第161話 (閑話)洛陽教団本部の遊侠(やくざ)

洛陽の河伯教団本部は本日も雑多な信者やら遊侠やくざやらが集まり、いろいろな産業しのぎに精を出している。

ある者は行商の荷物を担ぎ、ある者は銭行ぎんこうで為替を両替し、ある者は新聞発行のための記事を取りまとめている。


その中の一人、細い髭をぶらぶらとさせた暇そうな遊侠やくざ風の男が声をかけた。

「おう、どうしたよ教祖さん。不機嫌じゃねえか」


声をかけられた教祖と呼ばれた青年……徐晃ジョコウは険しい表情を崩さないまま、軽く揖礼おじぎをする。

「何の御用でしょうか、劉校尉リュウビさま

「おう……それがな」


劉備がそれにこたえようとすると、銭行ぎんこうの方から声がかかった。


「三番でお待ちの劉玄徳さまー、銭が用意できております」

「おっ、やっとか」


というと劉備は銭行のほうにさっと走ると、銭束と為替を貰って戻ってくる。

この男は西園軍しんえいたい校尉たいさでそれなりの俸給を貰っている身なのに、銭に困ってちょくちょく借銭に来るのだ。


徐晃がそんな劉備をみつめていると、劉備は頬を軽くかいて言い訳がましく話し始めた。


「またかって顔してやがんな。いや、部下ができると上司としてはだな。それなりの恰好を付けないといけないんだぜ?」

「いえ、そんな顔はしておりません」

「やっぱり不機嫌そうだなんだけどよ?」

「それは……」


言いよどむ徐晃に代わり、近くに控えていた顔の四角い大男、趙雲チョウウンが答えた。


主公との臨月うみづきに近いのです」

「ああ、それでか……男が心配したってできるこたあねえぜ。あんなのは自然に任せておけば産まれるもんだ」


劉備が軽い調子で言うが、徐晃は険しい表情を崩さない。


「……溜まってんなぁ、思いつめたって解決しねえぞ……ちゃんと抜いてっか?」

「してません!!!!」


徐晃が顔を赤らめて食い気味に否定する。

それを見て劉備が驚いたように。


「まじか。おいおい、子龍さんも気が利かねえなぁ。よし、おじさんとイイトコ行こうか、いい遊女おんなを紹介……」


と、冗談っぽくそこまで言ったところで。


「まった、まった、怒るなって。いや、妊娠中は浮気じゃねえんだ。よそでやっといた方が嫁さんのため……」


徐晃に殺さんばかりの眼光で睨み据えられ、劉備が言い訳を募らせる。


「あ、はい。ごめんなさい。オレが悪うござんした」


ついに劉備が折れた。

徐晃は興味を失ったように趙雲に後を頼むと馬を用意しはじめた。


 ― ― ― ― ―



翌朝。


「公明さんはどこですかー!?」

河伯教団の巫女、教祖の妻が大きな腹を抱えながら教団本部の中庭に出てきた。

いつもの董青に珍しく怒っている。


居合わせた信者や遊侠やくざたちが顔を見合わせて困っているところに、

側近の趙雲が進み出て説明する。


「教祖さまはお出かけになられました。いえ、どことは仰いませんでしたが極秘のようで」

「……ま、まさか浮気?!」


派手に驚く董青。


「ねえよ」

いつもどおり借銭にやってきた劉備が言葉をかける。なお、昨日借りた銭は兵士と一緒に宴会して使いつくしている。


「教祖さんが我慢してため込んでるようだったから、俺が善意で女を紹介してやるって言ったら滅茶苦茶怒りだして殺されそうになったんだぜ?」

「むむっ」


「まぁ、教祖さんはお前さんにべた惚れだからなぁ、他の女には見向きもしないんだろ。

 ……ってなんでお前さんが得意げになってんだよ?!浮気を疑ってたのお前さんだろ?!」


さすがは私の公明さんですね、と言わんかぎりの得意げな表情をしながら劉備に勝ち誇る董青。

趙雲がぼそりとつぶやいた。


「ここは劉校尉の負けですな」

「なんで俺が負けたようになってんだ?!おかしいだろ?!」


劉備は納得がいかないように憤慨していたが、銭行から融資を受けると急に機嫌を直した。

董青の美しさと教団のすばらしさを適当にほめたあと、意気揚々と門の外に出た。



「おう、弟たちよ!待たせたな!」

「おお。玄徳兄、今日も大銭だなぁ?」

「こんなに頂けるとは」


「まぁ、これが俺の人徳ってもんよ!」


そして門の外で待っていた弟二人に借りてきた銭束を自慢しながら、街へ消えていった。

いつもどおり見栄をはっているのだが、人は周りに集まってくる。


人徳なのだろう。







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