第171話 天命とは

むかし、私が後宮勤めだった時に、にこにこと嬉しそうに私のためにご飯を炊いてくれた、小羊ひつじさん。

今は新帝の劉弁くんの側近として、羊黄門といえば名前がわかるそうです。結構偉くなっちゃったんですね。


しかし、黄門ってのはなんか水戸のご老公みとこうもんのようなひびきです。

私は後宮勤めだったのでわかりますが、宮殿の門は黄色く塗られています。

この宮殿の門をつかさどるのが黄門となります。


転じてこの黄門という仕事が皇帝に取り次ぎをする役目となりました。

水戸のご老公の官位がなんとかで、皇帝に意見を伝える役目ということで黄門と呼ばれたんですね。

ただ、羊くんは小黄門ですから、側近としては下のほう。上に中黄門や中常侍といった大宦官がいます。


ということで、皇帝の側近として、ご老公の百分の一ぐらい偉くなっちゃった羊さんから返信がきました。

付け髭をして普通の官僚に化けた少年宦官が教団本部に飛び込んできます。





「……あう、張譲さんと趙忠さんに陛下を拉致られた……」


なんで!?なんで三国志にどんどん向かおうとするんですか。歴史は強敵です。

私が頭を抱えていると、董卓パパが羨ましそうに言いました。


「むむむ、曹操め、うまいことやったなぁ」

「ほえ?」


「いや、考えてみよ」

髭を撫でながら董卓パパが仰います。いまここで皇帝に忠実な万近い兵力を握っているのは曹操しかいない。

ここで曹操が皇帝を迎えて、反乱を鎮圧すればその功績は最大となる……


「きっと新帝の政権では曹操が権限を握ることになろう」


いやいやいや……曹操さんが董卓パパになりかわっちゃうだけじゃないですか?!!!

このあと反曹操連合軍が起きて孫堅さんとか孔融さんとか劉虞さんとか劉焉さんとか各地で軍事握ってる人が攻めて来ちゃいますよ?!


曹校尉ソウソウさんって名士に人気ありましたっけ?」

「もともと袁紹派閥だったが、今回で宦官派閥になるだろうから人気は地におちるんじゃないか……?あ、いや?もしここで張譲と趙忠に反乱の責任があると言って曹操が無理やり処刑してしまえばなんとかなるか?」


余計に独裁じゃないですかあああああ。

曹操さんって三国志でも後半からずっと人気なくてひたすら反乱起こされてましたよね。そもそも乱世で輝く人に乱世になりそうな要素を与えたら三国志が確実に発生するじゃないですか?!


あの方は治世の能臣であってほしいんです!!!


「いやいや、曹校尉ソウソウさんに功績が集中するのはまずいです」

「む、ならば我らが急いで新帝陛下に合流すべきだな。青が兵を率いて皇帝推戴の功績を得るのだ」


……だからそれ独裁者が代わるだけなんですってばぁ……董卓パパを独裁者にしたら三国志だし、私もそんなのやりたくないです。


なんで!なんで皇帝が普通に権限を握って普通に統治してくれないんですか?!



董卓パパが冷静にツッコミを入れてくださいます。

「しかし、誰も張譲と趙忠を抑えなければ、結局この世は宦官支配のままだぞ」

「そうなんですがぁ……」



うーん。なんで、って皇帝の権限が宦官やら外戚、つまり家臣に奪われて、それを家臣同士がずっと権限争いしてるせいですよね。

だから皇帝に直接軍隊を握らせようとしたら、その指揮官が偉くなっちゃうし……。


「うーん、そもそも皇帝ってなんで偉いんでしたっけ……」


たしか、後漢の皇帝は実力で天下を取ったんですが、その裏付けに讖緯よげんを使ったんですよね。

だったら新しい予言をすれば……?いや、三国志で袁術さんが讖緯よげんで皇帝に即位したけど全員に無視されました。


皇帝に力があるときに讖緯よげんで補強するのはともかく、力を得る元にはならないわけです。


どうやって弁くんに力を得てもらうか……その辺の部下を頼ってもその部下が強くなるだけだし……。


あれ?



「……」

「……」


なんか趙雲さんも董卓パパも周りの人も驚いたように私を見つめています。


え、私何か言いましたっけ。皇帝ってなんで偉いんだっけ、って……。あー。


王侯将相いずくんぞ種あらんや皇帝なんて偉くないって聞こえちゃいましたか、革命思想ですね。


「いや、その、青な。皇帝陛下は天より命を受けておられるから当然に偉いし、万民が推戴するものなのだぞ……」

「天命ですか……、天命ってどうやって聞くんです」

「あ、いや……」

董卓パパが目を白黒させます。いや、大事なところなんですよ。



そこに賈詡さんが進み出ました。

「天命は聞こえませぬ。しかし、秦末、高祖皇帝陛下劉邦は大いなる人徳を持ち、法三章をもって関中の民の支持を得て王となり、項羽を打倒して後、ついに群臣に推戴され皇帝となられました。これら民の支持、群臣の推戴が天命といえましょう」

「そうそう、そうじゃな」


うん、たしかに民が直接皇帝を支持すれば誰にも独裁されません。

つまり民主制……って選挙とか今やったって何の役にたちますかあああああ?


ちがう、そのままやったって意味がない。


民の支持を得て、かんちゅうの王……漢中王って劉備さんですね。

劉備さんは逃げていただけなのに、なんであんなに支持されていたのか。


人徳人徳と言われても、それを感じる逸話があったんですよね。

この人はすごいと思ったのはやっぱり民が支持を示したからで、別に高得票で当選したわけじゃなくて……


ふむ。


「で、陛下は孟津の港でしたっけ?」

「は、はい!」


よし、決まりました。


「陛下を推戴するために孟津に向かいます」

「おお、では早速、信者を武装させ……」

「武装は不要です」

「へ?」


賈詡さんが意表を突かれた顔をします。他人が軍事力で皇帝を推戴したってその人が独裁するだけなんですってば。


さぁ、大急ぎで孟津に向かいましょう!









 ・水戸光圀は権中納言です。中納言は天皇に進言する役目ですので、似たような役職の黄門侍郎と同等と見なされ、中納言のことを黄門と呼びます。

 ・袁術さんの即位の経緯は袁術伝にすらほぼなく。三国志魏書袁術伝「用河內張烱之符命,遂僭號」河内郡の張烱チョウケイ符命よげんを用いて、ついに皇帝を号する。とあるのみです。《典略》曰く:「代漢者,當塗高也」という前漢末の讖緯よげんを使ったともいいます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る