第164話 (閑話)軍の動き


「董卓と孫堅が軍を率いて上洛してくるだと?!」


洛陽の何進カシン大将軍府。

おふぃすに詰めている名士きぞくたちがざわめき立つ。


何進が「俺に任せておけ、妹から宦官討伐の命令をすぐにでも取って見せる!」と豪語しているが、まったく役に立たない。

それどころか、服喪中の新帝から「先帝の服喪中ぐらい大人しくしていただけませんか」と叱られる始末である。


これでは宦官に先手を取られてしまう……と大将軍府での宦官皆殺し論の首謀者である袁紹エンショウ袁術エンジュツらが切歯扼腕くやしがっているとそこに宦官の忠実な犬である董卓将軍と孫堅将軍が軍を率いて上洛すると言う報告が来たのだ。


「これは、宦官が地方軍を動かし、我ら正義の士を虐殺せんとする企てか?!」

「それどころか、大将軍の御身ですら危ういかもしれません」


名士たちが口々に憶測おもいつきを口にする。


中心に座っている何進は急に怯えて、なんとかせいと袁紹に策を求める。

袁紹は傍らに控えている知恵袋の郭図カクトと二言三言何かを確認し合うと、以下のように献言した。


「まず、北軍五営しゅとぼうえいぐん校尉たいさたちを味方につけましょう、みな宦官の専横を普段から快く思っていないものたちです」

「うむ、よきにはからえ」


本来の皇帝の親衛隊の仕事は彼ら北軍の五営5隊屯騎トンキ越騎エッキ歩兵ホヘイ長水チョウスイ射声セキセイが担うのであるが、霊帝が新しく西園軍を編成したため、彼ら北軍五営は親衛隊としての格が下がってしまい不満を貯めている。


「次に、我らと想いを同じくする地方の群雄を呼び集めるのです。 孔青州孔融はもちろんのこと、劉幽州劉虞劉益州劉焉丁并州丁原もきっと味方することでしょう」

「うむ、よきにはからえ」


何進がつぎつぎに裁決していく、このままでは洛陽で地方軍の大決戦が起きてしまうことをどこまで理解しているか。

止めに入るべき曹操はここにはいない。皇帝直属の西園軍にいるのだが、祖父が宦官でもありどちらかといえば宦官派と見なされている。


「我らも急ぎ武装を整え、勇士を募りまする」

何進閥の面々が急ぎ動き出す。それぞれかなりの名族の出であり、実家の使用人や奴婢どれいを含めるとかなりの人数を集めることができる。

素人ではあるが、地方の援軍がくるまで宦官派の攻撃になんとか耐え抜くことができるだろう。


 ― ― ― ― ―



青州斉国臨湽リンシ県。


袁紹の使者の口上を聞いて、やぶにらみの中年男が吐き捨てた。


「あのね、俺が誰だか知ってる?」

「孔子20世のご子孫、青州牧の孔使君かっかでございます」


袁紹の使者の発言に呆れたように言い返す孔融コウユウ


「先帝の喪中なんだけど???その喪中に凶事の最たる軍を動かせっての?礼に反するよね?ウチのひぃひぃひぃ……爺ちゃんの教え忘れたの?あ、というか学んだことない??」

「しかし、兵を動かしたのは宦官が先で?!」

「その証拠があるなら逆賊じゃん。陛下に報告しろよ。勅命どこだよ」


その後も延々と嫌味を言われつづけ、袁紹の使者が心をボロボロにして帰っていくと、孔融がとなりに控える太史慈を見て言った。


「兵を動かすのは縁起が悪いんだっけか?」

「はっ、巫女がそう仰せです」

「……邪教の巫女がウチの爺ちゃんと同じことを言うのは気に食わんが……」


孔融は太史慈の発言を聞くと改めてくぎを刺した。


「まぁ、俺の仕事は青州の治安だから、お前らが反乱しないか見張るのが先だがな」

「ご安心を、使君かっかの聖徳が極まりないので、すぐに降伏いたします」

「反乱する前提かよ?」


孔融と太史慈は顔を見合わせて、呵々大笑おおわらいした。



 ― ― ― ― ―



洛陽、何進大将軍府の袁紹たちは怒り狂っている。


「孔融が宦官に寝返っただと?!」

「劉虞、劉焉も援軍を断るなどと大儀を見失ったのか!」


高位高官に対して呼び捨てである。


「これで、援軍を約束してくれたは并州牧の丁使君かっかだけか」

「はい、ひとまず騎兵百が密かに到着、本隊はしばらくかかると」

「董卓や孫堅の軍が先に来てしまう?!」


次の手をどうすべきか喧々諤々である。


特に、董卓の兵が河東郡に入ったという知らせが彼らを焦らせた。

河東郡は黄河を渡ればもう洛陽だ。


もう時間がない。


「北軍五営は味方してくれます!」

「……閣下、ご決断を!」


袁紹が眉を吊り上げて、何進に迫った。

兵を起こすならば今しかない。


敵は涼州と荊州、味方は并州のみ。


これより先は不利になるばかりである。



「挙兵せよ!これは古の晋の趙鞅チョウオウが君側の悪を討伐した例に倣うものである!」

何進が号令をかけ、部隊が動き始めた。


「大将軍、董卓の娘は宦官とつながっております。兵を割いて河伯教の本部を焼き、娘を捕らえましょう」

「うむ、邪教を滅し、義挙の先駆けとせよ!」


何進の了解を得て、袁紹は部隊に属していない遊侠やくざや并州騎兵などを教団本部に派遣した。




 ― ― ― ― ―




宮中。


真っ白な喪服を着て新帝として即位したばかりの劉弁が苛々を募らせている。


伯父何進祖母董太后も喪中ぐらい落ち着いてくれと言っているのに、なんで余計なことばかりするんだ!先帝の喪はどうでもいいのか!」


そこに、曹操がすすと進み出て言上する。


「大将軍(何進)が兵を集めているという情報に加え、前将軍の董卓が驃騎将軍(董太后派)の命令と称し、兵を率いて上洛しておるようです。すでに河東に入ったと」

「……董青まで寡人ぼくを馬鹿にするのか?!」


即位して以来、誰も言うことを聞かないし何も思い通りにいかない。なんかやけにイライラする。

董卓が兵を動かしているということは、董青の指示だろう。何も説明しにこないということは、実力で政権を取ってから自分を傀儡にするつもりなのか。そこまであの徐晃とかいう男が良いのか。


劉弁が手を震わせているところに、若い美しい宦官がそっと耳打ちした。劉弁の側近として小黄門そばようにんに昇進した小羊だ。


「あにゃ……陛下……朕です」

「……われの命令だっ!!曹操!西園軍このえへいを率い、董卓を討伐せよ!」


劉弁がなれない一人称で命令を出すと、曹操は「まぁ自分でやったほうが穏便に済むか」と考えながら出撃することにした。













※史記 荊軻伝

荊軻が秦王を暗殺するために、秦王を恨む樊於期の首をもらって油断させて近づきたいと申し出る。

樊於期は肩脱ぎして腕を掴んで(扼腕)進み出て言うに「これこそ私が日夜、歯ぎしり(切歯)して腐心したこと也,ついにやることが分かった!」と自ら首を跳ねた。


※趙鞅

晋の政治を牛耳っていた貴族家の一つ、趙家の政治家。他の貴族を悪臣として滅ぼした。

趙家はそののち、魏家、韓家と一緒に晋国を乗っ取った。

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