛下に近づこうなどと何を考えているのか!」
「早く大衆をまとめて家に帰れ!」
宦官たちがわめき散らしますが、民は動じません。
弁くんは宦官たちの後ろにかくれているようで、出てきません。
このままでは困るので、お爺ちゃんたちの後ろから呼びかけます。
「……陛下。彼らは陛下の忠実な民です。どうか!どうか!声をお聞きください!」
「青?!そこにいるの?!」
「あ、陛下?!なりません?!」
新帝の劉弁くんが、引き留める間もなく、宦官たちの後ろから飛び出してきました。
「陛下です、控えて」
私の声で弁くんを認識した
弁くんは私を見つけると、ちょっと安心したような顔をして、すぐ睨んできました。
「青、いったい
「……陛下の最も大事なお味方を連れてきたんですよ」
「へ?」
「どうか洛陽にお戻りください」
「何が起きてるのかわからないんだけど?!」
うーん。
久しぶりにあった弁くんはあまり素直じゃなくなってました。なんか怒ってるみたいですし、どうしましょう……。
と思ったら、賈詡さんがいつの間にか弁くんの隣に進み出ていました。
彼が上手く手引きしてくれたみたいですね。
張譲さんと趙忠さんが慌てています。
「陛下!賈詡にございます」
「おお!どこに行ってたんだ!探していたのに!!」
「賊の挙兵での混乱でご所在が分からず申し訳ありません」
実際は張譲さん趙忠さんが使者を全員追い返していたんですが、それは黙っておく賈詡さんです。
「陛下、これはまさしく千載一遇の好機にございます。
この度は賊が挙兵し宮殿を襲いましたが、民の支持なくば天命もありません。
陛下にはこのとおり陛下をお慕いする民があり、まさしく天命が示されるところ。
陛下が民を率いて洛陽に戻れば、賊が旗を巻いて降伏しないことがありましょうか」
「ふむ」
弁くんが納得しかけたため、張譲さんと趙忠さんが慌てて口をはさみます。
「何をいうか、我らは曹操の兵を呼んで堂々と討伐に向かうのだ!」
「そうだそうだ、もう兵が黄河の向こうまで来ているはずだ。武装もない民の群れが何の役に立つ!」
「そ、そうか……」
ぐらぐら揺れている弁くん。
賈詡さんが反論します。
「陛下が民に慕われている姿こそが天命でございます。
兵は凶事。せっかくの先帝の喪に大いに兵を用いては礼がただされません。
むしろ兵を差し向ければ彼らは命をかけて戦わざるを得なくなります。
民を率いて威を示せば、天命が明らかになり、誰に正義があるか、名分をきちんと示すことができます。
事態はおちつき、賊兵も大儀の所在を理解して戦わずして降りましょう」
ここが大事なところで、宦官派とみられている曹操さんの兵を差し向けたら、皇帝陛下を騙す宦官の兵を討伐する正義の戦いだと言って袁紹袁術が図に乗る可能性が高いんですよね。
実際に張譲さんと趙忠さんは報告を差し止めたりして弁くんを操ってましたし。
だから見た目中立な民衆の群れでいったん事態を落ち着けて、混乱している指揮系統と情報を整理すればどちらが官軍か明確にできるはずです。
むしろ張譲さんと趙忠さんの姿が見えないほうがありがたいので。
話を聞いた弁くんが一つ頷きます。
「……賈詡の案が良い。父帝の服喪をこれ以上汚したくない」
「ははっ!」
「そ、それではさっそくその通りに!陛下のご命令ですよ!」
賈詡と羊さんが頭を下げます。
「羊黄門、貴様ぁ!?」
「陛下のお言葉を聞きませんでしたか?」
張譲さんと趙忠さんが抗議しますが、羊さんが陛下の命令だと言って黙らせます。
さぁ、洛陽に戻りましょう!
私は孟津支部の信者さんたちに洛陽行きを指示しました。
あ、はい、ここにいるのはほぼウチの信者ですが何か。
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