第172話 (閑話)皇帝派の面々
後漢というのは後世の言い方である。
王莽の簒奪を区切りとして後の世に前漢と後漢に分けて区別しただけであり、後漢の皇帝はあくまでも漢としか名乗っていない。
そもそも王朝が次々と入れ替わると思っているのは後世の見方である。
漢の時代に生きている人は未来永劫漢の世がつづくと思っており、王朝が滅ぶなどと思っていない。
禅譲だとか王朝の交代の儀式や手続きは、新の王莽が下書きを書いたものを魏の曹丕が完成させたのであり新しい王朝の作り方なんて誰も知りはしない。
宦官や外戚がなぜ好き勝手していたかというと、好き勝手しても世の中が壊れないと思い込んでいたからである。
張譲や趙忠もそうである。
彼らは王朝が滅ぶ原因を作っているなどとは露ほども思っていない。
ただ、宦官として真面目に、また宦官の本能通りに動いているだけである。
「馬車を」
「陛下のお食事を」
「蜜を持ってまいれ」
きびきびと宦官たちが走り回る。
張譲と趙忠の指示により、ここ孟津の港でも皇帝劉弁の生活の質は保たれていた。
劉弁はすっかり感服している。
半ば騙されるようにして洛陽から連れ出されたのだが、張譲や趙忠が一言二言告げるだけで、
何もかもがなめらかに進むのである。
そういえば宮中の儀式も張譲や趙忠が指揮している限り、失敗も混乱もなく、穏やかな池のように静かに執り行われ、何も不快なことがない。
政治もこのように動くならば父帝が宦官を信用して任せていたのは正しいのではないだろうか。やはり、彼らに頼るのが一番なのではないだろうか。
劉弁はすっかり丸め込まれてしまっている。
もちろん、張譲や趙忠は皇帝の威を借りているだけであり、関係各官が恭しくしている相手は宦官ではなく、皇帝である。
宦官はあくまでも皇帝の私的な使用人であり、官位や官職で仕事をする連中には強いがそれだけである。
そんなに宦官がすごいならば、袁紹や袁術の無法を鎮めればいいのだがそれはできない。
あくまでも帝都洛陽という巨大な官僚組織があって、皇帝の権威が前提となっていて、はじめて宦官が力をふるえるのである。
実際に、劉弁と宦官たちが孟津の港まで逃げてきたときに、孟津の関門を守っている
洛陽を離れたとたんにこれである。
感服している劉弁とは裏腹に、張譲と趙忠は焦り始めている。皇帝を掴んでいる以上、何とでもなるとは思うが、もし万が一、大将軍の何進らが袁一族に唆され、皇族から新皇帝を立ててしまえば一気に不利になってしまう。
皇帝があまり帝都から離れてしまっては価値が落ちるのである。
張譲らはあまり洛陽から離れるのは良くないと考え直し、西園軍を率いているはずの曹操に迎えに来るように使者を出すことにした。
あと、董卓と孫堅が遅いので、念のため董青にも使者を出すことにした。
結局助けを待っているだけである。
このようにグダグダしつつも、皇帝の周りの世話だけは完璧に取り繕っている。
そもそもが皇帝の私的な使用人であり、身の回りのせわは完璧だ。
自ら反乱軍に対面するような恐ろしい事態を回避し、完璧に穏やかな生活を維持してくれている。
劉弁には完璧に物事が進む様子しか見えず、すべてが上手く進んでいると思い込んでいた。
もちろん、宦官が全員そう報告するのである。
― ― ― ― ― ―
そのころ洛陽。
何進たちの宦官皆殺し軍の攻撃により、南宮は陥落。
南宮の宦官や宦官派と見なされた官僚は次々に虐殺され、宦官たちは北宮に追い詰められていた。
北宮を守っているのは西園軍の留守番、劉備隊である。
「で、雲長よ。陛下は来られないのかい?」
「宦官どもめ、陛下が危ないの一点張りで、玄徳兄の報告すら陛下に伝わっているかどうか」
「そうかー、困っちまったなおい」
美しく長い髭をした関羽が不満げに劉備に報告する。
劉備は髭が薄いほうなので、下手をすると宦官と間違えられて殺されかねない。
関羽の髭をみながら、劉備は何やら考えている。別に髭が羨ましいわけではない。
「玄徳兄。宦官はやっぱりムカつくしよ、ここは宦官を倒すほうに回っちゃだめか?」
「あのなぁ、益徳よ。俺らは陛下から直々にあいつらを倒せとご命令を受けているんだぞ」
のんきに言い出す張飛をあきれ顔でたしなめる劉備。
しかし、勅命を貰ったはずなのに、袁紹らの兵は一切信じない上に、皇帝に使者も届かない。
いったいどうしたものだろうか。
それにしても腹立たしいのは袁紹、袁術らである。漢家の臣下で累代の三公に引き立ててもらったご恩もあるくせに兵を率いて宮殿を攻めるなど。いったい漢の家を想っている人間はいないのか。
「よし、決めた。とにかく俺も皇族のはしくれ。御本家を他姓のやつらに攻められて黙っているわけにはいかねぇ。陛下に報告がとどこうと届くまいと陛下の家を守るぞ」
「応!」
関羽、張飛の返事を得て、部下を各地の門に配置する。
「兵が足りねぇな」
しかし、北宮は広大であり、到底守り切れない。
そこに悲愴な顔色で武装してより固まっている下っ端宦官たちをみかけた。
「おうい、宦官さん!こっちの隊に加わってくれや!」
「玄徳兄、宦官を部隊にいれるのか」
関羽が嫌そうな顔をしたが、劉備は気にしない。
「命がけな分だけちゃんと戦うだろ。陛下の家を守る目的は一緒さ」
すでに、洛陽の下っ端宦官たちや、劉備隊は張譲達に見捨てられ、皇帝は逃げ出した後だが、彼らは主の居ない家を決死の覚悟で守る決心を固めていた。
― ― ― ― ― ―
河東郡にいる曹操は洛陽から急を告げる使者を受けて呟いた。
「ほう、
董卓軍を討伐するために出撃したはずだったのだが、河東郡に到着して調べるとすでに軍隊は解散して帰国したとのことであった。
拍子抜けして洛陽に戻ろうとしたところに、袁紹袁術らの挙兵の報、そして張譲趙忠らから至急孟津にきて救うように指示が届いたのである。
「となると、ひょっとしてまともな軍隊を持っているのは
ここで孟津にかけつけて急を救えば功績は最大。新帝陛下をかついでの政治改革も上手く行くだろう。
「しかし、張譲趙忠がでかい顔をするのも気に食わんな」
曹操は宦官の孫であることをどこかで恥じている。陰湿ないじめを受けても名士である袁紹派閥に参加しつづけていたのもその裏返しである。
そこに大宦官から「お前は宦官の孫だから味方しろ」と言わんばかりの使者が来ている。
違う、
そもそもこんな大混乱が起きたのは宦官が悪の限りをつくしているせいではないのか。
「よし、どさくさに紛れて斬るか」
曹操は曹操でこの機会に天下をとる決意を固めていた。
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@kana_ides
董卓伝RTA
https://www.nicovideo.jp/watch/sm40883700
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