第162話 (閑話)正式な命令書
董卓とその配下の涼州騎兵は堂々と旗幟をかかげて洛陽に向けて進軍していた。
普通、軍隊は中央から地方に出発するのであり、その逆は珍しい。
当然、地方の役人は董卓軍を押しとどめようとする。
「前将軍の董閣下は
しかし、董卓の娘婿の
実は董太后一派の勝手な命令ではあるのだが、
しかし、黙って通さない役人もいた。
「副首都である長安に許可もなく軍隊をいれるわけにはいかん、だから洛陽に確認するまで待っていただきたい」
長安の長、
「司馬防め、息子とのお見合いが失敗したから嫌がらせしてるのかの」
董卓は毒づいた。司馬防の息子の
結局、司馬朗と董青とで政治論争になり破談となったのだが、将来を嘱望される若手儒教学者と論争ができる娘は董卓の自慢である。
どうも司馬朗の弟もなかなかやるらしい。
「なんてやつだ、殺してきます」
「またんか
董卓の側に控える若い将校が剣を握って飛び出そうとしたので、董卓は慌てて止めた。
どうにもこの若い将校、馬騰は武勇に優れているが功績を立てようとして血気にはやるところがある。
同じく董卓の側に控えている
「
今の洛陽は新帝が服喪で引きこもっていて、何太后一派が宦官と政治を握っているが、董太后一派、何進一派が入り乱れて主導権争いをしている状況だ。
馬鹿正直に命令の確認をしに行っても意見がバラバラでまとまるまい。
董卓は董太后一派の驃騎将軍董重から命令を受けているのとは別に、何太后の裏に立っている
自分の孫娘である董白を将来の皇后の座につけるためには、今動いて功績を立てなければいけないのだ。
司馬防の使者が行って帰ってくるまでの間に機を逃してしまうだろう。
「やむを得ん、長安入りはやめじゃ。河東郡に渡る。船を調達せい」
「はっ!」
部下が港に向けて先発していった。
董卓一人ではなく、数千の騎兵を渡すためには何隻もの船が必要である。
時間はかかるがしかたがない。
董卓軍の本拠地の涼州は漢土の北西にある。そこから南東の長安に向かうのをやめ、そのまま東進して黄河の渡しにたどり着いた。
充分な船があればこのまま黄河を下って洛陽近郊の
しかし船の数はやはり少なかったので、何回かにわけてようやく対岸の河東郡に全員渡ることができた。
― ― ― ― ―
「董将軍、困りますぞこのような……」
「まぁまぁ、
いきなり、何千もの涼州騎兵に入り込まれてびっくりしたのが河東郡の太守である。
董卓に苦情を言いに来たが「驃騎将軍の命令である!」で丸め込まれてしまった。
そもそも董卓が前任の河東郡太守で、河東郡の豪族は董卓と仲がいい。
さらに河東郡で最大の勢力を持っている河伯教団も董卓と通じているのだ。
後任の太守が仕事を引き継ぐにあたり、董卓にいろいろと世話をしてもらった経緯があって太守は董卓に頭があがらないのである。
もちろん董卓は分かっていて河東郡に乗り込んでいる。
「おお、ついでに兵糧を少しいただけないだろうか。いや、驃騎将軍のご命令でな。あと飲み物も少しあるとよいのだが……」
「う、かしこまりました」
董卓は行軍で疲れている部下に、太守の手配で酒と食事を振る舞わせた。
ここまで来たら孟津の港も近い。洛陽に入るにあたって兵が疲れ果てていては示威効果が薄れよう。
あらためて全員の
董卓は見た目の重要さもわかっている。さすがに洛陽で実戦にはならないだろう。
三派閥とも皇帝の親戚である。武力の見せあいで勢力を強く見せ、相手が退いたら失脚させて追放して終わりになるはずだ。
その時に現役で辺境の
誰かが剣を最初に抜けば別だが董卓はそうならないと考えていた。
「袁紹や袁術は若僧だし、現役の精鋭騎兵を見れば震え上がって縮こまるだろうよ。まぁ万が一にも袁一族がそんな暴発はゆるすまい」
袁一族の総帥である袁隗は董卓の師匠であり、海千山千の大政治家である。決して暴発して反乱を起こすような手合いではないし、
― ― ― ― ―
「董将軍、兵を解いてご帰還ください。お嬢様が心配されています」
「いや、
そんなところに駆け込んできたのが、董青の夫である娘婿の徐晃公明である。
董卓が司馬防に邪魔されて足止めを食っていたので、この場に間に合ったのだ。
徐晃は真剣なまなざしで董卓に軍の解散を要望してきた。
「あと、
「その約束は宦官が言っているだけで、正式な命令も何も受けておられませんよね?」
「む」
「驃騎将軍も位は高いですが、本来は勅命をもって軍を動かすべき。事情があって勅命がでないにせよ
「むむむ」
徐晃め、猪武者のはずなのにずいぶんと弁が立つ。
徐晃の後ろに若白髪の中年が1人座っている。こいつが何か入れ知恵したのであろうか。たしか
たしかに張譲たちから正式な命令がないのは董卓も気になっていた。
なので、せめて今の摂政をやっている何太后から正式な命令が欲しいと伝えてある。
まぁ、何太后から「(実の兄の)何進を殺せ」なんて命令書がでるわけがないので、正式な命令書は穏当なものになるはずだ。
そこに牛輔が絹の巻物をもって進み出た。
「はっはっは、公明くん。その心配はない。なんとちゃんと正式な命令書が届いたぞ!勅だ!」
「おお!」
董卓は巻物を受け取る。ようやく宦官どもからも正式な命令書が来たか。
あくまで宦官が何太后にお願いして、何太后が皇帝の代理として出した勅命だろうが、これに従う限り正義であり安全だ。
さっそく董卓は勅命を開いた。
「……は?……皇帝陛下の勅命により、大将軍何進とその一味を討伐せよ……?!摂政何太后からではなく、皇帝陛下からの勅命だと?!」
「なんと?!」
一同は顔を見合わせた。
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