第163話 (閑話)暴力で解決すれば何とでもなる

董卓のもとに新帝からの勅命が届いた。


書式はすべてそろっている。

しかし、新帝は服喪中で政治はしていないはずである。

摂政している何太后が兄である何進大将軍を殺すように命じると言うのもおかしい。


娘婿の牛輔ギュウホが董卓を見て訝しげにつぶやく。

「……偽勅にせものでは?」

「ふん。で、あろうな。宦官どもはわしがこの程度の企みを見抜けないとでも思っておるのか」


董卓は鼻先で笑い捨てたが、改めて豪奢な絹に書かれた勅命を読み返し、頭を捻った。

「いや、しかし、書式が完全に揃いすぎている……宦官がそこまで馬鹿でないとすると……」



「董閣下がお見抜きになるのは当然として、そのうえで「乗ってくれ」と誘うておるのでしょうなぁ」

その場の董卓軍の将校たちが一斉に声の方を見やった。

徐晃の後ろに座っている若白髪で痩せぎすな中年、賈詡カクだ。


「なるほど、わしが偽勅に従えば宦官の共犯でもはや一心同体ということだな」

董卓が唸る。


世間一般からは董卓は宦官派とみられている。董卓は宦官の人事により侯爵だいみょう前将軍たいしょうに引き立てられ、娘の董青は大宦官趙忠チョウチュウの元部下で関係が深い。

董卓はあくまでも自分の武功で成り上がったと思っているが、評価をしたのは人事を担当した趙忠なのだ。


偽勅の共犯となれば宦官にこの先一生逆らえないであろう。

漢朝このくにとして皇后がいないわけにはいかないので、それならば宦官の共犯の董卓の孫娘を皇后にするのが今後の宦官政権安定のために最善の手となる。


「しかし、このようなことをして、新帝陛下に叱られぬのか」

勅命の偽造は大罪である。決して許されることではない。


しかし賈詡は事もなげに言葉を連ねる。

「人間は一度成功したことは二回やりたがるものです。前回も宦官どもは先帝霊帝の即位直後に先帝霊帝の目の前で『外戚を反乱したと決めつけ』て誅殺しょけいし、反乱に怯えた先帝陛下の信用を得たのは閣下がご存じのことで」

「確かにな。多少の行き過ぎがあっても『反乱を防ぐための緊急事態でした』と丸め込むつもりか」


董卓の言葉に軽く頷く賈詡。

「まぁ、兵をまとめて政権を取ってしまえばたいていのことは何とでもなりますし」


まことに王侯將相寧有種乎勝ったものが正しい、長年宮中に住み着いている宦官たちからすれば、16の少年皇帝など何とでもなると思っているのだろう。


「しかし、ここまで短絡的に外戚を殺すなどという企てにはさすがに協力できんぞ。せいぜい脅すだけだと思っておったが……」

董卓が頭を抱える。



牛輔が何か思いついたかのように口を開いた。

「義父上、ここは我らが行かなければ良いのではないでしょうか。実際に外戚を殺す部隊がいなければ流血沙汰を避けることができるのでは?」

「それもそうだな……」


そこで董卓は勅命の下に添えてある竹簡を発見し、読み始めた。

「むむむ、荊州の孫堅にも上洛を命じているだと?!わしだけじゃ足らんのか!」

「それは宦官としては味方と考えているものをできるだけ多く集めるでしょうなぁ」



他人事のように言う賈詡を見て、牛輔が睨みつけるように言った。


「おい、そもそも貴様がなんで幕僚のような顔をして口をはさんでくるのだ。貴様は青の奴婢どれいではないのか」

「いや、奴婢どれいではなく……」


徐晃が説明しようとしますが、牛輔が遮ります。


「だから貴様は幕僚ではないのだから、発言権などないと言っている!」

「これは大変な失礼を。この舌がどうも勝手に話し出すことがありましてな」


賈詡が謝ってるのか冗談かよく分からないことを言って頭を下げる。

董卓が押しとどめた。


「よいよい。なかなかモノが見えているようだ。さて、この董卓。偽勅を貰ったが、偽勅に従うべきでないとも思う。どうするのがよいか?策があろう。申してみよ」

「上洛し、政権を取り、偽勅を告発して宦官を成敗し、服喪の後の新帝に政治をお返しすれば董閣下は救国の中心として垂名竹帛名を歴史に残るとできましょう」

「なるほど、それもよいな……ん?」


と、ここまで言ったところで、董卓は徐晃の表情が強張っているのに気が付いた。

徐晃が改めて頭を下げて董卓に縋りつく。

「董将軍、どうか上洛だけはおやめください。お嬢様董青もそうおっしゃっています」


「ん??……おい、賈詡よ。さっきの策は青の意見ではないのか?」

「……あ、えーえっと」

董卓が賈詡に問い詰めると、賈詡は目に見えて冷汗をかき始めた。


「……もうしわけございません!この賈詡の舌が勝手に策を!」

平伏どげざする賈詡。


賈詡としてはそうすべきだと思っているので勝手に舌が献策したのだ。どうも自分の主人は最近気が弱くなっている気がしてならない。妊娠したせいだろうか。


董卓は納得しがたい顔つきで徐晃を問い詰める。

「しかし、ジョコウよ。こやつの策のほうが正しいような気がするぞ。それでもか?」

「……お嬢様董青は『父上が軍を率いて上洛されるのがまずい』と」

「いや、どうまずいのだ?」

「『皆殺されてしまう、歴史が』と泣きながら仰っておられました」

「は??」


その場に少し白けたような空気が流れた。

まったく理屈に合わない、感情に任せているだけではないだろうか。

やはり女子供の言うことは……



と、董卓は思わなかった。



「いかん?!青が!?あの青が泣いただと?!軍は解散じゃ!!貴様ら涼州へ帰れぃ!!!」

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